死にたくなったら、ダメ元でお試しあれ...

僕は、たまに死にたくなる。

前にちょっとだけTwitterで鍵かけてた時はそういうツイートをしてた。その時は、自分の衝動的に出てくる怒りの感情が怖かった。そしてそれが辛かった。

僕はすぐ怒ってしまう。自分でも良くないことだと解っているけど、ついついイライラしてしまう。しかも自分ではどうしようもない感情で、結局我慢するしかなくてどんどんため込んでしまう。それが爆発して人に当たってしまうのが怖い。

人に当たって怪我させるだけで済めばいいけど、僕の場合もっと危険な攻撃行動に衝動的に移ってしまいそうで怖い。いつもビクビクしながら過ごしてる。

ただ、冷静なときに考えるとそれで死ぬのはばかばかしい。もったいない考えだ。そう思う。もちろん、悩んでるときはかなり辛い。でも、死ぬのは話が違う。だってこの世にはまだまだ見ていない景色があって、本を読むだけでも感動するし人と話してても新しい発見がある。
僕は妄想が好きだけど、そういうものも僕に素晴らしい景色を"見せて"くれる。脳内に素晴らしい景色が浮かんでくるんだ。

頭おかしく見えるかもしれないけど、妄想はやってみると結構楽しい。同じぐらい好きな宗教と合わせるなら、仏像を目の前にして、その仏様が目の前に現れた様を想像したりする。神道なら神さまが身の回りにいることを想像してみたり、キリスト教なら立派な絵画が世界中にあるだろう。
本当に素晴らしい仏様の絵画でも見たときには、僕の脳内にはそのお姿が浮かんでくる。まるで目の前に浮かんでるかのように。いや、実際浮かんでくると言ってもいいんだけど。
(こんなことを言ってるけど、普段はあまり信仰心が強い方じゃないから、神さまがいるとしたら嫌われてるんだろうなぁ…笑)

そういう素晴らしい経験を思い出すだけで、すでに死ぬのはもったいないと思うんだけど、ついつい辛い状況にあるときは、僕たちはまるで人生が永遠に続くもののように思って、死にたくなる。でも、もっと遠くの視点からみてみると、本当に人生なんて一瞬の出来事だと気付かされる。

僕の大好きな妄想の力を借りて、宇宙旅行に行ってみたい。何も持たなくても往復ぐらいなら出来るけど、どうせなら少し楽をしよう。今の時代、便利なものはネット上に転がっている。力を借りるのは、この動画だ。

【比較】宇宙の大きさと凄さを体験する動画 - YouTube

そのまんまのネーミング。こういうのがめちゃくちゃ好き。僕が最初にこの手の動画を見たのはTwitterだったけど、YouTubeにも沢山ある。これさえあれば、もう自分のちっぽけさに気付くのは十分なぐらいだ。だけどこれはまだデモンストレーションに過ぎない。自分の頭を使って宇宙旅行に出るんだ。

これをする真の目的は、自分の物理的な小ささを感じ、その自分が持っている悩みもちっぽけなものだと感じるためだ。それに気付けば死のうなんて思わなくても、死が実は産まれた段階でもう目の前に迫っていることに気付く。

僕がいつもやってるのは、自分の手の大きさを観察することから始まる。もっと小さいものから始めたい人がいてもいい。細胞の中の核でもいい。電子から始めたい人、貴方は変態です。

そこから始めて、それより大きいものへと順番に目を向けていく。手、僕の体全体、家、市町村、県、日本、地球。ここまできたら、ここからはさっきの動画に手伝ってもらって、宇宙に出かけよう。地球、太陽系の惑星ひとつずつ、それから外縁天体、それぞれの惑星が引き連れている衛星まで目を向けてもいいだろう。そうすることで、この宇宙のスケールの大きさを、想像しきれないほど大きい宇宙の端っこだけでもこんなにでかいということを実感しよう。

それができたら、この地球の未来、最期を思い浮かべてみる。地球は将来、太陽に飲み込まれて死ぬと言われている。その頃には僕たちはおろか、恐らく人類も絶滅しているだろう。そこまでしっかり妄想してほしい。どんな世界になってるだろう。生き物は?その時の地球の姿は?

そんなところまで考えると、さっき言ったような自分のちっぽけさが見えてくる。まるでただっ広い宇宙の中でぽつんと立ってるような気持ちになる。不安もあるだろう。死んだらどうなるのか?”意識”の行く先は?僕らの体は?

さてさて、そこまで想像出来たら、今度は宇宙から帰ってこよう。そんな所にぐずぐず立ってると酸欠になるから。

帰ってくるときは、順番に地球まで来た道を通ってこなければならない。つーっと同じ道を通って、ちょっと遠目のところでスピードを落として、ゆっくり地球に入り、そこから自分の家を探そう。自分の家が見えてきたら、その中にいる自分を探す。見つけたら、そこに入ろう。「ただいま」を忘れずに言おう。

帰ってきたら、ゆっくりと目を開けて、深呼吸してみよう。だんんだんと心が落ちついてくるはずだ。

僕は、死にたくなったらこれを実践している。怒りや辛い気持ちに向き合うのも大切だけど、そんなことは気持ちが落ち着いてからでいい。まずは自分を落ち着けてみないと、大切なことを見逃してしまう。

普通ならここまできた段階で、脳はかなり疲れる。そうなると、とてもネガティブな事を考える余裕がなくなってくる。それに、宇宙の向こうの方で感じた不安は、本当ならずっと感じるはずのものだけど、実際は感じていない。それは周りの人や自然、その他もろもろののもがあるからで、周りの環境のおかげで忘れられるものだと言うことに気がつくだろう。

こんなことを言ってると仏教僧にでもなった気分だけど、僕は本当にそう思ってる。だからこそ、気持ちの面で余裕がある今は、逆に困ってる人たちのために何が出来るかということを考えてこうやってnoteを書いている。

僕の尊敬する人に坂口恭平という人がいる。好きすぎてnoteは片っ端から読んでるんだけど、この人は同じようなことを電話、note、Twitterの3本柱、いや、本もあるからそれ以上なんだけど、そのぐらい力を入れてやっている。僕も負けていられない。

僕のやってる方法で助かる人がいなくても、坂口さんをここで紹介しておくことで助かる人がいるかもしれないし、それでも僕は満足だ。
全人類の中で、幸せに生きる人が少しでも増え、また、幸せに過ごす時間が少しでも長くなることを祈る。

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