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2022年ベストアルバム

2022年のベストアルバム10枚です。今年は特にMPBの傑作が若手・ベテランともども多く、充実した年になりました。ボージョレ・ヌーヴォー解禁風に言えば「21世紀以降最高と言われた2017年を超える出来」です。
MPBは本国では斜陽ジャンルということでしたが、日本におけるシティ・ポップみたいな感じで、改めての再評価に加え、共感する若手たちがNova MPBを確立しているように思います。ということで今年もほぼブラジルな選盤です。

SIM SIM SIM / Bala Desejo

ドラ・モレレンバウム、ジュリア・メストリ、ルーカス・ヌネス、ゼー・イバーハという4人が集ったグループ、Bala Desejoのデビュー作。詳しくは以下に書き尽くしていますので割愛しますが、伝統性と現代性、洗練と熱狂を兼ね備えた傑作です。ブラジルにとどまらず南米音楽を幅広く参照しつつ、統一感をもってまとめあげる手腕には驚愕しますし、単純に歌や演奏の魅力にも溢れています。

あまりにカッコ良いBaile de Máscarasのライブ映像。華のある4人で、グループとしての魅力も強いですよね。ソロ活動とかもしつつになるかもしれませんが、グループとしてもまだまだ活躍してくれると思います。

「Lua Comanche」のライブ。

V / Maglore

バイーアで結成されたバンドMagloreの5枚目のアルバム。英米のインディーロックに近いサウンドですが、中心人物チアゴ・オリベイラのソングライティングのセンスが素晴らしく、3rdアルバムの「III」など結構愛聴していました。
そこへ来てこの「V」では曲のキャッチーさはより強く、バリエーションも一気に増した感があります。プロデュースはバンドと共にレオナルド・マルケスが担当し、アルバムのヴィンテージ感に貢献しています。

冒頭の①「A Vida É Uma Aventura」は、サンバフィールも匂わせつつ多幸感に溢れる一曲で、世界中でアンセム化しないのが不思議なほど。

続く②「Amor de Verão」はバーズ風のサイケロック。この曲の作者は今作からメンバーに加わっているベースのルーカス・ゴンサウヴェス。ミナス出身の彼がチアゴとは異なる方面の切ない歌心やサイケ感を持ち込むことにより、バンドのサウンドに奥深さが加わったと言えます。XTCにおけるアンディとコリンくらいのバランスかと思いきや、蓋を開けてみるとチアゴ作とルーカス作はほぼ交互に並んでおり、思った以上にルーカス色が出ていますね。このバランスはマルセロ・カメロとホドリゴ・アマランチ曲がほぼ交互に並んでいたロス・エルマノスの「4」を思い起こさせます。

シンプルなロックンロール風ながらチアゴのメロディーセンスが炸裂する⑤「Eles」、Clube da Esquina的ビートルズサウンドのルーカス作⑥「Vira-Lata」など各自の色を十分に発揮した楽曲群はブラジルものとかの枠を超えた魅力を放っているので、幅広い音楽ファンに聴いてもらいたいです。

チアゴ作のボサノヴァ⑪「Amor Antigo」などを経て、ラスト曲が2人の共作で⑬「Para Gil E Donato」(ジルベルト・ジルとジョアン・ドナートに捧ぐ)というのも良いですよね。

余談ですが、昨年出たルーカス・ゴンサウヴェスのソロ「Verona」もまた傑作です。今年になってから聴いたのですが、昨年のうちに聴いていたら絶対年間ベストに選んでいたでしょう。ロー・ボルジェスに通じるソングライティングとサイケなムード、寂寥感あるジャケ。完璧です。

2019年のチアゴのソロ「Boa Sorte」も彼のポップセンスに加え時折トロピカリアが顔を覗かせる素晴らしいアルバム。来年は2人のソロにも引き続き注目です。

Mil Coisas Invisíveis / Tim Bernardes

チン・ベルナルデス、ソロとしては5年ぶりの2ndアルバム。期待に違わぬ傑作となりました。全編白昼夢のような穏やかなサウンドながらメロディにはフックがあり、絶対的な個性を感じさせてくれます。

まずは①「Nascer, Viver, Morrer」からして、深いリバーブの中ファルセット気味のチンのボーカルに恍惚としてしまう名曲。2分程度の短い曲ながら、アルバムに引き込むには十分です。

個人的なお気に入り曲は⑥「Falta」です。優しいホーンのイントロからピアノと共に訥々と歌い始め、ピアノが若干ハネ始めるところなどたまらないものがあります。

ドラムレスで最小限のパーカッションやアコギのみでリズムを支える曲も多いですが、彼自身のボーカルの魅力と優雅なストリングスで魅力に溢れる一枚となっています。

Em Nome da Estrela / Xênia França

シェニア・フランサのこれも5年ぶりの2ndアルバム。前作に引き続きロウレンソ・ヘベッチス、ピポ・ペゴハーホとの共同プロデュースで、ネオソウル風の音作りをしつつも、彼女の故郷であるバイーアのアフロブラジル文化を意識したアルバムとなっています。3曲あるインタールードは、カンドンブレの宗教指導者Mae Menininhaやアシェーのヒット曲をテーマにしているみたいですね。

ダウナーさが気持ち良い冒頭のソウルナンバー①「Renascer」、リズムや展開がカッコ良い②「Interestelar」などオリジナル曲はもちろん、ジルベルト・ジルの③「Futurível」、ジャヴァンの12「Magia」など、独自の解釈によるカバーも光ります。アルチュール・ヴェロカイによるスリリングなストリングスが入る⑧「Ãnimus x Anima」も素晴らしい。

「星の名前」というタイトル通りのスペーシーさやスピリチュアルさ、内省的な空気(Estela=星は彼女の洗礼名に含まれるそうです)、時に強烈な音のスネアとアフロパーカッション、それらを同じ雰囲気で見事にまとめ上げたアルバムです。

No Reino dos Afetos / Bruno Berle

アナ・フランゴ・エレトリコが撮ったという悪夢のようなジャケットとは裏腹に、繊細な歌声とサウンドメイクが魅力のブラジリアン・ローファイ宅録ポップの大傑作です。キュートなメロディのインディーフォーク①「Ate Meu Violão」、そしておそらく友人のトラックメイカーのbatata boyとの共作②「Quero Dizer」がまた最高。

音作りは完全にローファイですが、60sのソフトロック/サイケみたいな感触も強く⑤「O Nome Do Meu Amor」などアシッド・フォークの名曲感があります。

(連続でリンクを貼るとサムネの圧がすごいな・・・)
hiphopを作るようにサイケフォークを産み出している感があるんですよね。そして何と言ってもチャーミングなメロディと歌声のバランスが素敵です。
フェスなどを通じてBala Desejoの面々とも友人となったそうで、ドラ・モレレンバウムとは一緒にツアーをしたりもしているようです。

Pra Gente Acordar / Gilsons

ジルベルト・ジルの息子のジョゼ、孫のジョアンとフランシスコの3人(息子と孫とはいえ3人はほぼ同年代でジョアンの方がジョゼより年上・・・)によるGilsonsのファーストアルバム。アルバムとしては初ですが、EPやシングルは結構出しており、「Varias Queixas」という曲はSpotfyで8千万再生、月間リスナーも200万を獲得しています。フランもソロアルバムやChico Chicoとのコラボアルバムを出したりして活躍中ですね。

数字だけ見ると華々しいのですが、このアルバムはすべてゆったりしたテンポで占められ、アコギやホーン、パーカッションを中心としたシンプルな構成で結構渋めです。しかし染みる。①「Pra Gente Acordar」から、控えめなホーンとパーカッションに美しいメロディー&ハーモニーに引き込まれます。

比較的売れ線かなと思えるのはレゲエ風味の④「Proposta」くらい。続く⑤「Duas Cidades」など実に癒されるソウルナンバーです。

内省的なソウルの裏に北東部のリズムパターンが通奏的に流れている、そんなアルバムです。穏やかなストリングスも入ってくるラストの⑨「Voltar a Bahia」がまたしみじみ泣けます。この曲はシコ・ブアルキの孫であるクララ・ブアルキとフランの共作です。

Force of the Wind / SOYUZ

日本の南米音楽好きに衝撃を与えたベラルーシのバンド、ソユーズ。3rdアルバムとのこと。外部からブラジル音楽を眺める視点が日本人のそれと重なったということなのか、彼らのセレクトにはClube da Esquina関連をはじめ日本人が好みそうなMPBのアルバムがずらりと並んでいます。

ブラジルの影響以外にも例えば②「Offscreen」や④「Glance」などはちょっとStereolabとかに通じる空気を感じますし、Kate NVのロシア語女性ボーカルが入る③「I Knew It」などもオシャレに始まりつつサイケ~ジャズロック風に展開していき、一筋縄ではいかない感じがあります。MPBとカンタベリーロックが好きな方(僕です)は必聴です。

⑥「Como e que vai voce」には自身も今年傑作を出したSessaが参加し、彼のアルバムに通じる世界観を作り出しています。⑦「Beige Days」がこれまた素晴らしきジャズロックです。往年のMPBに憧れて作りましたってだけのアルバムだったらこんなにはまらなかったと思います。外面だけでないサイケ感覚と巧みな演奏能力に裏打ちされたプログレッシブな感触がアルバムに奥深さを加えています。

Sambas do Absurdo, Vol.2 / Rodrigo Campos, Jucara Marçal, Gui Amabis

ホドリゴ・カンポス、ジュサーラ・マルサル、ギ・アマビスの3人によるサンパウロの街角で起こる不条理さを表現するというコンセプトの「不条理なサンバ」の第2弾。vol.1も良かったのですが、今回も実に素晴らしいです。複雑で実験的なアレンジやパーカッションを配置しながらも、親しみやすいメロディも持っており、しっかり歌として聴くもよし、リズムに注目するもよし、アンサンブルを味わうもよしという多面性のあるアルバムになっています。

ジュサーラの歌う①「Um Minuto」がまず良いですね。短い曲ですがメロディも良いし、コーラスの冒頭でベースが3連っぽくなる部分など気持ち良いです。

②「Sé」はジャケットの水墨画のイメージに通じる少し「和」っぽいアレンジがされている気がします。内省的なサンバ③「Na Memoria Vida Outra」には細かいパーカッションが組み合わされ、⑥「Carlao Morreu」は低音域のホーン(チューバ?)が印象的に使われていたり、じっくり聴ききたくなるアルバムですね。ジュサーラのボーカルもかなり良いです。

Habilidades Extraordinárias / Tulipa Ruiz 

サンパウロのカリスマSSW、トゥリッパ・ルイスの5年ぶりの5thアルバム。彼女の時に奔放で生命力に溢れたボーカルが最大の魅力ですが、どこかオルタナ感のある音作りと、ブラジルらしさを兼ね備えた作品になっています。
弟のグスタヴォ・ルイスとの共同プロデュースで、多くの曲が二人の共作です。

①「Samaúma」はベースのリフレインが印象的なサンバファンク。ギターでペドロ・サーも参加しているようです。後半のトゥリッパのボーカルも見事。④「Kamikaze Total」はLinikerとの共作。渦を巻くようなサイケサウンド、タイトルのせいか節回しは日本的音階を感じさせます。⑤「Novelos」の印象的なシャウトは彼女の本領発揮というところ。

そして何と言ってもタイトル曲⑥「Habilidades Extaordinárias」が名曲です。落ち着いたヴァースに始まり、見事に抑揚をコントロールしたボーカルが冴えるコーラス、そして「Todo bem」のリフレインの後のベースのオブリがまたクール。

ラストの⑪「O Recado Da Flor」はジョアン・ドナートが小粋なキーボードで参加した曲。MPB/ボサノヴァ系の曲調ですが、トゥリッパのシャウトが絶妙に色を添えています。

Ananás / Gus Levy

2020年の宅録サイケ傑作「Magia Magia」が話題になったグス・レヴィの2ndアルバム。少し80年代を感じるジャケだなと思いましたが、その印象のせいか、なんとなくAORみを感じる部分がある気がします。
①「Que Desagradavel」(不快な)で始まり、⑨「Muito Desagradabel」(ほんとに不快な)で終わるという人を食ったようなアルバムで、その辺の感覚も含め80s~90s初頭っぽいとも言えるかも。

かと思うと②「Eu Nao Me Adapato」がめちゃめちゃオーソドックスに良い曲だったりするんですよね。

そして⑤「Solidao」が「孤独」というタイトルで、爽やかなAOR風だったりとひねくれ感満載です。でもこれもホント良い曲。

落ち着いたバラードと思いきや間奏でギターが唸り、サックスが応える⑦「…Fala Mais」なども面白いですし、⑧「Rachadura de Cristais」も好き。11月後半のリリースでなんだかんだ今一番聴いている一枚です。

終わりに

ジャヴァン、ジョイス、ジョアン・ドナートも健在!と思える作品が出ましたし、エヂソン・ナターリも良かったし、Sessaら若手のアルバムも他に良作多数、国内も坂本慎太郎や柴田聡子など充実していましたが・・・今年は豊作過ぎました。結果ブラジル9枚、ベラルーシ1枚ということに。
傑作がたくさんあった一方、ガル・コスタとエラズモ・カルロスの訃報には打ちのめされた1年でした。

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