見出し画像

永遠の船出

もうすぐ出航する予定の船を私は見つめていた。
建造が終わったばかりで今は最後の仕上げをしているところだ。
その作業をしている人たちの中に私の兄もいた。
私の兄はこれが初めての船出になる予定で、とても楽しそうに周りの人たちと最後の仕上げ作業をしていた。

私はといえばあるお屋敷でメイドをしていて今はそのお屋敷に住んでいる。
兄も船乗りになると決めてから家を出て行ってしまい、私もお屋敷に奉公へ行くことになってからは滅多に会うことは無くなっていた。
だけれどもこの兄の船出でしばらくは本当に会えなくなるということなので、久しぶりに会いに来たのだ。

船の働いている兄の姿を見てうらやましく思った。
男は自由でいいな、と女の身である自分を恨めしく感じていた。
そしてとても楽しそうだなとも感じていた。
兄はもう私のことなど眼中にないのだと思い知らされたような感じでいた。
実際兄の頭の中はもうすぐ出航する船と初の船出をする自分のことしか考えていない。
妹である私のことはもうメイドとして働いているし自分が気にする必要はないと思っていたのだろう。

私たちは両親を早くに亡くし、兄妹二人で生きてきた。
私には兄がいれば十分だったので両親がいないことに何の関心もなかった。
親はいてもいなくてもどうでもいい。兄だけがすべて。
私の世界は兄だけだった。

メイドとして働き始めても私は仲間たちと打ち解けることは無く、ただ兄のことだけを考えていた。
そして兄が今度船出をするということで会いに来たのだった。
会いに来ても兄を引き留めることはしなかった。
言っても私の言うことなど聞かないことはわかっていたからだ。
そして私は何も言わずお屋敷へ戻った。

出航の前日、兄の乗る船が火災を起こした。
その火事で準備のため船に乗っていた大勢の人が亡くなった。
兄もその中の一人だった。
あんなにも楽しみにしていたのに、船出することなく兄は死んだ。
輝かしい未来が待っていると決して疑っていなかった兄は海に出ることさえなく、死んでしまった。

葬儀の最中、私は涙一つ見せることなく兄を陸に葬った。
兄を失った悲しさよりももうこれで兄を他の人間や海にとられることが無くなった喜びのほうが大きかった。
そして葬儀の後、私は屋敷へ戻った。

画像1


励みになりますのでよろしければサポートお願いいたします。