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トネリコの鍵——ピクルス

5月の終わり頃、私は首が痛くなるくらい上をむいて歩いていた。トネリコをさがしていたのだ。

何度も聞いたことのある名前なのに、トネリコがどんな木でどんな葉をもっているのか、私は知らなかった。英語で言えばAsh。その若い実を、私は探していた。

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今までみたことのない木を探し、葉を確認し、その若い実を食べるのはなかなか勇気のいることだ。多くの植物は身を守るために毒や薬効を持っているし、ましてや、私はこの年まで、森の中の木々の名前を全く知らないできたのだ。何度も図鑑をみて、ネットの写真をみて、トネリコを探しながら歩く。特に、実がなっているトネリコ。

トネリコの実は特徴のある形をしていて、keyと呼ばれる。

みてみればわかる。鍵束がジャラジャラとぶら下がっているようにみえる、これが、トネリコの実だ。Ash keys——トネリコの鍵。

5月のこの時期に出てきたばかりのトネリコの若い実を、何度か茹でこぼしてアクと渋みを抜き、砂糖とお酢、そして各種スパイスでつけると、ちょうど前年の秋漬けのピクルス類が全て無くなって、でも夏秋につけたピクルスはまだ熟していない9月終わりぐらい、収穫の時期に食べられるようになる、と聞いたのだ。1日収穫をして疲れ切った時に、チーズとパンと一緒に食べると絶品なのだと。

古いレシピはたしか、チューダーぐらいまで遡るはずだ。魚の付け合わせにケイパーのように使うこともできる、と、食事の支度の合間に読み散らかしている本には書いてあった。

ただし、収穫できる時期は本当に短い。すぐに筋張ってしまって食べられなくなるし、茹でこぼしが足りなくてもかたくて食べられたものではない、とある。

だから、これで大丈夫なのだろうか、と不安に思いつつ、森を歩き回って、同定したトネリコの木。これでピクルスをつけるのが今年のチャレンジだ。

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森はニワトコの花盛りの時期。ニワトコの花と、トネリコの実をとってきてまずは余分な枝を取り除く。スパイスを測り、煮立て、きれいに洗って何度か茹でこぼしたトネリコの実を漬ける。

ニワトコの花でワインを作るのと並行作業だ。

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ピクルス液は美味しくできたはず。でも実は筋張っている感じがする。大丈夫だろうか……と不安になりつつ漬けたのが5月。

それを9月の終わり、ミクルマスの日である今日、開けてみる。

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うん。味は美味しい。

そして、やはり——筋張っている。


 必死になって探したオンラインの情報だと、漬けておくともう少し柔らかくなるという。

がっかり半分、期待半分で、私は再びピクルスの瓶を閉める。今年漬けたのは一瓶だけ。クリスマスまでにもう少し美味しくなっていたら、来年は、もっと早い時期にもっとたくさんトネリコの鍵を漬けるのだ、と奇妙な決意をしつつ。

森を食べるための修行の道のりはなかなか長いのだ。

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