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#64: 悪魔の課題 1日目

 頼む!今月のノルマが達成しないんだ。手伝ってくれよ。立場はあれだけどさ、俺たち友達だろう?1つだけで良いからさ!
 友人に泣いて頼まれるが、私にどうしろって言うんだ?でも少し面白そうだからやってみようじゃないか。失敗しても文句を言うなよ。

  ***
 絵梨は上司に頼まれ、地下の倉庫に資料を取りにきていた。しかし、資料が見つからない。
 あれ?こんな扉あった?絵梨は入社5年目。倉庫には、資料を取りに来るだけだから、そういうこともあるか。倉庫の中に見つからなかったなら、ここにあるかな?と、絵梨は扉を開けた。
 しかし、そこは明らかにおかしかった。絵梨は首を傾げる。このビルって10年前に出来て、移転したと聞いた。しかし、この部屋は明治時代を遡りそうなほど年季が入っている。ここにあるとは、思えない……絵梨はそう思いながらも、部屋の入口に入ってすぐにある階段を降りた。階段の隣の壁は一面本棚になっており、壮観であるがどこの言葉か分からない文字の本が多い。社長や会長とかの趣味なのかな?と考えながら階段を降り切ると、1人の少女がこれまた年季の入ったテーブルの上に座っていた。絵梨は混乱する。見たところ、14.5歳くらいだろうか。洋服はシンプルな黒のワンピース。問題はそこではない。頭に角が生えている。ツインテールがそう見えているだけだろうか?いや、かなり無理がある。時期外れではあるが、ハロウィンの仮装か、少女の趣味か?どちらにしろ、このビルのセキュリティーは万全。部外者が入れるわけがない。誰かの子供だろうか?
「こんにちは。どうしてここにいるの?」
絵梨は少女に話しかける。
「やっと来たか。待ちくたびれたぞ。松下絵梨だな。これからお前に呪いをかける。」
お偉い方の子供の可能性があるため、絵梨は丁寧に少女を扱わないといけないと思うが、絵梨にはこういう少女の扱いの経験がない。少女の話に合わせるべきか、絵梨は思案する。あれ?でもどうして私の名前を知っているのだろう?
「あなたは誰?なぜ私の名前を知っているの?」
「松下絵梨で間違えがないようだな。私は、お前たちに分かりやすいようにいうと、悪魔だ。」
絵梨は困る。今時の中学生ってこんな感じなのかな?厨二病というのは、聞いたことがあるけど、ちょっと違うイメージ。うーん、どうしよう。資料を見つけなきゃだし、この少女を無視して良いものか……絵梨が再度思案していると、首筋に何かに咬まれたような痛みが走った。
「ふん、お前が考えていることは全てお見通しだ。信じるまで待っていられない。私も忙しいのだ。だからさっさと済ませてもらう。今お前に呪いをかけた。私が言う課題を毎日クリアしないと、死に至る。1週間課題をクリアすれば呪いは解ける。死にたくなかったら、課題をこなせ。」
絵梨は、話についていけない。この少女は悪魔で呪いをかけられ、1週間後に私は死ぬ?そんなことが現実世界であるの?だが、首筋の痛みは先ほどより引いたが、ジンジンするような痛みがある。
「松下さーん!ここにいたのか。資料だけど、課長のミスでここにないらしい。ん?部外者入れちゃ、駄目だろう。」
社内で『超絶クール』と呼ばれている長谷川がやってきた。今回の資料が必要なプロジェクトに長谷川が参加すると言っていた気がする。
「ちょうど良かった。課題は1人では行えない。相手はお前で良いな。この女が死なないですむように、お前が助けてやれ。」
少女もとい悪魔は、そう言って煙のように消えた。
「なにこれ?どう言うこと?」
長谷川は、消えた悪魔の周辺を探りながら、絵梨に尋ねる。
「私にも分かりません。彼女は悪魔で、私に呪いをかけて、課題をこなさければ、死ぬと言われて……」
「……松下さん、早退した方が良いんじゃない?」
「いえ、大丈夫です。資料がないなら、戻ります。ありがとうございます。」
信じるわけがない。絵梨だって信じられない。これ以上話すと頭がおかしいと思われる。消えた悪魔と首筋の痛みが気にならないと言えば、嘘になるが、超絶クールの長谷川に相談することではない。絵梨は長谷川とともにお互いの部署に戻る。

  ***
 長谷川は、理知的かつ効率の良さを最優先し、無駄と判断すれば、自分より立場の上の人間にも意見、いや容赦なく否定する。一緒にプロジェクトを組むメンバーは、後輩たちは効率よく、的確な指示をくれる長谷川に心酔し、長谷川より上の人間達はいつ否定されるか、戦々恐々としている。特にプロジェクトリーダーは屍となる人間も多い。しかし、長谷川のプロジェクトは必ず成功するという実績があり、課長を含めたさらに上の人間からの信頼は絶大であり、長谷川には誰も何も言えない。見た目は眼鏡をかけたインテリ風イケメンであり、女性社員からの人気は高い。しかし、一切私語をしない長谷川に近付ける女性社員はおらず、ついたあだ名が『超絶クール』
 効率が良くなることは誰でも嬉しいことだ。ただ伝え方次第で相手のプライドが傷つく。絵梨は、効率性を求めるなら人間関係も大事だと思う。長谷川も、もう少し言い方を考えれば良いのになぁ、と思っていた。

  ***
 首の痛みも気にならなくなり、仕事が終わる頃には、絵梨はすっかり悪魔のことは忘れていた。しかし、自宅の扉を開いたら、知らない空間が広がっており、そこには悪魔がまたしてもテーブルの上に座り、今度はお茶を飲んでいた。
「全く遅い。悪魔を待たせるとは良い度胸だ。男の方はまだ帰らないのか?」
「なにこれ?私の部屋は?」
「面倒だから、男が来たら、まとめて説明する。男はいつ帰ってくるのだ?」
「知らないわ。新しいプロジェクトの打ち合わせがまだあるんじゃない?長谷川さんのことだから、そんなに残業はしないと思うけど。」
「ふむ、お前たちは仲が良いわけではないのか?それは面倒だな……」
「ただの同僚で、ほとんど話したこともないわ。面倒ってどういうこと?」
絵梨が悪魔に問い詰めようとしていると、絵梨が入ってきた扉から、長谷川が現れた。
「なんだ、これ?松下さんに昼間の少女じゃないか。どういうこと?」
超絶クールの長谷川も動揺を隠せない様子。
「やっと2人揃ったか。私も忙しいのだ。簡単に説明する。黙って聞け。お前たち2人はここで、1週間一緒に暮らし、私が毎日課題を告げるから、その課題をこなしていけ。課題をクリアできなければ、女は徐々に呪いが効いていき、1週間後には死に至る。奥の部屋にお前たちの個室も用意し、各自の部屋のものは移してある。サービスで今入ってきた扉がお前たちと会った部屋に繋がっている。つまり0秒で出社が出来る。日本の満員電車とは大変だと聞く。我ながら良いサービスだな。」
「通勤がなくなるのは良いな。」
さすが超絶クール、食いつくところはそこか。と絵梨は内心呆れる。
「そうだろう。私の配慮に感謝しろ。今日は1日目だ。簡単な課題にしてやる。今日から1週間お前たちは、この部屋では名前で呼び合え。では、私は次の仕事があるから、また明日課題は伝える。せいぜい死なないように頑張れよ。」
そう言って悪魔は消えた。
「どういうことか説明して。」
長谷川は、絵梨に説明を求める。しかし絵梨に答えられる情報はない。
「すみませんが、私も状況を把握していません。お昼に話したこと以外は何も聞いていません。」
「確か彼女が悪魔で、呪いをかけられ、課題をクリアしなければ死ぬ、か。今悪魔が言った通りだな。信じられないが、本物の悪魔かどうかは置いといて、不思議な力を持っていることは事実のようだ。迂闊に名前は呼ばない方が良いかもしれない。まずは部屋の確認をしよう。」
絵梨は頷き、悪魔が言っていた奥の部屋に入る。親切にも扉には「男」「女」とプレートが貼ってあり、絵梨は女と書かれた部屋に入る。そこには絵梨の部屋のリビングルームとほぼ変わらない状態であったが、大切なものが1つない。そして予想通り、部屋には入口以外の扉はない。つまり会社につながっているという扉しか外に出ることは出来ない、ということか。一通り部屋を確認し、絵梨は長谷川が入った以外の部屋を見に行く。トイレ、お風呂場、洗面所、キッチン、悪魔がいた部屋はリビングのようだ。そして、その奥に扉があり、開くとダブルベッドが置いてあった。寝室か。そう、絵梨の部屋になかった大切なものとは、ベッドだ。つまりここで2人で寝ろ、ということ?少し冷静に考えよう。絵梨はキッチンに戻り、冷蔵庫を覗く。食材は見事に揃っている。
 長谷川が戻ってきた。そして、絵梨と同じように寝室を覗き、顔をしかめている。
「とりあえず、腹が減っては戦もできぬ、と言いますし、まずご飯を食べましょう。なにか食べれないものあります?」
絵梨は長谷川に言う。
「特に好き嫌いはないけど、俺、包丁も握ったこともないから、ほとんど手伝えない。」
そう言いながら、長谷川はキッチンにやってくる。
「1人分も2人分も変わらないので、味の保証はしませんが、食材は揃っていますし、今日は時間が惜しいので、簡単なものを作ります。」
絵梨が適当に作っているとキッチンの中でうろつく長谷川。邪魔だ。
「はせ……あの、座って待っていてください。」
「いや、悪い気がして。」
反対に邪魔だから、言いたくなるが、何かやることがあった方が落ち着くかと思い直す。
「では、飲み物の準備をお願いします。私はお茶でお願いします。」
長谷川は言われた通りに飲み物の準備を始める。

  ***
 料理が食卓に並び、お互い先に着く。長谷川は律儀にも手を合わせ、
「いただきます。」
と言う。絵梨もいただきますと声を出し、食べ始める。
「すみません、はせ……あの巻き込んでしまったようで。悪魔が言ったことが本当か嘘かはわかりませんが、呪いをかけられたのは私なので、関係ないはずなのに。」
「雅史。念のためお互い名前で呼ぼう。こちらこそご飯を作ってくれて、ありがとう。まともなご飯を食べるのは久しぶりだ。美味しい。」
「絵梨です。こんな簡単なものでお礼言われても……いつも何を食べているんですか?ってそんな話している場合じゃないですね。」
「この料理って簡単なんだ?俺には何やっているのか全く分からなかったけど。基本はスーパーやコンビニ弁当かな。えっと、絵梨さん、せっかく美味しいご飯を食べているわけだし、悪魔の話は後にしよう。」
「そうですね。食事中に話す内容でもないですしね。」
長谷川に絵梨も同意する。頭を整理する時間も必要だ。

  ***
 食後に温かいお茶を絵梨は入れ、食卓に運ぶ。ありがとうと言い、長谷川は、お茶を一口飲み、
「え?これ高級なお茶?こんな味わい深いお茶、初めて飲む。」
絵梨も一口飲むが、それほどいつものお茶と変わりを感じない。
「普通のお茶だと思いますけど……」
「そうか、ペットボトルのお茶しか飲んでいないから、本来のお茶はこういう味なのか。」
絵梨は、この人は仕事以外ダメなタイプかも、と思う。長谷川はお茶を堪能しているため、
「そろそろ本題に入りましょう。改めて巻き込んでしまい、すみません。」
「故意に巻き込んだならともかく、絵梨さんの方が命がかかっているみたいだし、謝ることじゃない。絵梨さんが召喚したとかじゃないよね?」
「召喚なんて出来るわけないし、出来たとしてもやるわけないじゃないですか……」
絵梨は呆れる。
「一通り見て回ったけど、入口は1つ。窓すらない。多分家に帰っても、ここに結局はつながっているのだろうな。ホテルとか泊まるとかはどうなのだろう。ここで1週間暮らせと言われたから、駄目か。でも悪魔の課題にしては名前で呼び合え、とか課題がおかしいと思わないか?これから大変な課題が出てくるのかもしれないが……ちなみに絵梨さんは呪いにかけられた自覚とかなにか症状はある?」
「私も課題内容に疑問を感じています。悪魔の課題なんて言われたら、もっと辛いことが求められると考えますよね。ただ呪いをかけたと言われたときに首筋に痛みが走りました。今は痛みはありません。」
「見ても良い?」
絵梨は頷き、首筋が見えるように髪の毛を上げる。
「咬みつかれたような傷がある。うーん、本当に呪いなのか……」
なぜか長谷川は、絵梨に背を向けて話している。傷があるのか。後で確認してみよう。
「傷ならば病院で治せませんかね?」
「やってみる価値はありそうだ。明日は休みを取って病院に行ってみたら?」
絵梨は仕事が詰まっている。しかし、長谷川に迷惑をかけている以上、朝一で病院に行き、出来るだけ早く出勤が出来るようにしよう、と考える。悪魔の件に関してはこれ以上考えても答えは出ないだろう。今日はただ名前で呼び合うだけで良いわけだし、悪魔の指示に従う方が無難だ。生活が出来る環境も整っているし、今日の問題は1つだけ。絵梨から切り出すか……
「あの、部屋にベッドはありました?」
「いや、なかった。布団すらない。だけど、悪魔は一緒に暮らせとしか言っていなかったし、寝室で2人で寝る必要はないんじゃないか?リビングのソファーで、俺は寝るよ。」
「いや、雅史さんは今新しいプロジェクトで大変ですし、雅史さんがベッドを使ってください。私がソファーで寝ます。」
本当は自分の部屋で寝たいところだが、長谷川と同じように布団もなく、床の上で寝るのはさすがに辛い。ふと長谷川を見ると顔が赤い。
「どうしたんですか?」
「いや、なんでもない。絵梨さんも引かなそうだし、妥協案で交代でということにしよう。今日は俺がソファー。」
「分かりました。では、明日は私がソファーで寝ますね。」
寝室問題が落ち着き、時計を見ると23時が超えている。お互い入浴などを済ませ、寝ることにした。ソファーで横になっている長谷川に絵梨は声をかける。
「雅史さん、ソファーも含めて、いろいろ協力してくれて、ありがとうございます。おやすみなさい。」
「おやすみ」
長谷川が答える。絵梨は寝室に入り、横になる。絵梨は、こんな馬鹿な話を念のためと、協力してくれ、親身になってくれる長谷川に感謝して眠りについた。

1日目 完

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