見出し画像

夕暮れの落ち武者

今日は私の話をしようと思う。最初にバラしてしまうと、私は『この世ならざるもの』が見える子どもだった。とは言え、幼い頃はそんな区別がつくはずもない。死者も生者も関係なく、見えるということは、そこにいるということであり、そこにいるということは、話したり触ったりできるだろうというのが私の中での常識だった。私に見えているものが私以外には見えないことがあるということが分かったのは、そこそこ成長したあとだった。

私の場合、いつでも見えるというわけではなかった。ふとした瞬間に見えるようになる。魔法のメガネをつけたように、突然見えるようになる。そしていつの間にか見えなくなる。小さい頃は壁にピタリと寄り添う青白い顔のおじさんや、庭の真ん中に立つおばさんと、仲良くお喋りをしていた…らしい。「らしい」としか言えないのは、私自身には覚えが無く、すべて母から聞いた話だからだ。「ごめんね、そんなとこ似る必要ないのにね。」と撫でられた記憶がある。母の血筋には多いということだった。

記憶にある幽霊話の中で自信があるのは小学5年生のときの話。私は隣町でのダンスレッスンの帰り道、母の運転する車の後部座席にいた。たっぷり踊った満足感と疲労感に包まれた私は、いつものようにうとうとしていた。車内には母のお気に入りのバンドの曲が流れていた。それを遠くに聞き、田舎道を走るタイヤの振動を体に感じていると、ギターやドラムの音に混じって、「…ガシャン」という音が聞こえる。スコップがアスファルトに投げ出されたときのような金属音。それが一定のリズムで聞こえた。ちょうど、歩くような調子。ダンスをやっているのだから、この手の感覚には自信があった。音に集中すると徐々に眠気が遠のいて行き、代わりに音は車に近づいてくる。何気なく窓の外を見る。田舎特有の田んぼが広がる風景。その暗がりの中。走っている車からなのに。なぜかはっきりと見えてしまった。

田んぼで誰かが正座している。

目が合った。いや、遠いし、暗いから、目どころか顔すら分かるはずがない。けれど、そんな気がした。その瞬間、金属音がピタリと止まる。
「おか、おかあ…」
声がうまく出ない。目が次第に夜闇に慣れていく。見えなかったものにピントが合っていく。今日の昼間、社会の教科書で見た鎧武者の姿が浮かび上がってくる。この辺りは合戦で船から投げ出されたり命果てた武将が海岸に流れ着いてくる土地で、所々に小さなお社がある。先生が授業中にそんなことを言っていた。
「おかあさん!」
声を振り絞る。だめだ、これ以上、鮮明に見えたら。
「おかあさん!田んぼで落武者が正座してる!」
「えー!うそ、どこどこ、私も見たい!私にも挨拶しろ落ち武者!」
「止まらないで!行って!」
半泣きで叫ぶ私。あえてなのか素なのか、高笑いではしゃぐ母。その後の記憶はおぼろげで、気付いたら居間でぼーっとしていた。

「……その後は特に何事もありませんでした。当時は嘘ばっかりって言われるのが嫌で誰にも話せていなかったので、こうして皆さんに聞いてもらえて良かったです。ありがとうございました。おしまい!」
締めくくりの挨拶とともにマイクをミュートにして毎年恒例の怪談配信を終える。居間に降りると、私の配信を聞いてくれていたらしい母と目が合う。あのときは大変だったね、と笑い合う。
「おつかれー」
「ありがとう。麦茶もらってもいい?」
「しかたないなー」
笑いながら台所に向かう母。私は胸を撫で下ろしながら、母の座っていた場所に近付く。宙を眺めてぼうっと立っている青白い顔の女性。いつからいたのだろう。怪談配信のせいで寄ってきてしまったのかもしれない。幸い、嫌な感じはしない。見れば分かることでもあるし、なにより彼女の考えていることが頭に流れ込んできていた。私は彼女を抱きしめて、耳もとでそっと囁く。
「貴女の会いたいその人は、この世界の人ですか?」
彼女は悲しそうに首を振る。そうか、分かってるのか。
「大丈夫、会えますよ。きっと。」
努めて明るく言うと彼女はすぅっと消えていった。入れ替わりに母がグラスを持って戻ってくる。
「あんたは優しいね。私なら塩とお経で強制退去よ。」
くかか、と笑いながら私に麦茶を寄越して、よく響く拍手を1つ打つ。居間の空気が変わった気がした。森林浴したときのような不思議な爽やかさ。
「まったく、いやになっちゃうわよね。」
母は笑いながら蚊取り線香を取り出しライターで火をつける。独特の香りと煙が立ち上り、揺らめく。
「ねぇ、あのときの落ち武者ってさ」
母の顔を覗き込む。
「何も。だいたい、あんな勘違い貴族に聞かせる経なんか無いわよ。」
母が本気になったら、並みの死者は歯が立たないことを知っている。魔王様みたいな彼女には未だに助けられることの方が多い。
「そっか。」
世の中、知らない方が幸せなことの方が多い。私は笑顔で答えてから麦茶を飲み干した。

~FIN~

夕暮れの落ち武者(2000字)
【One Phrase To Story 企画作品】
コアフレーズ提供:花梛
『会いたいその人は、この世界の人ですか?』
原案:花梛
本文執筆:Pawn【P&Q】

~◆~
One Phrase To Storyは、誰かが思い付いたワンフレーズを種として
ストーリーを創りあげる、という企画です。
主に花梛がワンフレーズを作り、Pawnがストーリーにしています。
他の作品はこちらにまとめてあります。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?