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#51: 小惑星 親に置いていかれた2人Ver.

 小惑星が地球に衝突し、人類滅亡するまで、あと3ヶ月。残り3ヶ月の人生と分かったら、何をするべきだろうか。どう過ごすことが正解なのだろうか。正解などあるわけがない。人それぞれの幸せは違うのだがら。

第三章 親に置いていかれた2人 

 散歩から帰ると両親が天井からぶら下がっていた。菜緒は悲しみより、困ったな、という思いの方が強かった。救急車を呼ぶべきか?いや、明らかに手遅れな様子。こういう場合は警察を呼ぶのだったか?未だ警察や救急車は機能しているのだろうか?
 菜緒はとりあえず警察に連絡をしてみた。警察官たちも多くが退職してしまい、残った者も緊急性が高い対応に追われ、自殺者の対応は優先順位が低いため、対応が可能になったら折り返し連絡をすると言われた。そうだよね、警察官だって同じ人間だ。残りの時間を暴徒化した街を守るより、自分の大切な人を守りたいだろう。残った警察官がいることや電話が繋がり、菜緒の連絡先を聞いてくれるだけでもありがたいことだ。たとえ折り返しの連絡がかかってくることがないとしても……

  ***
 さてどうするべきか。菜緒はこれからどこで暮らせば良いだろう。両親の死体と一緒に暮らすのは不可能だ。菜緒はテーブルの上に手紙があることに気が付く。
「菜緒へ あなたを連れていくかとても悩みました。でも菜緒は、残り3ヶ月で人類が滅亡すると聞いても動揺しない強い子だから、最後まで生きたい、と考えるだろうと2人で話し合い、あなたを置いていく決断をしました。ごめんなさいね。残り3ヶ月と聞いた私たちは、菜緒が生活に困らないよう、奔走してきました。そして、これからの菜緒の生活を確保することが達成したことで、私たちは目標を失い、生きていく気力が失いました。私たちは自殺だから、菜緒とは違う場所になるかもしれないけど、また再会出来ることを願っています。最後まで菜緒が笑顔でいられるよう祈っています。父、母より。」
菜緒はため息をつく。最後まで勝手で、菜緒の気持ちを理解してくれていないな。悪い両親ではなかったが、価値観が違いすぎる、とずっと思っていた。菜緒は両親が怪我を負いながら、必死に食料や生活必需品を確保しようとしている行動が理解出来なかった。防災グッズも含めれば、3週間以上は生活出来たはず。それなのに、怪我をしながら買いだめをする両親を見ると、こういう人たちが街を暴徒化させているんだと思い、3ヶ月の命という動揺より、両親の行動に呆れる気持ちの方が強かった。それに生活に困らないようにって、ここで死なれたら、生活が出来ないじゃない。1人残されて、笑って暮らせほど、菜緒が強い?そんなわけないじゃない。菜緒は手紙を放り投げる。この場から一刻も早く立ち去りたくなり、ボストンバッグに入る分の荷物を持ち、早々に家を出た。

  ***
 菜緒は家を出たものの行くあてがない。頭の中で友人を思い浮かべるが、みな最後の時間は大切な人と過ごしたいはずだ。そこに他人がお邪魔をするのは申し訳がない。引越した家はたくさんある。そこに勝手に住まわせてもらうか?最近は暴徒化した街も落ち着いているとはいえ、1人で夜を過ごすのは危険だろう。日が暮れる前には決めなくては……
 菜緒は悩みながら歩いていると、元同級生のクラスメイトの湊と出会った。
「菜緒じゃん。久しぶりだなー。生きていたんだな。」
「久しぶり。お互い生きていて何より、なのかな?湊はここら辺に住んでいるの?」
「あぁ、近所だよ。ずっと1人で家にいると気が滅入るから、今は街も落ち着いたし、時々散歩をしているんだ。それにしても大荷物だけど、どこかに引越でもするのか?」
菜緒は事情を話すのは恥ずかしいし、同情されるのも嫌だなと思ったが、今さらどう思われても、もう会うことはないだろう。正直に話すことにする。
「分かる。私も最近は良く散歩をしている。だけど、今日散歩から帰ったら、両親が家で自殺しててさ、そんなところにもう住めないじゃない?だから、どこか友人の家とか住める場所を探しているの。」
「ふーん、大変だな。今から探すのも大変だろう。今日は俺の家に泊まれよ。ずっと1人だったから、久しぶりに人とゆっくり話をしたい。」
菜緒は少し悩むが、湊は成績優秀で、学級委員。しかし真面目な雰囲気はなく、気さくで明るく、みなから信頼されていた。なによりも両親の自殺を大変だな、の一言で終わらせた湊が、菜緒は下手な同情を受けるよりも嬉しかった。
「じゃぁ、お言葉に甘えても良い?さすがに日が暮れて1人で歩くのは怖いし。」
「よし、じゃぁ、今日は飲もうぜ!」

  ***
 湊の家は高級マンションだった。こんなところに1人で暮らしているの?なにか事情が湊にもあるのかもしれないな、と菜緒は思う。
「夕飯はどうする?簡単なおかずだけ作って、あとつまみで酒を飲むのはどう?」
「うん、それで良いけど、おかず作れるの?つまみになりそうなものは私も持っているけど。」
「ずっとご飯は自分で作っていたから、菜緒より上手い自信はあるな。」
「違う。食料の問題。野菜とか今は貴重でしょう。それを分けてもらうのは悪い。レトルトならある程度持っているからお返しが出来るけど……」
「そっちか。最近近くの八百屋さんがお店を再開したんだよ。お陰で元の食生活。だから気にしなくて良いよ。出来るまでくつろいで待っていて良いよ。」
菜緒は甘え、リビングのソファーでくつろぐことにした。菜緒は今日はいろいろおきて、疲れていた。

  ***
 湊はダイニングテーブルもあるが、リビングに食事を運んできた。
「今日はくつろいでゆっくり食べようぜ。冷蔵庫の中に酒が入っているから、好きなもの勝手に取ってきて好きなだけ飲んで良いぞ。うちはお酒はたくさんあるし、俺は1人で飲むほど好きじゃないからな。」
冷蔵庫には湊の言うように、たくさんのお酒が入っていた。菜緒はサワーを選び、リビングに戻る。
「じゃぁ、再会に乾杯!」
湊がそう言い、2人で乾杯する。
「うわ、本当に料理上手だね。美味しい。」
「だろう。家事全般出来るから、こんな状況になってもあまり困らなかったなー。」
菜緒は聞いて良いものか悩んだが、お酒がすすみ、場が和んだタイミングを見計らい、尋ねる。
「湊はここで1人で暮らしているの?」
「あぁ、俺さ、簡単に言うと愛人の子供ってやつ?父親には会ったことないけど、かなり偉い人なんだよな。認知もされていない。そして母親は父親を脅して、このマンションやお金をもらっていたわけ。母親にとって俺は脅迫材料以外の何者でもなくて、ずっと自分のことは自分でしろって言われていたから、親との関わりがほとんどなかったんだ。でも残り3ヶ月と発表されたら、母親は俺の分のお金や食料を残して、出て行ったよ。男の影は感じていたから、2人でどこかで暮らしているんじゃないかな?」
湊の言葉に母親への怒りも悲しみなどの感情を感じなかった。湊はそんな環境で暮らしていたのか。学生時代の港を思い出すが、影を感じたことがない。菜緒に会う前にすでに湊はその環境に慣れていたのか。
「そうなんだ。所詮親子といえども、他人だよね。親が子供を選べないように、子供も親を選べない。理不尽だよね。私も置いていかれたし。うちの親は勝手すぎて、一緒に暮らしていても、最後まで理解しあえなかったな。」
「こういうときに、人間の本性が出るよな。俺は、母親のことをずっと軽蔑していたよ。でも最後に俺の分のお金や食料を残してくれた。少し見直したよ。今までの母親の性格を考えると全て持っていきそうなのに、悪いところだけじゃなかったのかな。菜緒も好きな両親に置いていかれたなら、悲しさは倍増していただろう。そう考えたら良かったんじゃないか?」
「悲しさ倍増って、私は全く悲しくないし!最後まで勝手すぎる行動に呆れているだけだし!」
菜緒は両親の愚痴を言い始めたら止まらなくなり、お酒も止まらなくなった。

  ***
 菜緒が目を覚ますと、ソファーに横になっており、布団がかけられていた。頭が痛い。二日酔いだ。こんな状況で二日酔いになるなんて、思いもしなかったな。
 良い匂いがしている。菜緒は起きて、匂いの元に歩きはじめる。キッチンで朝食を作る湊がいた。
「ごめん、昨日途中から記憶がない。迷惑かけた。本当にごめん!」
「いや、俺も久しぶりに話せて楽しかったよ。菜緒は絡み酒だなー。ちょっと面白かった。もうすぐ朝食出来るから休んでて良いよ。二日酔いだろ?食べやすいものにしといたから。」
 朝食は昨日と違いダイニングテーブルに準備されていた。
「ありがとう。いただきます。」
菜緒が声をかけると、湊の動きが止まる。
「どうしたの?」
「いや、いただきますって聞いたの何年ぶりかなって思って。なぁ、親に捨てられた同士、一緒に暮らさないか?昨日は楽しかった。昨日も言ったけど、こういう時に本性が出るって。この状況で、きちんといただきます、が言える菜緒となら、最後まで楽しく過ごせる気がする。1人は淋しいから、菜緒が一緒にいてくれたら嬉しい。」
「私も昨日は久しぶりに楽しかった。初めて両親の愚痴を言った。あれって、わざと話せるように仕向けたでしょ?強がっていたけど、私も1人は嫌。湊が良いなら、お願いしたい。」

  ***
 菜緒はそれから湊の家で暮らすこととなった。湊と過ごす日々は楽しく、笑顔で過ごせた。
 お父さん、お母さん、私は笑顔で生活しています。ずっと理解しあえないと思っていたけど、そう菜緒が決めつけていただけで、本当は菜緒のことを分かっていたのかもしれないね。私を置いていく選択をしてくれてありがとう。

第三章 完

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