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赤VS緑

「苺児ちゃん、出番だよ」

スタッフの女の子に言われて、無理矢理やる気を出していく。これからよく分からない女に殴られたり殴ったり蹴ったり電気を流したりしていく。要は、プロレスだ。

私の色は赤。誰かの(もしやあなたの?)欲望を身に纏う。私自身に価値はないが、赤いファイタースーツを着ることで何かになれる。なぜ私が赤なのかは不明。人気のあるレスラーなら他にもいる。しかし私が赤である理由は……多分いじめられっ子だったからなんだろうと思う。
私はいかにもひ弱で色白で、いつまで経っても(27歳になっても)中学生に間違えられる。間違えられない努力の仕方があるだろうけど、結局母親に買い与えられたぶりぶりの可愛いような服を着てやり過ごしてしまう。母親は私みたいな風貌でそれを糧に何十年も生きてきてぶりっ子が板についている。

母親に着せられた苺のプリントTシャツに適当なスカートを合わせて、かねてから興味があった「キャッツファイト」に顔を出したらすぐにスカウトされた。私を見た人はいかにも定職についてなさそうなのがわかるのだろう。そこで名前が「野宮苺児」と決まった。

今からリングに上がるが、相手のことを知らないままだった。相手の名前をグーグル検索する。柊修一郎……ふざけた名前だなあ。女の子のくせに。
しかし柊修一郎は男だった。女から男になったとか、男なのに女やってるとかじゃなくて、男だった。普段会社員をやっていながら週末には近くのバーなどに入り浸ってイベントをしている感じのメンズ地下アイドルと言った感じだった。
なぜそんな奴がキャッツファイトに居られる訳だろう?オーナーに確認するようにスタッフの女の子に言ってみたけど、「時間がないんです」と言われてしまう。

いざリングに上がる。赤コーナー、野宮苺児〜!!、と呼ばれ即座に上がって礼をする。昔ながらのファンが私を見上げて拍手する。
青コーナー、柊ー、修一郎〜〜!!!、と呼ばれた先にはあのひ弱そうなメンズ地下アイドルが女王様の緑のボンテージを着てリングに上がった。メンズ地下アイドルなのにファンがあまりいないようだった。

まず互いに互いを値踏みする。一体何の罰ゲームなんだろうか。こんなことをしないといけない理由があるのだろうか。そしてこの茶番はどこまで本気で取り組まないといけないのだろうか。柊修一郎のスカスカの毛先や痩せこけた頬や脛毛の剃り残しなどを目の当たりにして悩む。私だってひ弱であることは負けたもんじゃないけど……。

ゴングが鳴る。レフェリーがファイトと言う。どうしたらいいものか。まずはマイクパフォーマンスからだけど、私は啖呵を切るタイプのレスラーではないのだが……。

「皆さ〜ん、こんばんわぁ〜!!!あなたの欲望を身に纏う!野宮苺児でぇ〜す!!!!」
実際私は今苺柄のロリィタ服を着ている。
「苺児ちゃーん!頑張れー!」
おっさんの声も女の子の声も聞こえる。
「皆さん、こんばんは!柊修一郎です!」
柊修一郎への拍手はまばらだ。
「皆さん、この場をお借りして、言わせて頂きます!」
柊修一郎の声はひび割れていてガラガラだ。
「瑠可ちゃんだよね?」
会場内は一気に静まり返った。ルカ……?誰?みたいな気持ちだ。
「瑠可ちゃんじゃないかなあって思ってたんだよ。昔さあ、俺さあ、瑠可ちゃんに酷い事しちゃったなあと思っててさ、僕も瑠可ちゃんも虐められてたけどさ、僕瑠可ちゃんより自分のことマシだと思い込みたくて、瑠可ちゃんがあいつらにムカつかれるように言い包めてたの、覚えてない?」
「覚えてない」
思ってたよりドスの効いた声が出てしまった。
「私は野宮苺児だから。瑠可って誰」
「君は瑠可ちゃんじゃないの?なら、そのリストバンド外しなよ」
「そういう、……そーゆー、試合なのかよ……」
「根性焼きがあるよね?本当はそれ、僕がやったヘマが瑠可ちゃんのせいになったやつだけど」
どういう経緯があって根性焼きがついたかは思い出せないが、リストバンドで根性焼きを隠してるのは本当だ。私が瑠可だってことも本当だ。だけど、柊修一郎が誰かがわからない!
「柊」
「なに」
「あんたは……」
その時私は気がついた。柊があいつだってことを。ここで説明しても仕方ない、取るに足らないあいつだってことを。
「あんたのこと思い出した、柊修一郎」
「これからやることはわかったかな」
「そうだね、大体は」
私は思いっ切り柊修一郎をビンタした。右も左もビンタして、最後に胸のあたりを引っ叩いた。柊修一郎は何もしない。かつて私がそうだったように。
私はリングのポールを上って、柊目掛けて飛び蹴りを入れた。訳がわかってないままの客席を煽って煽って、ハイキックとか電流とかをかました。とりあえずショーとして盛り上げなければならない。

最後に柊に目を瞑ってもらい、しばらく待ってもらった。その間に私の誕生日ケーキとなるはずだったホールのショートケーキを柊の顔にぶち撒けた。その間に柊が虐められていた理由である、カンチョーを決めた。柊は今も昔もカンチョーを喜んでいた。柊はお尻の穴が弱点なのだ。

カオスなまま今日の興行は終わった。明日からもこれが続くのか?オーナーに確認するようにスタッフの女の子に聞くと「オーナーは今いません」とばかり言う。
柊は何も言わずに帰っていった。何も言わないということは、リングの上なら言うのだろうか。
伊吹くん、修学旅行の時みたいにお尻にキュウリ詰めたりしないでね。私は何とも思ってないよ。またね。