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小説・魔女の末裔

僕の祖母が魔女だったのも今は昔の話。僕は大学まで行かせてもらったのにニートをして日々を過ごしている。僕がもし魔女だったらどうなったのだろう、と思うことがある。僕の祖母は魔女の中でも下っ端で、先輩魔女に付き従う子分のようなことをやっていたけど、日本軍の祖父と出会って、第二次世界大戦を経験して、魔女をやめることにしたらしい。

僕の祖母は白魔術の使い手で、今でいうところの医療関係者や占い師などと言ったカウンセラーみたいな役割をやっていたらしい。魔女狩りとは言わないまでも、異文化排斥型差別的なことは生まれてからしょっちゅうあるらしく、ほぼ先祖の財産であるアパートに籠りっきりで、魔女の集会以外は外に出ることはなかったらしい。

魔女をやっていて一番の出来事は、第二次世界大戦もあるけど、やはり白魔術をするという使命を持った以上はそういう事象が舞い込んできて、奈良に旅行に行った時は仲間外れの鹿の微妙な癖を改善して、仲間の鹿に溶け込ませたり、魔女の訓練として富士山のふもとの樹海に行った時はなぞの疫病(草木が枯れる)のサンプルを採って、正露丸の元を作ったりしたらしいけど、一番の出来事は、祖父と出会ったことらしい。

祖父は軍人だったけど、人間関係を恨んでいた男だった。祖父がアングラな「魔女喫茶」みたいなところに行って祖母と出会い、愚痴ばかりの不細工のそんな祖父を元気づけようと、ウクレレのような楽器を弾くと祖父が大号泣したらしい。それから毎週金曜日の夜はウクレレを弾き、土曜日には、花を摘んでゴザを敷いてしりとりに暮れ、日曜日は祖父のおごりで映画を見る、みたいな生活をしていたらしい。

やがて子供を妊娠し、戦争が起こり、引き際を考えて魔女界隈は人間に還ったのだが、母は何不自由なく成長し、何の疑問も抱くことなく就職し、僕を生んだ。僕は不登校スレスレで大学まで行った。大学も三流大学で、何もすごくない。ただ要らぬ箔をつけてしまい、就職になるとからっきし駄目だった。いわゆる発達障害ってやつなのか、関心のないことにはなにも閃かないのであった。就職活動のエントリーシートを書くとか、自己分析だとか、面接などといった作業もそのうちだった。

やがて大学を一応は卒業してから20年が経った。その中で、母親の給料で地下アイドルのライブに行ったり、ガールズバンドを追っかけたりしていた。そんな中で、僕は「ああ、僕は、魔女の末裔なんだ……」と思うことがある。僕が応援しているアイドルやキャストが、全員僕のことを好きになるのだ。

僕がアイドルのDMにラブレターを送っている時期はあったが、みんな最終的には「一緒に会うなら次いつがいい?」というような話題になる。人たらしというより、何より、皆「救われたい」んだと思う。僕の祖母はそういう人を引き寄せて、片っ端から救っていくのが仕事だった。――――僕は?僕は人を救う義務がない。しかし、僕は知らない間に、僕を必要としている人を引き寄せているのかもしれない。僕は何もしなかったけど、僕が好きになるようなキャストは、3か月後くらいに辞めたり、揉めたり、していた。

最初は、わらにもすがる思いで誰にでも声をかけているのだろう、となんとなく思っていたが、他のオタはそういう経緯があったらあり得ないようなことでアイドルに怒りを抱く人がいたし、実際にオタに推し活の全貌を聴いたことがあるが、アイドルはオタクと繋がってはいけないらしい。

僕ははっきり言って、親が金持ちとかそういうのはもはやない。実家は太いは太いけど、それは母親が現に働いているからだ。僕はステイタスが魅力的という訳ではない。が、なんか、「ここで言えないから話を聞いて」と言われることがある。

実際、話を聞いたことがある。アイドルと、普通に喫茶店で待ち合わせして、会ったことがある。その時、運営の裏事情を聴いて、うまいこと告発するにはどうすればいいかと尋ねられた。僕は関心がない話はどうも覚えることができず、警察に行けばいいんじゃない?とか言った。僕は法学部なので、法テラスとか紹介できない?とか言ってたけど僕は当時法テラスがわからなかったので、疑問をいっぱいつけてたけど、相手には伝わらなかった。僕のツイートで言及してくれないか、みたいなことも言われたけど、運営の事情がどこまで闇でどこまでセーフなのかは僕が判断することじゃないしな、ってな発想から、アイドルの話を覚えることができず、うやむやにした。

僕ははっきり言って普通の男性なのだが、アイドルはその「普通の男性」が好きなんだろうなと思った。普通の男性だから頼りにするし、事案をちらつかせて、僕と接点を持ちたいのかもしれない。と思ったこともあった。しかし、問題のある人しか僕にアクションを起こさないので、僕に失望するより先に、アイドルは先に進んでしまう。

僕が魔女なら、片っ端から助けたんだろうか。僕はアイドルと恋することが怖すぎて何もできない。恋人とかできたこともないけど、僕はどういうわけか、他人に自分の中の思考の中でイニシアチブを取られるのが怖い。人を助けなくて済む、というのが祖母のもたらしてくれたプレゼントなのかもしれないが、もし僕に勇気があれば、祖母にとっての祖父に出会えるのか。そういう問いが40半ばで芽生えてきたが、せめて20代に発見したかった。僕はぼんやりと生きるしかできない。もう遅い。しかし、アイドルからまたDMが届く。