【コラム】至高のVRゲーム『Half-Life: Alyx』はなぜ怖くて面白いのか?VALVEがとった逆算のVRゲームデザインを考察しよう。
この記事は2020年の春から夏に執筆されたものだが、諸事情により1年の時を経て公開することとなった。この記事の執筆後にリリースされた開発者コメンタリーモードを経てもなお、この記事で述べる意見が変わることはない。Half-Life: AlyxもといHalf-Lifeシリーズはどうしても日本での認知が低く(スピンオフのPortalシリーズはかなり人気なのだが)、本作の考察らしい考察の記事も日本語ではほとんど見られないため、本記事がHalf-Life: Alyxをプレイした、もしくはこれからプレイする人の考察の助けになれば幸いだ。
前置き
2020年3月24日、VALVEがSteam専用VRゲーム『Half-Life: Alyx』(以下、Alyxと表記)が発売された。Alyxは伝説的なFPS『Half-Life』シリーズの13年ぶりの新作でありながらVRゲームでは珍しい超大作でもあり、筆者は17時間近くプレイして本作がVRゲームの覇者たる存在だと確信できた。Half-Lifeが今までFPSのお手本となってきたように、Alyxも今後数年のVRゲームの基準になることは間違いないだろう。
残念なことに日本語圏でのHalf-Life: Alyxが盛り上がりに欠けるため、筆者はAlyxを布教したいと考えていた。そこで、「Alyxが過去作と違う点はなんなのか?」「なぜそういった設計になったのか?」にフォーカスした日本語の情報がないことに気が付いたので、この記事ではHalf-Life: Alyxのゲームデザインについて考察する。
Half-Lifeは日本における知名度が低いものの、ビデオゲームの歴史で外せない重要なゲームの一つだ。1998年に発売された初代『Half-Life』はFPSのストーリーテリングに大きな影響を及ぼし、2004年に発売された『Half-Life 2』はよりシネマティックな演出や物理演算のギミックを取り入れたことで2000年代後半のFPSに大きな影響を与えた。このあたりの考察についてはIGN JAPANの古嶋氏の記事に詳しい。
なお、Half-Lifeを開発するVALVEはPCゲーム販売サービス最大手「Steam」の運営会社でもあり、Steamは本来Half-Life 2をダウンロード販売するためのサービスとして生まれたものだった。VALVEとHalf-Lifeがなければ今日のPCゲーム市場は存在しなかったと断言してもいい。
そのため、AlyxはHalf-Lifeの13年ぶりの新作として世界中のゲーマーやゲーム開発者から注目されるのは当然だった。また、AlyxはVRゲームとして見ても特殊な立ち位置だ。大手ゲーム会社は2016年から2017年にVRゲームの実験作や短編を出した後にほとんど撤退してしまったため、Steamを運営するVALVEが世界的超人気シリーズの最新作をVR専用で作るというニュースは新たなユーザーをVR市場に引き込めるとしてVR関係者からの注目も集めた。
いかにしてHalf-LifeをVRゲームに翻訳するか?
ただし、VRゲーム業界を牽引するVALVEでさえVRゲームの開発は容易ではなかっただろう。VRゲームは未だニッチで大多数の人にとって未知の存在であり、VALVEはHalf-LifeファンのためにVR初心者に優しいVRゲームを作る必要があったからだ。
Alyxを説明する前にHalf-Life 2について少し触れたい。Half-Life 2は2004年当時としては一人称視点のシネマティックな演出や物理演算を活用したギミックが特徴的だったFPSで、他のゲームに影響を与えすぎて逆に”ふつう”になってしまった名作である。AlyxはHalf-Life 2の前日譚であり世界観や登場キャラクターも準じているが、Half-Life 2のゲーム体験をVRで再現するには様々な問題があった。
はじめに、VRゲームと通常のゲームでは同じ動作でもユーザーの動き方が全く異なるということを知っておきたい。普通のゲームで銃を撃つにはスティックやマウスでカメラを動かし、画面中央の照準を敵に重ねてボタンを押せばいい。しかし、VRゲームは銃で弾を撃つだけでも複雑な手順が発生する。
空になったマガジンを銃から抜き捨て、バックパックから新しいマガジンを取り出して交換し、スライドを引いて弾を装填したらサイトを覗いて敵に狙いを定めたら、ようやくトリガーを引いて弾を発射できる。VRゲームに慣れない人はピストルのリロードだけで10秒かかってもおかしくないのだ(とはいえ、装備のグレードアップで照準はある程度だけ補助される)。
当然VRゲームの動作に習熟したプレイヤーも世界におそらく数十万人は存在するが、Alyxの対象であるHalf-LifeファンのほとんどがVRゲーム初心者のはずで、彼らにはまずVRゲームの作法に慣れてもらわなければいけない。
また、VRゲームでもっとも厄介な問題が「移動方法」である。VRゲームの移動方法は「酔いにくいが没入感は薄いテレポート」と「酔いやすいが没入感は高い連続的」の二つの方法が主流で、コアゲーマーを対象としたVRゲームは連続的のみを採用する場合も多い。以下の画像はHalf-Life: Alyx公式サイトより引用した。
コアなVRゲーマーや開発者が連続的を好む理由としては、テレポートにはゲームデザインの制約が生じることが大きい。テレポートはプレイヤーが移動先をコントローラの向きで指定するのだが、プレイヤーの部屋に物理的な広さがないと微調整で動けずに棒立ちになりやすいのだ。
基本的にシューティングゲームでプレイヤーが棒立ちになることは死を意味するし、何よりゲームのテンポが遅くなってしまう。しかし、AlyxをプレイするVR初心者のシリーズファンのためにテンポを犠牲にしてでもテレポートとシフト(操作方法はテレポートと同じ)を採用するのは必然だった(なお、Alyxのテレポートはプレイヤーの足元のシルエットが映し出されるのでテレポートしても方向感覚を維持しやすく、ジャンプの役割も兼ねている)。
つまり、Half-LifeのVRゲームを作るにはVRゲームの初心者にVRの操作に慣れてもらう必要があるし、ワープ移動による棒立ちのリスクを考慮してゲームのテンポを落とさなければいけない。この条件を満たした上でHalf-Lifeの手に汗握る緊張感を維持するにはどうすればいいのだろう?しかし、その答えは意外にもシンプルな方法だった。
サバイバルホラーと化したCity 17
筆者がAlyxをプレイして最初に感じたのは「AlyxはHalf-Life 2と比べて明らかに怖い」ことだった。
怖さを感じる一つ目の要因は「狭くて暗い場所が多くなっている」ことだろう。AlyxはHalf-Life 2の舞台だった「City 17」を2020年の品質で再現した。City 17はHalf-Life 2の時点で夕暮れのような薄暗いロケーションだったが、Alyxはとにかく地下通路や廃墟など暗くて狭い場所が増えている。しかも小さな部屋が入り組んで繋がる構造になっているため、先に敵や障害など何があるのかを見渡しづらい。さらに、AlyxはHalf-Life 2にはなかった肉壁や胞子にまみれたグロテスクな空間が新たにできたので、自然とプレイヤーの足取りも遅くなってしまう。
怖さを感じる二つ目の要因は、「ゲームの前半に出現する敵キャラがほぼエイリアン」なことだ。Half-Lifeシリーズには毎作登場するおなじみのエイリアンの敵キャラが存在するのだが、天井から垂らした長い舌で獲物を捕食するバーナクル、プレイヤーの顔を捕食せんと飛びつくヘッドクラブ、ヘッドクラブに顔面を寄生されたゾンビなどが2020年の品質でよみがえった。
これらのエイリアンのクオリティが上がっただけでもおぞましいが、VRによってプレイヤーが敵キャラを等身大で立体的に見られることでプレイヤーが感じる脅威や本能的な危機感がぐっと増した。特にVRになったことで存在感に磨きがかかったのはヘッドクラブで、ホラー物やグロテスクな生物に耐性のないプレイヤーはヘッドクラブが顔面に飛びついてきただけで軽いパニック状態に陥りかねない。
怖さを感じる三つ目の要因は、「銃弾や体力リソース管理が非常にシビア」だということ。Alyxはフィールドを隅々まで探索すれば十分な量の銃弾を手に入れられるものの、冒頭でも述べたようにVRゲーム初心者はピストルで弾を一発当てるだけでも至難の業なので弾の量が少なく感じられるし、初心者がそこまで十分に探索できるとも限らない。
また、Alyxは体力の回復リソースもかなり希少だ。Half-Lifeは自動回復しないので体力を回復するには回復ステーションを使うか道中で拾った注射器を自分の手に刺す必要がある。しかし、回復ステーションは頻繁にあるものではないし、インベントリにはアイテムを最大二つまでしか保管できないので”ふつうは”注射器を二つしか持てない。弾を無駄撃ちしないように慎重に銃を扱いながら敵の攻撃を喰らわないようにしないと、あっという間に残弾も体力も尽きてしまうだろう。
ただし、筆者のようにVRゲームに慣れた人は初見でノーマルでゲームオーバーになる回数も少なく、二週目のハードで緊張感とリソース管理の難しさがちょうどいいと感じた。VRゲームの経験の有無によってリソース管理の難しさの体感に差が出ることは補足しておく。
とはいえ、Alyxを怖いと感じる三つの要因も終始一貫しているわけではない。Alyxが怖く感じられるのは前半パート(およそ5~6時間)が中心であり、後半に入ると怖さは薄れてテンポの速いゲームプレイに切り替わる。
明るくて開けた場所で敵兵士との銃撃戦が増え、そのおかげか銃弾も多めに用意されたり銃器の種類も増えたりするので弾切れの心配もなくなる。もちろん、ゲームの後半にエイリアンは出てくるし、暗くて狭い場所がなくなるわけでもない。ただ、後半は明らかに恐怖感が薄れてゲームのテンポは速くなっている(ただしチャプター7のジェフは例外とする)。
以上をまとめると、Alyxが怖く感じられる要因として「狭くて暗い場所が多くなっている」「ゲームの前半に出現する敵キャラがほとんどエイリアン」「体力や銃弾のリソース管理が非常にシビア」の三つを挙げた。そこそこゲーム経験のある人は察したかもしれないが、Alyxのゲームデザインはバイオハザードを代表としたサバイバルホラーの文脈に則っている。
Alyxは「VRゲームは未知の体験なので多くの人にとって操作しづらい」「移動方法がテレポートだからゲームテンポを遅くせざるをえない」というシューティングゲームとしての欠点を逆に利用して、緊張感と危機感に溢れるVRサバイバルホラーゲームにしてしまったのだ。
筆者はバイオハザードを4と7とRE:2だけプレイした経験があるものの、おそらくAlyxに一番影響を与えたのはPS VRにも対応していたサバイバルホラー『バイオハザード7』のベイカー邸ではないかと考えている。ただし、バイオ7の操作はゲームコントローラなのに対してAlyxはVRのモーションコントローラなので、身体的な感覚のリアリティが段違いに高いのが明確な差異だ。
高度な物理演算で得たものと失ったもの
Half-Life 2はFPSで本格的に物理演算をFPSのギミックとして取り入れた先駆けであり、重力で様々な物体を武器にできるグラビティガンや道中の(正直に言うと”くどい”ほど)物理演算パズルが象徴的だった。Alyxでも物理演算の先進性は健在で、物理演算は驚くほどリアルでありながら、プレイヤーがストレスを感じない程度に挙動がデフォルメされている。
また、ステージに配置された小物は全て物理演算が働くので、空っぽの洗剤ボトルから事務机の棚まであらゆる物をプレイヤーが触って持ったり投げたりできる。離れたものを重力で引き寄せて取れるグラビティグローブのおかげで探索も快適だし、ステージの様々な場所に武器アップグレード用アイテムが隠されているので探索の意欲も持続する。
ただし、AlyxがHalf-Life 2から失った要素も存在する。Alyxでは物理演算を活かした戦闘がほとんどできないのだ。Alyxで敵を攻撃できる手段は銃器かグレネードか可燃性のドラム缶ぐらいで、椅子を敵に投げつけてダメージを与えたり拳で直接殴ったりできない。Half-Life 2の目玉だった武器のグラビティガンも出てこない。
もちろん、これにも妥当な理由が二つ挙げられる。一つ目は、本作のゲームデザインに反するためであり、サバイバルホラーのゲームで銃弾を消費せずに物理演算を活かしたバトルが可能だと銃弾のリソース管理の意味が薄れてしまうからだ。
二つ目は、VRゲームと現実の重量のギャップが解決できないため。プレイヤーは現実で数百グラムのVRコントローラを握っているのにゲーム内で数キロから数十キログラムの物体を持っている場合、当然ながらプレイヤーの脳は違和感を抱くのでVR酔いに繋がる。このギャップを解消する解決法は未だ存在しない。
とはいえ、昨今は物理演算を活かした戦闘を特徴としたVRゲームが少しづつ登場しているので、物理演算の象徴とも言えるHalf-Lifeシリーズの最新作でで体験できなかったのはやや残念だ。筆者としては、GMOD的な物理演算を楽しみたい人にはBoneworksを勧めたい(Boneworksはまた別の記事で取り上げる予定)。
VALVEとVRゲームとこれから
Half-Life: AlyxはHalf-LifeをVR化するにあたってVRゲームの欠点から逆算したゲームデザインをしてみせた。Alyxを作ったVALVEから学ぶべきことは「大作VRゲームはアクセシビリティの観点からスローペースにしなければならず、おのずと緊張感を重視したサバイバルホラーのゲームデザインに近くなる」ということだろう。
だが、VALVEは今までLeft 4 DeadやCounter-Strikeなどスピード感の速いFPSゲームが多く、VALVE以外の人気のFPSも同様の傾向にある。そのため、様々なFPSをAlyxと同じ文法でVR化するのは非常に難しいことも示唆している(なお、PortalのVR化は公式が諦めたことをIGNのインタビューで既に明かしている)。
世の中にもっとVRデバイスが普及してVRゲームが人気になれば、プレイヤーの慣れによってVRのアクセシビリティの制限が緩くなるかもしれない。ただ、2020年では未だその段階には至っていないし、多くのVRゲーム初心者を受け入れる役割を担うAlyxはこのゲームデザインに落ち着かざるを得なかった。そしてこの状況が数年で改善するかどうかも分からない。
Alyxは今後もVRゲームのフラグシップとして君臨し続けることだろう。ただしAlyxが歴代のHalf-Lifeと状況が違うのは、VRゲームにここまでの技術と予算と人員をつぎ込めるのは世界で片手で数えられる数の企業しか存在せず、なんならVALVE自身でさえ今後数年間にAlyxと同等の規模のVRゲームを作れるのか怪しいと筆者は見ている。
なんだかやや悲観的な締めになってしまったが、不満があるなら自分で作ればよい。UnityやUE4を学べば『Boneworks』みたいにHalf-Lifeを独自の解釈で再構築したハードコアなVRゲームを作ることができるし、既にAlyxから影響を受けたVRゲームも出始めている。また、Alyxはステージ作成MODツール「Source 2 Engine」を公開しており、それを使えばAlyxをベースにした自分で理想のVRゲームを作ることもできる。そういった意味では、AlyxはVRゲームの未来に繋がる大きな一歩だと確信できた。
Half-Life: AlyxはSteamVR専用で定価6290円で販売されているが、Steamの大型セールでは40%オフ(3774円)でも購入可能である。もしあなたがPCで利用可能なVRヘッドセットを購入したのであれば、ぜひプレイしてみてほしい一作だ。