【絵本日記】遠いお空
むかし、あるお庭に一本の木が生えていました。
その木には、
メジロのつがいが暮らしていました。
1羽はずんぐりむっくりした大きな雄鳥。
もう1羽はお目目がぱっちりしたかわいい雌鳥。
2羽はいつもいっしょ。
お庭の主は2羽のために、
小さな一欠片のパンをちぎり庭先に置きました。
すると雌鳥はすかさずくわえて
雄鳥の元に行き、はんぶんこをしました。
はんぶんこ。はんぶんこ。
2羽は時に楽しそうに、
時にケンカをしたりして
かわいいさえずりを庭中に
毎日ひびかせていました。
ある日、お庭の主がふと、木を見ると
雄鳥がいなくなっていました。
「もう1羽はどこに行ったの?」
そう聞いても、
雌鳥は黙ってお空を見ていました。
「ひとりぼっちになったの?」
お庭の主はそう言って、
パンをひとかけら、庭先に置きました。
すると、雌鳥はくわえて木に持っていき、
ひとかけらをはんぶんこしました。
お庭の主は、それを見て
胸がきゅーっと苦しくなりました。
それからも、雌鳥は毎日
パンをひとかけら持って行っては
はんぶんこをしつづけました。
はんぶんこの内のはんぶんは
いつも残ったまま。
それでも雌鳥はいつも楽しそうに
さえずっていました。
年月を重ね、
お庭の主に赤ちゃんがうまれました。
赤ちゃんはいつも庭先の雌鳥の方を見ては、
楽しそうに声をあげてわらっていました。
いつしかその赤ちゃんは大きくなり、
赤ちゃんは赤ちゃんではなくなり、
小さな女の子になりました。
雌鳥は背中が丸まりどんどん小さくなり、
眠ることが多くなり飛ぶのがつらくなりました。
女の子は、
飛ぶのがつらくなった雌鳥のもとに行き
パンを、ふたかけら渡しました。
次の日も次の日も、女の子はふたかけら。
ふたかけら。ふたかけら。
その様子をお庭の主はふしぎそうに
ながめていました。
ある日、雌鳥は空に飛びたったきり
帰ってこなくなりました。
女の子は涙がポロポロとこぼれました。
お庭の主はそんな女の子をみかねて
話しかけました。
「そんなに泣かないで。
これで、あの子もひとりぼっちじゃなくなるんだから」
女の子は、キョトンと首をかしげ言いました。
「どういうこと?
わたしが赤ちゃんのときからずっと、
2羽でいたじゃない。
いっつもケンカして、
でもパンは決まってはんぶんこ」
「でも、雄鳥はいなかったでしょ?」
「いいえ。雄鳥はいつもとなりにいたわ」
お庭の主は、
誰もいなくなった木を見つめました。
女の子は続けてこう、言いました。
「だけど今朝、2羽で空に旅立っていったの。
きっともう、かえってこないわ。
だって、今日はパンを食べなかったんだもの。
あんなに腹ペコの2羽が食べなかったの」
お庭の主は言いました。
「そう……。
あの子は1人ぼっちじゃなかったのね」
お庭の主の頬に、あたたかい涙がつたいました。
女の子はその涙を手のひらに取り、
雫を2つにわりました。
「はんぶんこ。はんぶんこ」
女の子の言う通り、
つがいのメジロは、その木に訪れることは
もう2度とありませんでした。
美しいメジロのさえずりは聞こえません。
パンを食べることもありません。
お庭はなんだか、ガランとしました。
でも、お庭の主と女の子は庭先で
メジロとの思い出を話しはじめました。
女の子の知らない、生まれる前のメジロの話。
お庭の主の知らない、2羽の様子の話。
それは、とてもやさしい時間で、
時々胸がキュッとしながらも、
気づけば笑顔になっていました。
その美しいさえずりの声も
いつか思い出せなくなるかもしれない。
つがいと時々パンを取り合って
ケンカした日々も忘れて、
きれいな思い出しか残らなくなるかもしれない。
でも、話せば話すほど
その美しいさえずりも思い出も
胸のずーっとずーっと奥に入っていき、
温かいお茶が喉元をじんわりと温めるように
冷たい風が鼻の奥をくすぐるように
これまでの日々も
これからの日々も
大切だとかんじるようになりました。
庭先にはさえずりではなく
庭の主と女の子の話し声がひびきわたりました。
空にはいくつものひこうき雲が
ながれていました。
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