見出し画像

思い出の街灯

「隣町に懐かしい思い出が見られる街灯があるらしい」
最近、私が通う高校はこの話で持ちきりだった。
私はそういったオカルトを信じたことがない。小学校の時に流行ったいわゆる「学校の怪談」も生徒を早く帰すために作った、教師の詭弁だと思ってる。

「ねえねえ、今夜思い出の街灯見に行こうよ!」
前の席の愛菜が私の単語帳を取り上げて言った。「ええ、いかないよ。私がそういうの信じないの知ってるでしょ?」そもそも、思い出の街灯っていう名前なんだと思いながらそう返した。「とか言って、本当はビビってるんでしょ」「ちがうよ。ほんとに信じてないだけ」単語帳を取り返そうと手を伸ばすと、そうはさせまいと、愛菜は後ろに隠す。

「返してほしくば、行くと言いなさい」
また始まった。愛菜はこうなると止められない。小学校来の付き合いが、私の脳にそう判断させた。
「わかった。付き合うから返して」そう言うと、愛菜はにんまりとした表情で「じゃあ、部活終わったら校門集合で」という言葉を添えて、単語帳を私の前に差し出した。

ヒグラシが星を呼び出す頃に部活が終わり、校門に向かうと愛菜が先に待っていた。「遅かったじゃん、早くしないと赤ちゃんの時の思い出で終わっちゃうよ」「え、どう言うこと」「もー何も知らないんだね、じゃあ向かいながら教えてあげよう」というと隣町の方へ歩を進めた。

愛菜先生の解説によると、その思い出の街灯は隣町のS市にある町工場の街灯をさすらしい。
人それぞれ自分の懐かしい思い出が見られ、中でも不思議なことが赤ちゃんの頃から小学校、そして現在へと時系列を追っていくみたいなのだ。

ひとしきり解説を聞き終えると、愛菜は学校の愚痴を吐き出す。いい感じに相槌を打っていると噂の工場が見えてきた。今日の業務は終了したのか、工場内に明かりはない。
「あれじゃない?」愛菜が指を指すと、なんでもないただの街灯がポツンと佇んでいた。「思い出の街灯。」周りにそれらしき街灯はなく、どこか哀愁を漂わせていたためか、一目でそうだと感じた。

「ちょっと怖いかも。」愛菜は私の裾を掴みそう告げた。「大丈夫、思い出なんてみえないよ」もともと信じてないのだから怖いという気持ちは存在せず、むしろオカルトを否定できるチャンスに支配されていた。

「愛菜、準備はいい?」問いかけると「うん。」と慎重に答える。街灯まで一歩、また一歩と小刻みに近づくと、もやもやの街灯のその光の下に、朧げながらなんとも懐かしい顔が映し出された。

「あっ。」間違えない、それは若い頃の両親の顔だった。まさに幸せと言った、私を包み込むような表情を見せる両親が、幼かった頃の私の視点で映し出されていた。

「愛菜、みえる?」「うん、お母さんとお父さんだ。」愛菜も同じような景色らしい。
「本当にあったんだ。」今までの私が否定されたような気がした。体熱くなってくる。

どのくらいだろうか、しばらくそれを見つめていた。街灯の下の私はすくすくと小学生のころまで成長していた。
こうして昔の自分を見ていると、何度も両親に助けられているんだと気づいて、少し恥ずかしくなった。ちょうど今、同じクラスのガキ大将と喧嘩して、泣いた私を抱きしめる母の姿がある。

「ぶるるっ!」ポケットの携帯がなったことで我に帰った。「何時だと思ってるの!」もはや懐かしいと感じていたお母さんの声を聞くとなんだか、ここにいてはいけない気がした。気づけば私がいつもお風呂に入る時間だった。

「やばい!もうこんな時間!帰らないと!」
急いで愛菜とそこを離れると、「オカルトを信じますか?」と愛菜が少し憎たらしい口調で切り出した。
「説明できないものってあるのかもね」少しはにかんだ。

「リリリリリリーン!」目覚まし時計がなる。
わかってましたというように丁寧に時計を止めた。
朝はニュースを見るために余裕を持って少し早く起きる。くたびれたパジャマから、制服に着替えリビングに向かった。

「おはよう。」街灯の光で見たものとは違う少し歳を重ねた、いつもと変わらない両親が優しく迎えてくれた。いつもより気持ちを込めた「おはよう。」を返す。

日課のテレビをつけるとそこには昨日の工場、そして映像に見切れた思い出の街灯が映し出されていた。
「え、ここって、」
キャスターは淡々とした口調で読み上げる。
「S市の町工場で職員が体調不良を訴えたところ、有毒ガスが漏れているとのことがわかりました。検出されたガスは微量ではありますが、致死性が見受けられため、長時間滞在した近隣住民はいないかの調査をしております。」

「お父さん、お母さん、ありがとう。」
携帯電話を握りしめながら言葉にした。
やはり、オカルトなんてものは存在しなかった。高校生の私になるまであそこにいたら。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?