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植物に癒されてきた (6)妖精が似合うラナンキュラス


あまり大きい声で言わない方が良いのかもしれないが、幼い時から妖精の存在を疑ったことがない。

誰一人、味方がいないと思える時でさえ、しゃがみ込んで花に近寄れば、すぐそこに妖精がいると感じることができた。
それは、幼稚園の頃から今に至るまで変わらない。

どんな花にでも妖精はいるのだろう。
ただ、妖精が一番似合う花はラナンキュラスではないかと思っている。



3.11の地震があった日。
余震が続く中、一人愛犬を抱いて朝まで過ごした。
私の住む千葉県の地域は、ガスと水が止まってしまった。

夕方、私が一人でいることを心配してくださって、道路状態の悪い中、神奈川県から車で来てくださった方がいた。
京都の同じブリーダーさんから、お互い犬を迎えたことがきっかけで、親しくさせていただいているSさんと旦那様だ。

手には大きな袋。
水と、すぐ食べられる手作りのおかず。
Sさんはテキパキとテーブルに並べていく。
いただいた品ももちろん嬉しかったが、駆けつけてくださったことが、とにかく心強く、有り難かった。

しかも、前日は東京都内の職場からご自宅まで歩いて帰宅されたとのこと。疲れのとれないうちに我が家まで来てくださったのだ。

あの時、きちんとお礼の言葉をお伝えできたのだろうか……
取り乱してはいなかったと思うが、私は平静さを失っていたと思う。


水道とガスはなかなか復旧しなかった。

飲料水を確保しなければならない。
その上、トイレ、お風呂、洗濯のストレスは、日に日に積もっていった。
家の被害もあったので、そのうち工事も頼むことになるのだろう。
見えない放射能の懸念も、気持ちを沈ませる要因になった。

ある日、庭に出て泥の片付けをしていた。
その時に受け取ったのが、ラナンキュラスの花束だ。
色は四種類だったか、その全てが淡く、柔らかなパステル色だった。

わあ。と思わず声が出て、久しぶりに心が動いた。

ラナンキュラスの花は、よく見かけていたはずなのに、こんなに心惹かれる花だとは知らずにいた。
パステルの色合いのせいだろうか、とにかく愛らしい。

送ってくださったのは、前述のSさんで、花屋さんをされているご友人が我が家まで届けてくださった。

Sさんご自身も、フラワーアレンジメントやプリザーブドフラワーの資格を持ち、常に花のある暮らしをされている。
〝花使い〟という言葉があるなら、ピッタリの人だと思う。私よりずっと、花と妖精に近い人だ。

ラナンキュラスは、どこからみても完璧な可愛さだ。
泥まみれの庭で受け取ったせいか、我が家には釣り合わない気もした。
お祝いのパーティーか何かで飾られた方が、花たちも喜んだかもしれない。
私が眺めるだけでは、もったいない。

窓から外を見ると、向かいの家のご家族が車に荷物を積めていた。
実家に帰ると話されていたのを思い出した。

水とガスが出ない、液状化の泥、放射能……そんな複数の理由で自宅を離れ、他の場所で生活する人も少なくなかった。

ラナンキュラスと目が合った。
異なる色を一本ずつ選んで、茶色の紙で包んだ。
外に走り出て、お渡しすると、助手席に座っていた奥様が、とても嬉しそうな顔を向けてくださった。
そのあと、
「一ヶ月は戻らないと思います」
と寂しげに言われた。

皆それぞれ、いろんな事情を抱えている。
少し休養されたら、少し状況が良くなったら、元気に戻ってきてほしい……と数本のラナンキュラスに想いを込めた。

……Sさんも同じような想いを、このラナンキュラスに託してくださったんだ

今更ながら、花を贈るという行為は、言葉になりにくい想いまで、花と一緒に包んでいるのだと感じた。

前回にも増して、感謝の気持ちと、気にかけていただいて申し訳ないという気持ちが溢れてきた。
張り詰めていたものが緩んだのか、涙が落ちた。

そんなことはお構いなしに、ラナンキュラスは、機嫌よくこちらを見ている。
時折、揺れて見えるのは余震のせいだったのだろう。私には妖精たちが入れ替わりながら、花一本ずつに挨拶している、そんな風に感じられた。


水の復旧には、まだ時間がかかるらしい。
普段のようには花瓶の水換えができない。
切花の延命剤を手に入れることもできず、
茎を少しずつ切ったり、少しの漂白剤と砂糖を使うことで、できるだけ長く咲いてもらおうとした。

このラナンキュラスは特別だから、特別に扱いたかった。
効果があったかどうかはわからない。

そんな奮闘話を、Sさんと懇意にされている方に私が話したと思う。
ある時、電話の会話の中で、Sさんがこう言われた。

「ラナンキュラス、お水の出ない時に困ったのでは?」

言葉は覚えていないが、そんなニュアンスだった。

あっ、違うんです、
と言ったと思うが、そのあと上手く言葉が出てこない。
私は、やましいことがなくても、しどろもどろになるタイプだ。
そのせいで、大事な何かをペチャンコにしてしまったこともあったと思う。
情けないことだ。


Sさんとは、遠距離になった今でもお付き合いしていただいている。
だが、この話に再び触れることはできそうにない。

間違いなく、あのラナンキュラスは、私がいただいたお花な中で一番だった。

一番、可愛いと思った。
一番、申し訳ないと思った。
一番、有難いと思った。 

そして一番妖精が似合う花は、ラナンキュラスだと思うようになった。


振り返ると、Sさんご夫妻には楽しい思い出をいくつもいただいた。
愛犬のことも可愛がってくださった。

愛犬を見送る日、私は亡きがらにこう伝えた。

私はこの先、もう犬を迎えないと思う。
だから、生まれ変わってくる時は、私より可愛がってくれる人を探してくるようにね。
そしてその時がきたら、さりげなく私に教えてね。



あのコが生まれ変わるなら、まず、Sさんご夫妻のそばを希望するだろう。
そんなことになれば、これから先もお世話になりっぱなしということになる。


いただくばかりの良き思い出。
私からも少しはお返しできているのだろうか……
今からでも間に合うだろうか……


これからの自分の幸せは、そんなところにあると思う。




※下記写真は、五年前、Sさんに教えていただいて作った、オレゴンモミを使ったクリスマスリース