三枝ふたり、傷心中同級生の相談に乗る

 その同級生の長谷川さんは普段は自分とは違うグループで話す、三枝ふたりに比べると、積極的で活発な地毛が茶色の女の子だ。そんな彼女と席替えで座席が前後関係になり、長谷川さんが校則チキンレースなカール髪が素敵なその瞳を向けてきて、その平安顔が、今日は珍しく暗い。
「ねえ、三枝さん」
「なに、長谷川さん」
「三枝さんって・・・あの、こんなこと言うと悪いけど、悩み、なさそうだよね」
「そう?」
「だって、誰と話してても、それなりに幸せそうに見える。正直八方美人でヤな女だな、って思った」
「・・・いや、八方美人の・・・チキンですが?」
私が喧嘩上等なのは・・・どちらかといえば、異性に対してで、同性に対しては毎日のように敗北を実感している。某格闘漫画風に言うと、敗北しか知らない。
 すっ、と歯の間から息を漏らし、それが長谷川さんの笑いなのだと気づくのが、いくらか遅れた。
「そうそう。そういうとこ、自分が周りにどう見られているか気にしてたら、なかなか言えないと思う」
「まあ、恥を知らないというか・・・恥しか知らないからかも」
 私は太郎丸が生み出した情報生命体だ。普段は東京中野にある太郎丸のバーチャルオフィスからこの高校に通学している。バーチャルとはいえ自分と年の離れた男性の家から全寮制高校に通学するのは、毎日が綱渡り。
「恥しか知らないって・・・そんなこと言ったら、あたしらみんな、何が恥で何が美徳か、判断できる年齢なの?って話にならない?」
「おお・・・・言われてみれば。長谷川さん、結構一家言あるんだね」
「ふふ、まあ・・・隠れオタクだし」
「私も~」二つ前に通っていた高校では一人、学校側に優秀な登録情報鑑定A.Iがいたものだから、完全にばれる前に義妹の瑠璃を引き連れ転校手続きを終えた。すっかりむくれていて、サツマイモでも機嫌が全回復しなかったが、そういう流浪を経て、邦彦君と出会った瑠璃は、今もっと引っ越したくないだろうな。
「・・・三枝さん、ちょっと相談いい?」長谷川さんが机に肘を乗せたその顔を近づけてきて、アロマの香り。ヘチマ?・・・いいにおい。
「な、なに長谷川さん」
「その・・・今まで本気で死にたくなったことってある?」
「どうして?」
長谷川さんはしばし下を向き、それから私に対して斜の位置に身体をずらし、話し始めた。
「実は私、昨日、その・・・・失恋して・・・やっちゃったんだ」
「やっちゃった?」鸚鵡返し。よくわからない状況で慎重な答えが求められうる会話の中では、頼りがちなメソッド。
「これ・・・見て」
長谷川さんがベージュ色の制服の袖をまくると、その手首には包帯が巻かれ、彼女の眼が素早く左右に走り、包帯を袖で覆った。
私は長く息を吸い、エネルギーを充填し、背骨を重力に垂直な姿勢で椅子に腰かけると、少し彼女から座骨ふたつぶんくらい距離を空け座り直し、自分と相手の表情筋の状態をうっすら観ながら唇を開いた。
「昨日が始めてでは、なかったり?」
「・・・うん、その一週間前は教師の井上先生。同じように告白して振られて・・・その夜お父さんのカミソリで裂いたらじゅくじゅく血が出てきて怖かったのに、なんか、その・・・・気が収まったというか・・・沈んだとゆうか」
「そういうことを・・・今まで私以外の誰かに相談したことって、ある?」
長谷川さんは首を振り、撫で肩を揺らし、力なく笑った。
「ううん、うちは両親が厳しいし、前に保健の先生に相談しようとしたときは、なんか大声でぼやいてて、怖くなって・・・できなかった」
「そうなんだ」
「うん・・・」俯いたその前髪の下の瞳が、こちらと焦点を合わせてくる。こういう場合、あまり正面から向き合いすぎると、こちらの気が引かれ、冷静さを確保できなくなる。私はフロイト先生が患者を診察するときの間合いを取ったまま、床に視線を向け、シューゲイザーバンドのボーカルみたいに下を向いたまま、脳の活動を感じ、喋り続ける。
「長谷川さん」
「・・・・っなっ、何かな三枝さん」
「自分の胸に、ちょっと手を当ててもらってもいい?・・・もうちょっと左・・・うん、そのへん」
長谷川さんは眉間に皺を寄せ、私の指示通りのポーズを取り、続きを待っている様子だった。   
「心臓の鼓動を感じる?」
「うん・・・まあ」
「その心臓が送り出す血液が、昨夜長谷川さんの手首から流れたものだよ」
「・・・・・何が言いたいの?」
心臓に手を当てたまま、長谷川さんがこちらに怖い瞳を向け、そういえばこう見えてレスリング部全国大会準優勝で勝ち目ないな、と思い出してから、私は穏やかに微笑んで言う。
「今度はその心臓を抑える・・・その左手の手首に指をあててみて・・・そっと」
長谷川さんが半信半疑の表情で右手の親指を、心臓に当てる左手の手首に当て、こちらを見る。
「ゆっくり息を吸って、吐いて、深く息を吸って、吐いて。・・・・・心臓と手首の血液の流れを感じる?」
「う、うん・・・なんとなく、だけど」
私は破顔し、それなら良かった、と言って、放課後サーティワンでもいく?としばらくして誘い、彼女はインターハイ近いから、と言って断った。やれやれ。ヨガの悪用でアイスを冬毎日食べても大丈夫なアイドルになってしまったのに、これでは承認欲求を満たすこともできやしない。けど、彼女は大丈夫。

ここから先は

32字

¥ 100

この記事が参加している募集

よろしければサポートして頂けると嬉しいです。