すごい速さ

みなさんは「すごい速さ」という曲を知っているだろうか、andymoriというバンドの曲で、曲自体1分26秒と短く、ストップモーションのmvも特徴的である。

爽快感のあるバンドサウンドと、日常と時の流れをうまく切り取った歌詞で人生の短さを表現している(と私は勝手に捉えている。)すごく素敵な曲だ。

とまあ、曲の紹介をして、もちろん曲を聴いてほしいというのもあるが、それとは全然関係なく、最近私は自分の人生に対して、人生はすごい速さだと感じることが多くなった。(句読点が多いな)

誰かが言っていたのだが、人生の体感時間の半分は20歳で終わっているそうだ。

今はみんな長命なので、いつのデータかにもよるけども、伸びたとしてもせいぜい24-5歳くらいだろう。

人生の体感時間は、その1年ごとに見ると指数関数的に減っているなと感じることが多い。

もちろん大人になってやらなければいけないことは増えて、そういったことを夢中にやっているうちに時間は過ぎていく、そういうことなのかもしれない。

そうはいっても、もう20分の休みの間にサッカーを十分に楽しめる気はしないし、1年をしっかりと全ての行事を味わいながら過ごすことは難しい。

今私は24歳だが、何が変わったのだろうか、とよく思う。

1日はあっという間だし、もう1週間も経ったのと驚くことも増えた。

少年老い易く学成り難しとはよく言ったものだと実感している。

あの頃のように時間が長くならないものかと最近は思案している。

たくさん考えて一つの答えに辿り着いた。

それは心拍数ではないか、と。

子供の心拍数は早い、大人になる程に遅くなる。

また、心拍数が早くなる場面も大人になる程減っていく。

だから大人になると相対的に時間が短くなるのだという結論に辿り着いた。

そもそも積み重ねた時間だけ、1年というのは短くなっていくが、それだけではないという気がして今回たくさん考えた。

では、大人になっても心拍数が早くなれば時間は長くなるのでは、と考えた。

確かに、運動している時や大きな行事の前で緊張している時はやけに色々長く感じる。時間は長くなっている。

しかし、運動や緊張、焦りなく心拍数が上がることはない。だから大人は時間を伸ばすことはできない。

なるほど、そういうことだったのか、若いうちは買ってでも苦労しろ、若いうちにたくさん勉強してたくさん遊べというのはそういう意味だったのか。

頑張りたくはないがわかった気がする。

徒然なるままに書いてしまったが、こうなってくると、フリーレンは相当脈が遅いのだろう。

読んでいただきありがとうございました。

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