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街が世

前書き

これは同人誌『前衛都市を知りたいこどもたち vol.5』に載ったおはなしです。その冊子ではあまりに致命的なミスが多すぎたので修正したものがこちらとなっております。自分の至らなさに衝撃です。関係者のかたがた大変申し訳ございませんでした。はてなブログ『文字狂い』にて元々ミスしていたところや元ネタなど解説しています。マキシマムザ亮君みたいですね。いや、憧れていたんです。自分で自分を解説するの。それでは本題を始めさせていただきます。

【2019.04.16 鼻水期】


イネの季節になったので、鼻水が止まらない。
小学生の頃は一年中鼻水が出て、いつも袖で拭いていた。いつも同じパーカーを着ているため、みんなわたしのことをきたないと思っていたらしく、誰かに話しかけるといやがられていつもひとりで遊ぶしかなかった。
前髪は顔を覆っていて、その中にある目はしょぼしょぼしている。そんな陰気な奴といても誰も楽しくないことは一目瞭然だ。

中学生にもなると、やっと社会性が身についてきたし同級生も妥協というものを覚えてくれるようになった。友達とエロい小説を書いてはリビドーについて見て見ぬふりしてきたけれど、本当はセックスがしたくてしたくてしかたなかった。でもまだ十二歳なので、今日はタカアンドトシのタカとの情事を妄想することで我慢してやる。

相対性理論が流行っているので、Youtubeで見ていた。そんな時、関連動画にAV色の強いサムネイルがあった。「水玉病」。
その動画をクリックするのに、一週間悩んだ。もし、トラウマになるくらいエロくてグロかったらどうしよう。
でもわたしはその一歩の勇気を踏み出してしまった。
その動画は、どんなAVよりもエロくてグロくて、トラウマになった。

日常①

あれっ。鍵をつけているはずなのに、ブログの記事にアクセスしている人がいる。誰にも教えていないはずなのに。……おかしいな。わたし以外、他人に読めるはずがない。たぶん。

アーバンギャルドなんかを好きだったことがバレたらわたしは死んでしまうだろう。「アーバンギャルド_街子」で検索したらたちまちにわたしの黒歴史が晒される。
どこに向けたわけでもなく、ピクシブに絵を投下したり、アメブロにポエムを投下したり、魔法のⅰらんどでアーバンギャルドの画像を拝借して、そっくりのホームページを作ったり……。あの頃はあの頃で楽しかったけど、今となっては消したい事実である。

今日の街コン、あんまり楽しくなかったな。本当に書きたい出来事はそっちなのになぜか文章にならない。文字になったとして、読んでいて楽しくないのをわかっているからだろう。
あーあ。アーバンギャルドをカラオケで歌う時、松永天馬パートを歌ってくれるような旦那がほしい。いつも友達が浜崎容子を歌って(しかもその子はアーバンギャルドがそんなに好きじゃないから無理矢理)、わたしがいつも松永天馬をやる。こんなに虚しいことがあるだろうか。

本当は、アーバンギャルドが嫌いだ。他にのめり込めるものがないから仕方なくアーバンギャルドを追いかけているけれど、本当はこの呪いから解放されたくてしかたない。
はっきり言って、わたしは松永天馬のことが好きだ。はじめて水玉病を目にした時、このバンドの核はこの人だと見抜いた。それから一〇年間くらい追い続けているがこの人はどんどんかっこよくなっている。本当は、水玉病の時の汚い癖っ毛のままで終わってほしかった。それなら、みんなあなたが本当はかっこいいことに気づかなかっただろう。
こんなラブレターを一時期手紙にしたためて、よくライブハウスに通っていたものだった。しかしあの人から返事がきたためしがない。こんな女の子、他にもたくさんいるだろう。

恋とは絶望、と誰かが言っていたがよく言ったもので、絶望すればするほど恋情は掻き立てられていくものである。でも、もう我慢できない。もしかしたらわたしはライブ中にいきなり「殺してやる!」って叫んで松永天馬を殺してしまうくらい好きになってしまうかもしれない。
だからわたしは、アーバンギャルドのファンをやめている。ツイッターも、アーバンギャルドをミュートワードにして、アーバンギャルドに関連するアカウントは全てブロックしている。でも、新曲が出るタイミングでついついヲチしてしまう。そして買ってしまう。本当にわたしは意志薄弱だ。でもいつかやめてやる。

そんなこんなで、午前二時だ。踏切に望遠鏡を担いでいく体力はおろか、風呂にすら入れない。明日はパートの仕事が待っている。パートの前日はどうしても寝られない。へんに気が昂ぶっているのだ。
まだ梅雨が来ていないのに、湿気ていてベタベタして気持ち悪い。それでも、がんばって目を瞑りめいっぱい部屋を暗くして寝る。明日こそまじめに働けますように。
その夜、夢を見た。幼少期のトラウマは今もわたしの行動に影響を及ぼしている。

幼少期の思い出

きょうは、ささきのおじちゃんがおうちにあそびにきてくれた。おかあさんが、やたらはりきっていてぶりぶりのふりるとでっかいりぼんがついたワンピースをもってきたからわたしはきがえる。ほんとうは、らくなタオルきじのもののようふくがいいんだけど。
ささきのおじちゃんは、おさけくさくて、やたらわたしをつかまえてだきしめる。きもちわるい。いきていけない。
おとうさんにむかってにげる。おとうさんがわたしをひろうやいなや、ささきのおじちゃんにもどす。なんていうことだ。
きらい。おとこのひときらい。へんにはなのしたがのびていて、かわいいねぇ、しかいわない。つまんないしきもちわるい。おとうさんだけゆるしてやっている。
ごはん、おいしくない。スーパーのおさしみなんておいしいはずがないよ。イカなんてしろくてつやつやした、ながいゴムみたいじゃないか。それでもたのしくやっているおとなたちがありえない。

だんだんとわたしの肌は黄色くなり、顔も縦に長くなった。あの気持ち悪い大人たちと、やっと距離がつかめるようになった。安心している。もっと気持ち悪くなれ、わたし。気持ち悪ければ気持ち悪いほど、相手が配慮してくれる。もっと、わたしに毒を。毒。毒。毒。

Yの記憶

人生うまくいかなければ死ねばいい。そう思って生きてきたけれど、果たして私の人生というのはうまくいっているのだろうか。
大阪の街をふらつく。半ニヤケ顔のおっさんが湿った吐息をふりまき「二万円でどう?」なんて言う。そんなに安く見積もられちゃ、悲しくなってしまう。私に価値がないのか、それともこのおじさんにお金がないのか。っていうか本当に二万円払える? ホテル代は別だよ?

あいにく援助交際をする趣味はない。そこまで自分に困ってない。強いて言えば、まだ世界が私に追い付いていない。そんな気がする。この国は、いろんな自由が保障されている。しかし学校に行くことで子どもたちを縛り付け、会社に行くことで大人たちを縛り付け、結局自由のよろこびとは何だったのかしらん? とすこしだけ脳裏に過ぎって死ぬ。
そんな国で、私が輝くはずがない。
しかし、人生がうまくいかなければ死んでしまう。

どうしたらいいのだろう。適当に友達作ってなんやかんや喋ったりカラオケしたりしてみるけどしっくりこない。この人たちも私と一緒で違う時代に生きていれば生き生きできた人たちだ。でも残酷なこと考えてしまう。君、そのままだとなににもなれずに死にそうだよ。君って平安時代とか縄文時代とかだったら素敵だっただろうね。でも今は平成だ。
ほら見たことか。あの子はへんな男に裏切られ、その子はやくざな道に足を取られ、この子は私を通して恋愛に嫌われている。傍から見たら私もこんな感じの運命を辿るのかな。

高収入求人バニラのトラックがすぐそばを通る。お金はあればあるほどすばらしい。だけど私には貞操をないがしろにすることがどうしてもできない。これは弱点だと思う。これさえなければ、今頃私は天下を取れたはずだ。レイプされることが何より怖い。これさえなければ。
今はまだなにものでもない私だが、これだけは譲れないものがある。音楽だ。音楽を信じる心だけは誰にも負けない。

適当にバイトしてお金が貯まったので音楽スクールに通うことにした。すこしでも自分の自信になればいい、これだけを期待して臨んだ。
ところが思いがけず、褒められてしまった。しかも音感や作曲だけじゃなく、しがないしがない、私の声まで。こんなに褒められてしまって大丈夫なのだろうか。本当は、このお兄さんは私のことを口説きたいだけじゃないか。

そう思うと、単なる授業がドキドキとした緊張感に満ちたものとなった。あれ、なんか今日、やたらこっちを見るなあ。先生……。
ただでさえ何にもない私の日常だから、先生のことしか考えられないよ。もうどうか責任を取って。この気持ちが溢れ出して止まらなくて死にそう。
ついに私は告白することにした。まあ、伝えるだけ伝えとくというスタンスで。しかし、先生は結果を私に告げた。
「じつは、おれも、気になってた、んだよね……」
私の才能はここで発揮されてしまったのだろうか。そう思うとなんか物足りないような気もするけど、でもこの両想いの幸せは他には代えがたい。だって、昨日見た景色と全然違う。なんて私の住む国は素晴らしかったのだろう。

それから、何があったかは覚えていない。舞い上がりすぎた。それに、授業があまりに気まずいものに成り下がってしまった。このままでは生きていけないと思った。私が音楽スクールを辞めようかと思って行動するより前に、先生がいなくなった。

人生、うまくいかなければ死ねばいい。これまで信じて疑わずに生きてきただけに、これだけには反論できずにいる。
前、馬鹿にしてたあの子みたいに手首を切る。オーバードーズする。いろんな人に怒られてみる。やるだけやって、なんにもならないことを自覚する。そんなことより私って生命力図太いんだな。こんなに苦しいのに死にきれない。バスだって乗れなくなるくらい辛いのに、なんでまだ目から水を流すだけのエネルギーがあるんだろう。私三日前からご飯とか食べてないはずなのに。

無為な時間こそインターネットだ。ミクシィを開く。新着メッセージがある。ああ、東京の変なバンドからだ。自分でフォローしておいてこの言い様は失礼か。「僕たちの歌姫になってくれませんか?」。なにそれ。キモっ。へへへ、へんなの……。

【2019.4.25 旋風期】


水玉病がわたしに感染したのだろうか。
中学二年生からやけに活発な性格になった。勉強も楽しくなったし、絵も描けるようになった。元々人見知りで没個性的だったわたしだが、このぐらいから個性的なことはすばらしいことだとして、自分自身に求めるようになる。
生徒会に立候補して当選したし、塾で一番の変人に認定される。「天然だから天ちゃんね」とこの時呼ばれていた。塾でも地元でもわたしは無敵だった。

しかしそれも一時的なものだった。高校に入ると皆が個性的でわたしのアイデンティティは崩壊した。そんな私に寄り添ったスタンドこと背後霊は、アーバンギャルドの作品に他ならない。個性的な人々が集まっているのに、アーバンギャルドの曲を聴いている人は全然いない。だからわたしがアーバンギャルドを好きでいることでアイデンティティが保たれたというわけだ。

アーバンギャルドが新作を出す度、五千円しかないお小遣いをやりくりして買って、帰りの電車で歌詞カードを眺めてはにやにやしていた。倫理や歴史・経済、現代文、数学の授業で歌詞の単語が出てくる度にわたしの脳内麻薬は大量に放出されていた。
アーバンギャルドの曲はわたしにとってお菓子のようなもの。お菓子しか食べずに成長してしまった。

たまに雑誌で立ち読みしていると、容子さんが「天馬の歌詞に恋している女の子たくさんいるんだよね」みたいなことを言っていたのを見て、すこし悲しみで暗くなった。所詮、わたしはどこにでもありふれた女の子で、それはすなわち誰かのコピーだと。
その気持ちを天馬さんの解放されたダイレクトメールにぶつけていたものだった。まあ天馬さんはなにも言わないのが通常営業だから天馬さんにとってはノーダメージだけど、わたしはわたしがなにか天馬さんに話しかける度にダメージを受けていた。

自分が数ある個性のうちから選ばれるはずがない。こんなことはよくわかっているつもりなので、これ以上なにも求めてはいけない。しかし、わたしは普通の女の子とは違うなにかを誰よりも天馬さんに認められたくて、そのきっかけ探しにずっと天馬さんのツイッターのアカウントを夜じゅう眺めていた。
そんな日々が続いたからだろうか、一人でいると舌打ちが聞こえるようになった。脳細胞がパチパチと死んでいるのか?
お祖母ちゃんの葬式で、親族一同に挙動不審を指摘されたためわたしは精神科に行くことになった。統合失調型障害と診断され、エビリファイを飲むようになった。
大学に向けて受験期だというのに、なにか食べればゲロを吐くし、ゲロじゃなければ鼻血を出すし、勉強どころじゃなかった。志望校だった首都大学東京を受験することを断念した。何の興味もないけど地元に一番近い私立大学に通うことになった。
大学の先輩にツイッターを見られて「アーバンギャルド好きなんだって? 野想おもしろかったよね」と言われても、わたしはアーバンギャルドのファンをやめているので何とも言えなかった。

日常②

またブログに足跡がついている。誰だ。
っていうか、目が痛い。眼精疲労だ。あんまりこんなこと考えたくなかったけどやっぱりわたし、働くのは向いてないと思う。ついたての向こう側に上司の顔が合ってたまに目が合う。目が合ってたまに見つめ合う。なんで見つめあってしまうのか。こいつはわたしのことが好きなのか。
しんどいな。自分に向けられる好意も敵意も、たいしてどうでもいい程度のものなのにこんな繁忙期でみんなピリピリしていたら、過剰に反応してしまう。
大学時代のバイト程度が一番楽しかったな。ケーキ屋でバイトして、ゆるゆるとした塾でボランティアがてらお小遣いもらったりして、あれで月に十万はしあわせだった。
いまわたしは社会人だから、よくわからないけど馬鹿に数の多い老人たちのために税金を納めなければならない。バスで平気で割り込んでくるあのきったないジジババには同情も社会保障も全くあげたくないけれど、この国がいま困っているのであればどうにかして助けてあげたい。わたしは日本がすきだ。ここのご飯しか食べたくない。

昼ご飯を派遣のおばちゃんと食べる。新卒でこの会社にパートとして雇われているのだが、いつまでたってもこのおばちゃんたちはそこにけちつける。正社員になれと言う。なんども言いたい言葉をのみこんで、「そうですよね、さがしてみます」と言う。
このおばちゃんたちは、CADの図面はひけるが目の前のひとりの人間のほんとうの気持ちには微塵も気づいていない。見えていない。下手に気持ちがばれてしまうよりは、断然こっちの方が居心地いいけど、こういう時にしわ寄せがくる。

今日の作業、全然進められていない。何度も上司に「大丈夫?」と声をかけられる。ほんとうは大丈夫じゃない。ほんとうは、バスで博多に来るだけでもう充電30%みたいな感じ。ごめんなさい、給料泥棒をして。
七杯目のコーヒーを飲もうと給湯室に行く。お湯が沸いていない。あーあ憂鬱。仕方ないから、やりたくないことは後回しにしてさっき頼まれたコピーを取りに行く。わたしの前の人が使っているうちに、故障してしまった。もうこの世は終わっていると思った。
わたしはその場で泣き出してしまった。総務のおじさんが慌ててかけつけて、一同休憩の指示を出した。わたしはその後総務のおじさんと会議した結果、この会社を辞めることになった。

実は就職活動をやっていたことがある。いつも面接で落ちた。理由はわかっている。こんな仕事死んでもやりたくない、が伝わっているからだ。でも本当は、社会人そのものがやりたくないってやっと気づいた。なんてことだろう。わたしは、日本はおろか、自分自身も救えないでいる。
こういう時、天馬さんはどうするのだろう。いつもうまくいかないでいるとこう考える。天馬さんの行動指針を自分の中に検索するけれども、残念ながらわたしは一介のアーバンギャル、でしかない。アーバンギャルドはわたしではないのだ。わたしが、アーバンギャルドのことがわからないのと同じように。
こういう時こそ、アーバンギャルドの音楽を聴いて躁になろうじゃないか。あともう数日寝ると、新盤が出る。

拝啓 M永T馬様


ご機嫌いかがでしょうか。わたしは相変わらず、メンヘラにもなれず、サブカルにもオタクにもなれずに、つまりは普通に元気です。
貴方の書いた新曲を聴きました。時代を変えたきゃ、自分が変われ、ですか。そのお言葉そっくりそのまま貴方に返してやりたいですね。
貴方は多分自分が思っているほどうまくいっていない、そうですよね? 今までの功績を見るといつ解散してもおかしくないくらいこのバンドは伝説なのに、まだ満ち足りていない。
貴方は、いつもどこかで誰かを馬鹿にしているから神の視点でものが言えるのでしょう。わたしにはできません、誰かを教え導くなんてことはよっぽど自分に自信が無いとできないことです。
かと言って貴方は自分に自信があるようには見えません。貴方を突き動かす創作意欲はどこからやってくるものでしょう。
多分貴方は寂しい、寂しい人なんでしょう。だから、平気で嘘をつくことができる。人間は窮地に追い込まれると何をするか自分でもわからなくなるものです。貴方は常に、寂しさに追い込まれている。

かく言うわたしも、寂しいです。そろそろ月が新月です。もうすぐ生理が始まります。わたしの貞操が悲しく叫びだしそうです。
この体、なんのためにあるのでしょう。どうしてわたしは、お付き合いをしているわけでもないのに体がこう、発育していくのでしょう。わたしはもういい大人なのですが。
いま、窓の外を眺めています。いつも、ずっとこうしています。ウエンデイみたいに、無意識のうちに貴方がわたしをさらっていって、わたしが輪姦されて、そのうち貴方にめぐり戻っていくのであればいいのに。こんな爆弾さっさと破裂すればいい。
貴方の嘘に、何度でも騙されていたい。それがわたしの青春です。
敬具

Tの記憶

「僕たちの歌姫になりませんか」
この定型文を送り続けて何件目だろう。誰も引っかからない。はっきり言って、お前らなんかこちらから願い下げだ。さもなにものかのように発信し続けて結局なにものにもなれないの、バレバレだからな。なぜならお前らは本物を見る目がない。俺は本物だ。

いろんな検索ワードで引っかかった歌い手の音源を手あたり次第聴いていく。あれ、この声すごくいいな。ショートケーキみたいだ。
ネットに上げている写真を見ると、どこにでもいるような、厳密に言えば適度に擦れている感じの容貌だ。なんかどっかで見たことあるんだよなこの顔、確かAV女優の……誰だっけ。
おっといけない、AV女優は禁句だ。最近その肩書のアマに裏切られていた。俺の童貞を弄んで、結局好き勝手したかっただけだろう。お前なんか、お前なんか、大した女じゃない。あー駄目だな、これは自己暗示の域を越えていない。

さっきのショートケーキの歌姫にメッセージを送る。返事が速い。感触は上々といったところだ。ただしものすごく警戒している。こっちに性的衝動がさらさらないところを見せないと厳しいだろう。もう女はこりごりだ、だから丁度いい。
僕は大学が関西なので、そのつてを当たって色んな人と会うことにした。そこに彼女を同席させた。何度か会っていく内に、だんだんと彼女の警戒心が解けてきているのがわかった。僕たちの歌姫になるのも時間の問題だろう。
彼女は僕の仲間と初めて会ったとき、確実に僕らの気持ち悪さに引いていたと思う。それでも怯まず怯えず帰らなかった。この娘は根性がある。ちょっとやそっとで逃げない。それでこそ僕らの歌姫だ。
僕の部屋を使って新しい曲のPVを撮影することにした。やりたいことは山ほどあるのに、いつまで経っても途中にすら辿り着かない。結局二日間かかって完成した。
やりたいことをひとつひとつつぶしていくうちに、月日が流れ、確実にスキルもつき、なんとメジャーデビューまで果たした。
しかし、メジャーデビューがゴールであってはならない。僕たちはもっと先に行けるはずだ。武道館公演もいいけど、もっと素晴らしいことが起こるに違いない。例えば、山手線を走る電車に入るや否や、高校生のイヤホンから僕たちの音楽が音漏れする状況とか勃発してほしい。僕は、そういう音楽を目指している。教科書に載るような音楽を作っている。

もっと行ける。いやもっと。そう思っていたのは、慢心だったのか?
気が付いたら僕の周りから仲間が消えていく。君は、まあいいとして。お前は何をやっているんだ。お前も辞めるのか。……君も、辞めるのか。しかたないね。
気が付いたら僕の近くにいるのは、ショートケーキの歌姫と、略奪した恋人の如きキーボードだ。僕はこの光景を望んで、自己顕示欲に邁進していたのだろうか。兎にも角にも、今更後には引けない。

僕は詩人だ。神様の小間使いのような詩人でありたいと思う。だから、ダイレクトメールには全部目を通している。
おや、この子は気圧が下がるといつも僕に手紙をくれる子だ。僕が皆を馬鹿にしてるって? 確かにそうかもしれない。時々、人間全般に対してもっと運命に身を委ねるように生きてみたらいいのにと思うことがある。怖がらなくていい。僕らは神の見えざる手によって生かされているのだから。もっと、神を、資本主義を、女を、男を、今あるものすべてを、信用してみないか。僕はそういったツボを押さえているからここまで来ることができたと思う。
ただ、寂しいという指摘は合っているかもしれない。でも人間だれしも寂しいものだろう? この感情が失われたら、創作者として死んでしまう。僕は孤独を生き続けるしかないのだ。
返事はもう充分かな。文字として送信することはないけど、君がそれを自分の手で獲得できたらいいね。僕はそれを楽しみにしている。

日常③

「もしよければ、僕のお姫さまになってくれませんか?」
迷惑メールがまた来ている。ブログの鍵を外したら、このスパムである。一体、誰なんだろうこんなくそみたいなブログ読んでる気持ち悪い奴は。あっお前か。

殺伐とした気持ちで繁華街を歩く。
「ねえ。彼女。今どの店で働いているの」
迷惑キャッチに遭った。成宮寛貴に似ている。無視を決め込もうと思ったが、キャッチのお兄さんの胸元に、血の丸のピンバッチがあった。もしや。
「あの、それ、アーバンギャルドのグッズですよね」
「あ、そうなのそうなの。僕の彼女が好きなんだよね」
こんな奴に心を開いたらおしまいだと思ってたけど、アーバンギャルドを無視できない。この人は善良だ。たとえ違ったとしても、そう思う。

案の定、セクキャバのスカウトマンだった。ヌキキャバとかガールズバーとか勧められているけどどうしよう。わたし、あんまり経験人数少ないからそういうこと得意じゃないんだよな。でも、帰る言葉が見つからない。
「もし接客に抵抗あるなら、風俗チャットのサクラって手もあるよ」
「なんですかそれ」
「綿矢りさって知ってる?」
「ああ、インストールみたいなことですか」
「そそ」
文章だったら、勝負できそうだ。会社にこもる必要もなく、パソコンさえあれば家でできる。
早速スカウトマンとチャット嬢として契約した。

某事務所にて

「最近入ってきた、街子ってやつ。なんか凄いっすね。一人で一〇〇人は捌いてますよ。栗野さんどこで見つけたんですか」
「天神で会ったの。最初はなんとなく根暗っぽくて話しかけづらい感じだったけど、今となっては水を得た魚のようにチャットしているよね」
「でも、ちょっとこれ見てくださいよ。特定の客に入れ込んでるログがあるんですよね。なんと街子さん、自分のブログを教えてる」
「はー。何やってるんだあいつ。ルール違反だぞ」
「これ内容によってはペナルティ、もしくはクビっすね」
「あーもう、クビねクビクビ。でもそのやりとり見せて。相手誰なの」
「それが面倒臭い客で、死ぬ死ぬ詐欺はするわ、リストカットの写真は送り付けるわ、で他の嬢じゃ手に負えない奴なんですよ」
「でも、そいつってログ見る限りやたら街子のこと気に入ってるよね。超お得意さんじゃん。彼いい会社に勤めてるしね」
「なんかブログみてみたくなりますね」
「そうだね。みてみるか」

【2019.8.12 ストライ記】


「誰が見ているんだろう、こんなブログ」と思いながら今日も書くんだよ。あなたが見てくれることを信じて書くのだ。

はっきり言って、わたしはほぼ日本社会から孤立している。年金、あんまりちゃんと払えていない。それなのに小遣い稼ぎに風俗チャットのサクラなんかやっちゃっている。そこでリストカッターのあなたに出会ったわけだけど。
あなたは、いつも我慢しているようだ。学生時代ろくに遊びを覚えず、ニート時代を脱出して就職し、転職を経て今じゃいい身分になっている。だけどあなたは、夜な夜なアリプロジェクトをひとり部屋で熱唱したり、現にこの風俗に入り浸ったりしている。本当は、なにものかになったり、女の子を傷つけたり傷つけられたりしたかったじゃないの。まあ今ここでそれをチャットで取り戻しているのだろうけど。
でも我慢し続けて三十数年はすごいよ。そして納税しているのはすごいよ。わたしはあなたに敬意を表します。他の誰よりも特別に。
だから、あなたがわたしに結婚しようと言ってくれたことが本当にうれしかった。あなたと結婚したら、わたしはこの、わたしを孤独たらしめる、つまらない廃墟から脱出することができるのかな。あなたは王子様なのかな。わたしはお姫様なのかな。

わたしは思うの、誰もが王子様でありお姫様であると。おじさんであってもアリスだし、おばさんであってもメサイアになれる。少女元年ってそういうことだと思う。
そんな時代の中で、わたしたちはどんな風に恋愛していけばいいのだろう。
わたしは、こういう色とりどりの時代だからこそ普通の恋がしたい。普通に起こりうる感情でゲームを展開していきたい。この恋は確かに、まあ普通の恋っちゃ普通の恋ではあるけれども――実のところ、あなたが本当はどんな顔なのか、どんな人なのか、わからないままじゃないですか。これは普通じゃないと思う。あなたの現実を見せていただかないと、わたしも普通でいられない。

あなたはうたぐり深いから、なかなか自ら晒すことはできないでしょう。だったら、わたしから告白するね。
わたしの名前は街子。中洲の店と契約している。でもわたし自身は春吉に住んでいる。
わたしの好きな喫茶店の位置情報のURLを載せる。いつもここでチャットしているから、会いたくなったらピンクのノートパソコンの女に話しかけて。ポルノグラファーって書いてある赤いステッカーが貼ってあるから。

わたし、大失恋したことがある。相手はバンドのボーカルだけど、未だにその曲を聴いている。彼はあなたの上位互換みたいな人だと思う。だからあなたに惹かれるのだろう。あなたへの好意のはりぼての中身を今明かしたわけだけど、それでもわたしのこと好きでいてくれるかな?
わたし、はっきり言って、浜崎容子みたいに才能ないけど、納税もできてないけど、わたしがわたしとして生きていてもいいのかな。
あなたは、松永天馬みたいな才能がなくても、ちゃんとしたいい人だからという理由で、少なくともわたしの為に生きてほしい。
と言っても、あなたの本性まだ知らないのだった。

ねえ。明日からお盆だけどデートしようよ。恋愛するために生きていこうよ。死者もうかばれるはずだよ。ねえ。お願い。待ってる。