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知財戦略が必要ない場合とはー知的財産権制度の判断ミスが経営に与える影響

特許や商標は事業を独占するためにある。確かに正解ですがこれは産業財産権が持つほんの一面に過ぎません。特許や商標の本当の価値は自分が使うためではなく、他人のために用意してあげるという要素の方が強いのです。

 大阪梅田でフィラー特許事務所を経営している弁理士の中川真人です。フィラー特許事務所では、知財の本場である米国で広く一般的に用いられている知的財産戦略のメリットを日本の法律の枠内でも極力再現できるように工夫した知財経営のノウハウを提供しています。
 今回は「知財戦略が必要ない場合」についてのお話です。簡単のために「知財戦略が必要ない場合」とは、特許庁と一切関わることなく事業を進められる場合という意味でお話を進めます。
 10月末に、神戸学院大学経営学部で経営学を学ぶ大学生向けに知的財産権制度の説明とその使い方、判断を誤った場合の問題点についての講義をさせていただきました(ニュースはこちら)。
 やはり、経営学を学ぶ学生であっても「知的財産権制度の判断ミスが経営に与える影響」についてまでピンとくる学生は少なく、その中で最も基本的な考え方の部分については広く広報する必要があると思い、今回は記事にすることにしました。

全てを自前で賄うのであれば知的財産戦略は不要

 結論から言うと、他人と一切関わることなく企画から製造、販売に至るまで全て自前で賄うことができる事業をするのであれば、特許権も意匠権も商標権も必要ないでしょう。
 特許庁に特許出願を始め何かしらの出願手続きを行うと、誰が何についてどのような権利を求めようとしているかと言う情報が特許庁によって公開され、一定の要件を満たした出願は権利として公示されます。これにより、他人に自己の権利範囲と権利の所有を証明することができ、特許権者や意匠権者の製造したい製品を他人に安心して製造委託をすることができ、正当な商標権者からライセンスを受けることで様々な小売事業者に販売を委託することができるようになります。
 このように、特許権や意匠権、商標権といった特許庁に登録されることによって発生する産業財産権は、円滑に他人と協力して一つの事業を完成させるために使われるものです。ですから、仮に誰の手も借りずに事業を行うのであれば、特許権も意匠権も商標権も必要なく、仮に他人の権利を侵害していたら自己の責任で商品を回収し、賠償すればよいだけの話になります。

他の事業者と取引を行うのであれば知的財産戦略が必要不可欠

 ところが、他人に販売を委託するとか、他人に製造を委託するとなった場合は、このように「自己の責任で商品を回収し賠償すればよい」と言うわけにはいきません。他人の商標権を侵害する商品の小売を他人に委託していた場合、その小売店も商標権上の権利行使の対象になりますし、他人の意匠権や特許権を侵害する製品の製造を任されていた加工業者も、意匠権や特許権上の権利行使の対象になってしまいます。
 そして、彼らに仕事をお願いしていたあなたは最終的に全ての責任を負い、単純に正当な特許権者や意匠権者や商標権者への賠償といった話にとどまらず、取引業者からあなたの顧客に至るまで、侵害品を販売してしまったという事後処理で致命的な損失を計上することにもなりかねません。
 そして、小売業者や製造業者も、事業として使用する製品の製造や販売は、個人的に使用する目的の製品の製造や販売のように簡単には引き受けてもらえません。やはり、自分たちが売ろう、作ろうとしている製品が「他人の権利侵害品ではないか」の保障が十分にされていなければ、コンプライアンスの厳しい今日ではまともな事業者ほど知的財産権上の手当がされていない事業者との取引は嫌われます。

コンプライアンスの厳しい現代の企業間取引の厳しさを知っておいて欲しい

 ここは、特に社会人経験のない学生起業家などにはきちんと説明しなければならないところですので、フィラー特許事務所での個別相談でも幾度となく説明し、そしてなかなか理解されなかったところでもありました。

 神戸学院大学の講義でも、私は以前の仕事で自動車メーカーに納入する部品の開発に携わっていたことがありますが、そのときに必要な提出資料は段ボール数箱分に及び、材料の納入元から加工業者の信用情報、あらゆる知的財産権上の証明資料を添付し承認を受けなければ、コード一本すら納入の契約ができないこと、そしてそれが大企業対大企業(東証一部上場企業同士)の取引であっても例外ではないことを説明し、企業間取引というものがいかに厳しいものであるかを認識してもらおうと試みたのですが、やはり事業者として他の事業者と取引を行うという行為への緊張感を、ぜひ事業を始める最初の段階から持っておいてもらいたかったのです。

 そう考えると、きちんとした事業体として事業を始めるのであれば、特許庁と一切関わることなく事業を進められる場合など存在しないと言うことになります。あくまで趣味の範囲で小さな事業を個人的に行う分には知財戦略は必要ないとは思いますが、そうではないのであれば、きちんと特許事務所に事業化の協力を依頼されることを強くお勧めします。
 フィラー特許事務所では、特にスタートアップ事業者の厳しさを肌で理解していますので、強力な後ろ盾として活用していただけること、楽しみにしています。

一冊の電子書籍にまとめましたのコピーのコピー

弁理士・中川真人
フィラー特許事務所(https://www.filler.jp