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Vtuber、儚くて、強かなもの

Vtuberとその界隈のことや、裏の事情などは、ろくに知らない奴の随筆。

■好きになれなかった
 Vtuberというものを、ずっと好きになれなかった。視聴者に媚を売って、プロの声優でもなんでもない素人を使って、モーションや視線をキャプチャーし動く3Dモデルに声を当てて……。過去、別の動画サイトで散見した、己自身をコンテンツにして消費してもらう生放送の配信者たちを思い出して、気味が悪かった。

 気まぐれでチラ見してみたあるVtuberのライブで見かけた「キャバクラみたい」というコメントは正解だな、と思った。

 以前好きだったゲーム実況者がいた。落ち着いている雰囲気、声の質、先が楽しみでならなかった。だが唐突に更新が止まり音沙汰がなくなった。調べてみるとVtuberになっていた。見目の良い、今の時代に乗れているなと思わせる “美しい” 造形のキャラクターの「中の人」になっていた。

 驚いたのと、悲しいのと、たしかに声が良かったしこういう道はアリだよなあ、という感覚でごっちゃになり、その人自身が活動を継続しているってのは、嬉しいことのはずなのに素直に喜べなかった。「ああ、安泰だね。しばらくは」と無感情に思って追いかけるのをやめた。

■とあるVtuberの「褒め動画」
 昨年から続く己の修羅場、ままならない時期など、現在進行形なのだがそんな中、自分をケアすることに重点を置こう、と行動を始めた時に出会ったのが、あるVtuberの

「ASMR ひたすらあなたを褒めまくる30分間!」

【ASMR】ひたすらあなたを褒めまくる30分間!  https://youtu.be/hQ9wMQb6Gbg

という動画だった。優しい声で、ひたすら褒めてくれる。それまで、あまり褒められた事がない……というと大袈裟だが、褒められたい、というタイミングで些細なことを褒めてくれるというのは凄く精神に善い意味で効いた。効いた、というよりは染みた、という方が正確かもしれない。

 キャラクター自体にはそれほど興味は湧かなかった。可愛らしいし清潔感があって好感は持てる。だが動いたり微笑んだりするそのキャラクターに対しては、込み入った感情を持てない。ただひたすらに、声が素晴らしく心にフィットして「ああ好きだなあ、ずっと聴いていたい」と思ったりしていた。

■活動終了していたVtuber
 そのVtuberはすでに活動を終了していた。2019年に。
 引退後のアイドルの楽曲に触れて「新作は聴けないんだなあ、でも曲はこうして残ってるし、よかった」という気持ちに似ている気がする。たぶん。

 その褒めまくる動画にコメントを残した。活動終了されてたんですね。その後に知りましたが、いつも聴いています。救われています。と。すると返信があった。
「大丈夫ですよ!〇〇と検索してみてください!」

 活動を続ける「中の人」を見つけたが、違うんだ。そうじゃないんだよなあ……と苦笑いした。
 Vtuberの外側、キャラクターと結びついていない同じ人の声も変わらず素敵な声だったんだが、「そうじゃない」と思った。興味がなかったはずが、「橘涼葉」というキャラクターとその声とがセットじゃないと意味がない──いつの間にかそう思うようになっていた。

 それが最近、Vtuber「橘涼葉」が活動を再開した。だが「中身」は違う。似た雰囲気ではなかった。先代の喋り方をものすごく意識しているが、同じ声でないので違和感ばかりだ。“見てくれ”は全く変わらないのに。

■代わりはいくらでもいる?
 これは──人間の身体ではできないビジネスだな。そっくりそのまま見た目を保存しておいて、中身を入れ替えて再起動する。アンドロイドか、二次元キャラクターならではだな。「私が死んでも代わりはいるもの」というセリフをつい思い出す。

 褒める動画を出していたので見に行ってみたが、俺の精神は以前と違う声で褒めを発するその3Dキャラクターを受け付けなかった。寂しい気持ちだけが増す。保存状態の良い死体を動かして、中身を入れ替えて再び声をあてて再起動。それでもよしとするファンがいるのも事実で否定もしないけども……「Vtuber(とその事務所だなんだ)ってやっぱりこういうもんだよな」という感情が増していくばかり。

■やっぱり好きになれない。
 好みのVtuberを見つけて、推しにして、おひねりを投げて応援する。「中の人」が事情で卒業や死去したとして、代わりはいくらでもいる。外観は少しも変わることなく、だが中の人は代わり、事務所に属したり属してなかったりする彼らの小遣い稼ぎは続く。

 キャラクターデザインをしたイラストレーターのことを「ママ」と呼ぶというのもこれで初めて知った。その「ママ」に、再活動の連絡が入ったり入らなかったり、どうもしっかり連携を取ろうとしない事務所もあるらしい。「中の人」を蔑ろにする「事務所」も少なくなかったような印象がある黎明期をチラ見していたので、尚更この界隈には嫌悪感がある。

■活動再開で実感させられた喪失感
 中の人が入れ替わったことで、「もう先代の声を発するあのVtuberは二度と戻ってこないんだな」「先代の声での新しい動画、とりわけ褒めてくれる動画は出ないのだな」という事が確定したようなもので、こういう形で喪失感を実感させられるのは初めてだった。幸いなのは、まだ先代の動画が残っていること。こういう再活動の折には以前の動画が予告なく削除されるという事態も少なくないらしいので、そこだけは感謝している。

 今数え切れないほどのVtuberが発生しては消え、ファンを引き止めるために己を削って身を粉にして活動している。「YouTubeキャバクラ」戦争じゃんか。
 キャラクターが軽々に消費されているのを見ると、寂しくなる気持ちを抑え切れない。自分もその中のひとりであることだって、重々わかっているんだけども……。

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