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知的財産法 (6)・・発明完成から特許出願までの法的問題                                   

発明の完成に伴う問題

発明はいつ完成したと言えるのか

前回の知的財産法(5)・・発明って何だ?で、発明の定義につき学びましたが、では、その発明は、いつ完成したといえるのでしょう。
もう一度発明の定義を振り返ってみると、その答えが見えてくるはずです。

発明とは、「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度なもの」でしたね。
ここで、特に着眼すべきは、発明は「技術的思想」であり、技術とは「一定の目的を達成するための具体的手段」であることです。

「『発明』は技術的思想すなわち技術に関する思想でなければならないとしているが、特許制度の趣旨に照らして考えれば、その技術内容は、当該の技術分野における通常の知識を有する者が反復実施して目的とする技術効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されていなければならないものと解するのが相当」

最高裁昭和52年10月13日判決 (昭和49年(行ツ)第107号 審決取消請求上告事件)

当該の技術分野における通常の知識を有する者が
反復実施して
目的とする技術効果を挙げることができる程度にまで
具体的・客観的なものとして構成
されていること。

同じ効果が何度も再現できること=「実施可能性」、「反復可能性」が重要で、再現するために「具体性・客観性」が必要ということですね。

なお、発明であるためには、自然法則を利用していることが必要ですが、結果として利用していればよく、発明者が利用を意識している必要はありません。また、創作結果が「高度」であるか否かも意識している必要はありません。
よって、創作の結果、反復実施できることが明らかになれば、発明は完成したと言えるでしょう。

なお、実務では、機械や電気の分野では、設計段階でも発明は完成しているものとみなし、出願することは多々あります。
一方、化学の分野では、実験データで一定の効果を生むことを明らかにして、再現できるかを立証しなければなりません。

誰が発明者か

発明が完成したとして、次に問題となるのは、誰が発明者なのか、ということです。

発明者とは、当該発明の創作行為に現実に加担した者だけを指し、単なる補助者、助言者、資金の提供者あるいは単に命令を下した者は、発明者とはならない。

中山信弘『工業所有権法(上)特許法第2版増補版』(東京:弘文堂、2000年)57-60頁。

発明者が一人であるなら、誰が発明者かの問題は起こりにくいでしょう。しかし、当該発明に複数の者が関与しているときには、誰が発明者かの問題が生まれます。
ここで、発明の創作行為を「着想と具体化」に分けて考えることが行われています。
 複数の者が発明に関与するとき、それら複数の者が、着想と具体化双方に関与する場合、ある者が着想に関与し、他の者が具体化に関与する場合があろうかと思います。

まず、着想とは何だろうか。

【着想】・・ある物事を遂行するための工夫や考え。思いつき。アイデア。

小学館 デジタル大辞泉 

 例えば、飛行機の発明・・「空を飛ぶための装置が欲しい」というのは単なる願望であり、着想ではない。着想というためには、空を飛ぶための技術的手段についての工夫・アイデアを構築していなければならない。

そして、その工夫・アイデアにつき、発明を繰り返し実施できること、すなわち、再現可能な程度まで具体化をするということが必要なわけです。

 複数の者が発明に関与したとき、その者達を共同発明者というが、共同発明者となるか否かの判断については、以下のような基準が示されている。

〔判断基準〕 発明は技術的思想の創作であるから、 実質上の協力の有無は専らこの観点から判 断しなければならない。思想の創作自体に関係しない者、たとえば、単なる管理者・ 補助者又は後援者等は共同発明者ではない。

吉藤幸朔・熊谷健一補訂『特許法概説[第13版]』(東京:有斐閣、1998年)187-188頁

以下の者は、共同発明者ではない。
例 1)部下の研究者に対して一般的管理をした者、たとえば、具体的着想を示さず単に通常のテーマを与えた者又は発明の過程において単に一般的な助言・指導を与えた者(単なる管理者)
例 2)研究者の指示に従い、単にデータをまとめた者又は実験を行った者(単なる補助者)
例 3)発明者に資金を提供したり、設備利用の便宜を与えることにより、発明の完成を援助した者又は委託した者(単なる後援者・委託者)

日本における発明者の決定


共同発明というためには、「一体的・連続的な協力関係」が必要

発明の成立過程において、着想の提供(課題の提供又は課題解決の方向づけ)を行っ た者、着想の具体化の 2 段階に分け、各段階について実質上の協力者の有無について 次のように判断する。
提供した着想が新しい場合は、着想(提供)者は発明者である。ただし、着想者が着想を具体化することなく、そのままこれを公表した場合は、その後、別人がこれを具体化して発明を完成させたとしても、着想者は共同発明者となることはできない。両者間には、一体的・連続的な協力関係がないからである。
単なる着想の提供:例え新規であっても具体化が予測できない場合は発明者ではない

東地平成14年8月27日判決平成13年(ワ)第7196号 「細粒核事件」


発明が完成したときに生まれる権利・・「特許を受ける権利」


特許を受ける権利とは何か

 発明が完成すると、特許法29条柱書で示したように、「その発明について特許を受けることができる」ことになります。

特許法(特許の要件)
第二十九条  産業上利用することができる発明をした者は、<略>、その発明について特許を受けることができる。

特許法

この特許を受ける権利とは、特許を受けることのできる法的地位・資格をいいます。発明は人の知的活動の所産たる創作物であり、新技術として有用な価値あるものです。従って、その完成と同時に発明者に一定の利益状態が生じていると言ってよいでしょう。
かかる利益状態を一定の形式と要件の下に、特許権という独占排他権によって国家的保護の下に置こうというのが特許制度です。
 しかし、保護にあたり、特許制度は権利の安定化・確実化のため審査・登録主義を採り、権利付与までにある程度の期間を要します。
そこで、特許法はこの間における発明の保護権利状態を規律するため、発明者に「特許を受ける権利」を付与し、特許権の基盤とならしめています。

特許を受ける権利の性質


特許を受ける権利は、特許付与を国家に請求しうる公権であるとともに、発明支配を目的とする財産権として私権たる性格を合わせ持ちます。
また、特許を受ける権利は、発明の創作によって発生するものであるから、人格権ことに名誉権を伴うが、この名誉権は特許権としてでなく発明者掲載権( 特許法第26条、パリ条約第4条の3 )として実現される。

<他の権利との競合>

実用新案登録を受ける権利・・・発明が、「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの」である一方、「自然法則を利用した技術的思想の創作」は、「考案」であるため、発明が完成した時点で、その発明が「物品の形状、構造又は組合せ」に係るものであるなら、実用新案登録を受ける権利も同時に生まれていることになります。

また、発明が物品に係るもので、その外観が新たに創作されたものであるなら、同時に意匠登録を受ける権利も発生することとなる。例えば、タイヤのグリップ力を高める溝形状についての発明は、物品の外観=タイヤの意匠を包含している。

特許を受ける権利と、実用新案登録を受ける権利と、意匠登録を受ける権利が一つの対象物に重複して発生している場合、特許権と実用新案権と意匠権の3つの権利を取得できるのかという疑問が生じるかもしれません。

この点、特許法と実用新案法は、保護対象である発明と考案とが実質的に同じものなので(特許法2条、実用新案法2条)、ダブルパテント禁止の趣旨から、いずれか一方のみによる保護となります。

特許法39条 3  特許出願に係る発明と実用新案登録出願に係る考案とが同一である場合において、その特許出願及び実用新案登録出願が異なつた日にされたものであるときは、特許出願人は、実用新案登録出願人より先に出願をした場合にのみその発明について特許を受けることができる。
4  特許出願に係る発明と実用新案登録出願に係る考案とが同一である場合(第四十六条の二第一項の規定による実用新案登録に基づく特許出願(第四十四条第二項(第四十六条第六項において準用する場合を含む。)の規定により当該特許出願の時にしたものとみなされるものを含む。)に係る発明とその実用新案登録に係る考案とが同一である場合を除く。)において、その特許出願及び実用新案登録出願が同日にされたものであるときは、出願人の協議により定めた一の出願人のみが特許又は実用新案登録を受けることができる。協議が成立せず、又は協議をすることができないときは、特許出願人は、その発明について特許を受けることができない。

特許法

実案法7条 3 実用新案登録出願に係る考案と特許出願に係る発明とが同一である場合において、その実用新案登録出願及び特許出願が異なつた日にされたものであるときは、実用新案登録出願人は、特許出願人より先に出願をした場合にのみその考案について実用新案登録を受けることができる。

実用新案法

一方、意匠法の保護対象は、特許法や実用新案法とは異なるため(特許法2条、実用新案法2条、意匠法2条)、特許権あるいは実用新案権と同時に意匠権を取得できることになります。

<特許を受ける権利の二重譲渡の問題>

 発明者Aさんが、発明完成により生じた特許を受ける権利を、Bさんに譲渡した後、Cさんにも譲渡したとしたらどうでしょうか?
 発明が有体物で、Bさんに譲渡したら事実上Cさんには譲渡できませんが、発明は情報であり無体物であるから、こういった二重譲渡が可能となってしまいます。
 このような場合、どちらに特許を受ける権利が譲渡されたとみるのが良いのでしょう。先に譲渡されたBさんを優先すべきというのが人情というべきでしょうが、どのように扱うのが法的に合理的でしょうか?

 ちなみに、民法において、不動産や動産につき、二重譲渡がされた場合の対抗要件をみてみましょう。こんな扱いになっています。

(不動産に関する物権の変動の対抗要件)
第百七十七条 不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法(平成十六年法律第百二十三号)その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ、第三者に対抗することができない。
(動産に関する物権の譲渡の対抗要件)
第百七十八条 動産に関する物権の譲渡は、その動産の引渡しがなければ、第三者に対抗することができない。

e-gov https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=129AC0000000089 

 特許を受ける権利に関しては、特許法に以下のように規定されています。

特許法第三十四条  特許出願前における特許を受ける権利の承継は、その承継人が特許出願をしなければ、第三者に対抗することができない。
2  同一の者から承継した同一の特許を受ける権利について同日に二以上の特許出願があつたときは、特許出願人の協議により定めた者以外の者の承継は、第三者に対抗することができない。
<以下、略>

特許法

特許出願前に、特許を受ける権利が二重譲渡された場合、特許法34条第1項により、先に特許出願をした者が第三者(上記の場合、BにとってはC、CにとってはB)にその承継を対抗できるということです。もちろん、出願後は、その出願人が特許庁に対しても自身が正当な承継者であることを主張できるわけです。

すなわち、二重譲渡があった場合には、取引の安全を重んじて、先に特許出願をした者が、後から特許出願をした者に対抗することができるので、逆に後から特許出願をした者は、たとえ発明者から真っ先に特許を受ける権利を譲渡してもらったとしても、先に出願をした者に対し、承継について対抗することができない、ということになります。
その結果、後から特許出願をした場合には、当該特許出願は、発明者の出願でもなく、特許を受ける権利を承継した者の出願でもないため、冒認出願であるとして拒絶されます。(特許法49条7号)

なお、背信的悪意者に対しては、扱いが異なります。

知財高裁判決 平成22年2月24日平成21年(ネ)第10017号 特許を受ける権利の確認等請求控訴事件(原審・東京地裁平成19年(ワ)第12655号)要旨:https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/500/038500_point.pdf
全文:https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/500/038500_hanrei.pdf

被控訴人の特許出願は,控訴人において職務発明としてされた控訴人の秘密である本件発明を取得して,そのことを知りながらそのまま出願したものと評価することができるから,被控訴人は「背信的悪意者」に当たるというべきであり,被控訴人が先に特許出願したからといって,それをもって控訴人に対抗することができるとするのは,信義誠実の原則に反して許されず,控訴人は,本件特許を受ける権利の承継を被控訴人に対抗することができるというべきである。

知財高裁判決 平成22年2月24日平成21年(ネ)第10017号 特許を受ける権利の確認等請求控訴事件

<共有の場合の問題>

特許を受ける権利が共有にかかる場合、特許法では以下のように扱われます。

特許法第三十三条  
3  特許を受ける権利が共有に係るときは、各共有者は、他の共有者の同意を得なければ、その持分を譲渡することができない。
4  特許を受ける権利が共有に係るときは、各共有者は、他の共有者の同意を得なければ、その特許を受ける権利に基づいて取得すべき特許権について、仮専用実施権を設定し、又は他人に仮通常実施権を許諾することができない。

特許法第三十八条 (共同出願)
 特許を受ける権利が共有に係るときは、各共有者は、他の共有者と共同でなければ、特許出願をすることができない。

なお、共同出願をした場合、将来共有の特許権が発生することになりますが、その権利については、特許法73条にて一定の制限が課せられることに注意しなければなりません。

(共有に係る特許権)
第七十三条  特許権が共有に係るときは、各共有者は、他の共有者の同意を得なければ、その持分を譲渡し、又はその持分を目的として質権を設定することができない。
2  特許権が共有に係るときは、各共有者は、契約で別段の定をした場合を除き、他の共有者の同意を得ないでその特許発明の実施をすることができる。
3  特許権が共有に係るときは、各共有者は、他の共有者の同意を得なければ、その特許権について専用実施権を設定し、又は他人に通常実施権を許諾することができない。

<冒認出願(特許を受ける権利を有しない者の出願)>


 冒認出願とは、「他人の発明について正当な権原を有しない者が特許出願人となっている出願」をいいます。発明者でも、発明者から特許 を受ける権利を承継した者でもない者の出願です。
 
 このような出願が生じる例としては、上記した二重譲渡の場合の他、発明環境に同座していた人物が、自身が発明に関与してもいないのに、発明内容を知りうる立場を利用して、当該発明につき出願をした場合などである。
 また、秘密保持契約等に基づいて発明内容を開示された者が、勝手にその発明について出願してしまった場合などがあるでしょう。
 
 冒認出願は、拒絶理由(特49条7号)、無効理由(123条1項6号)となります。ただし、異議理由(特113条)とはなりません。

 冒認に対しては、真の権利者を救済しなければなりません。その救済措置として特許権の移転請求権74条などが認められています。

参考:冒認出願等に係る救済措置の整備(特許庁)https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/kaisetu/h23/document/tokkyo_kaisei23_63/02syou.pdf


<出願前の秘密管理の問題>

出願前に当該発明を実施してしまったらいわゆる新規性を喪失してしまいかねません。もし、特許法29条1項各号に該当するような行為をしてしまったら、新規性を喪失し、特許を受けられなくなります。

(特許の要件)
第二十九条  産業上利用することができる発明をした者は、次に掲げる発明を除き、その発明について特許を受けることができる。
一  特許出願前に日本国内又は外国において公然知られた発明
二  特許出願前に日本国内又は外国において公然実施をされた発明
三  特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となつた発明

よくあるのは、学会発表、新聞発表、商品の先行販売などですが、特許法30条による救済(後述します)はありますが、外国で特許を取得できなくなる場合があるなど、完璧なものではありません。出願前に新規性を喪失しないように注意することが肝要です。



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