欠けているもの
ずっとまた君に会えるのを待っていたよ
***
なにかが欠けている。五体満足な身体に、特に不自由のない生活。それなのに美しい桜を見たとき、欠けている月を見たときに自分も欠けていると感じる。
「満ち足りている人間なんていやしない。みんな足りないものを補おうと探しているんだよ。」
友人が言う。ただ春にとって足りてないというのと欠けているという思いは違う気がするのだが、上手く表現が出来ず、そう言われるとそうなのかもしれないと友人の言葉に頷く。
***
祖母が亡くなったという訃報が届いた。両親が忙しく、春は祖母に五歳まで育ててもらった。しかし引越すこととなり、祖母の元へ行くことを両親は禁じた。喧嘩かなんかだったのだろう。それに従う謂れは春にはない。何故云う通りにしていたのだろう。祖母の優しい顔や声が頭に浮かぶ。祖母のことを想うと頭に痛みが走った。
祖母の葬儀は恙無く終わった。祖母は昔と変わらず優しい顔をしていた。二十年という月日が嘘のように感じ、祖母と山へ行った思い出が蘇る。春はその思い出を拾いに山に行きたかったのだが外に出ようとすると両親があれやれ、これやれとまるで外に出るのを禁ずるように、春の行動を制限した。春は胸がざわついた。そして皆が寝静まった夜中に抜け出し、山へと向かった。月明かりが春を導くよう足元を照らした。
大きな桜の樹に辿り着いた。桜は満開だ。
あぁ、この場所だ。頭にまだモヤがかかっているが、ここは祖母に禁じられた場所だが内緒で何度も訪れた桜の樹だ。ここで良く遊んだ。あれ、誰と……?また頭に痛みが走る。
「ハ……ル……?」
その言葉を呟いた瞬間から、桜の花びらは激しく舞った。その花びらの舞が春の頭のモヤを全て消し去った。
「ずっとまた君に会えるのを待っていたよ。」
桜の樹の上から声がした。その声の持ち主は枝から枝へと飛び移り、春の目の前に立った。
何故私は忘れていたのだろう。ハルの変わらない姿を見て、様々なピースがはまっていく。
「あぁ、ハル。あなたは変わらないのね。」
「春は大きくなったね。あの頃は僕と同じくらいの背丈だったのに。大人になるっていうのはこういうことなんだ。少し淋しいね。」
「何故私はハルを忘れていたの?」
「あの頃の僕も君と同様まだ幼く、山の掟を破ってしまった。」
ハルの周りは人間とも動物とも違うモノがいた。その違うモノ、妖たちと私はハルと共に過ごした記憶が蘇る。
「君のおばあちゃんが君を見つけ出し、山の神に頼んだんだ。二度と山が穢れないよう山を守るという約束し、君の記憶を封じ、君は元の世界に戻ることが許された。そして君のおばあちゃんは亡くなるまで山を守り通した。」
「私はそんなおばあちゃんに何もしなかった。せめてありがとうと伝えたかったな。」
「ここからなら君の声が届くよ。」
ハルは祖母の家の方を眺めた。
「おばあちゃーん、ありがとう。」
私は思い切り叫んだ。本当に届いたかは分からないが、届いたと思えた。
それから私たちは夜が明けるまで昔のように、いや昔と同じよう遊んだ。
あぁ、私の欠けていたものは、記憶だった。外側を探しても見つからない。欠けているものは自分の内側にあった。ハルとの大切な時間。それが私の欠けているものだった。
「そろそろ戻った方が良い。」
「また会える?」
「僕はいつでも此処にいるよ。」
優しい嘘。でもハルは私の中で共に生きる。欠けそうになることもあるかもしれない。
でも大丈夫。
天を見上げれば、春満月がぼんやりと柔らかく私と君を照らし続けてくれる。
riraさんの俳句が素晴らしくて、句だけで頭の中にイメージが広がり、物語にさせて頂きました。世界観壊してしまったら、申し訳ない。拙い部分が目立ち、でも私の物語より、riraさんの俳句紹介だと思えば良いじゃないか!という気持ちが勝りました(笑)本当に素敵な俳句をたくさん詠まれていて、俳句から滲み出るriraさん自身も素晴らしい人だと確信してます!最初から強い人なんていない。さまざまなことを乗り越えて、強くそして美しくなるって本当なんだなぁと思ってしまいます。riraさん、私の駄文でも良いと言ってくださりありがとうございました😆
そして、なんとriraさんの俳句が宇宙杯の最終ラウンドに!この句ではないのですが、素晴らしい一句です!他の句も素晴らしいので、ぜひぜひ皆様会場へお運び、推し句にスキ❤️を😊
最後にハルを君と書くことで、この句は春にとっての君、ハルにとっての君の両方を指し、2人とも欠けているものを補っていると意味を込めました。
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