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『わたしのつれづれ読書録』 by 秋光つぐみ | #36 『ロングロングケーキ』 大島弓子

PARK GALLERY が発信するカルチャーの「本」担当で、古書店の開業のために地元・長崎で奮闘中のパークスタッフ秋光つぐみが、PARK GALLERY へ訪れるみなさんに向けて毎週一冊の「本」を紹介する『わたしのつれづれ読書録』。
本とは出会い。
長崎から、パークに想いを馳せながら、誰かの素敵な出会いのきっかけになる一冊を紹介していきます。

2024年7月4日の一冊
「ロングロングケーキ」大島弓子 作(白泉社)

大雨が続く梅雨、この数日間の長崎は晴れ間も見えて、朝から蝉が鳴き始めた。実家で目覚める夏の朝は、その温度と湿度、音や空気などによって、この歳になっても、夏休みの匂いがなんとなくフラッシュバックする、言葉で言い尽くすことができないあの「夏のなにか」を思い出す、そんな感覚になる。カラッと明るくて自由で、解放感と焦燥感がじんわりと混じり合う、夏の朝の空気。梅雨の中休み、夏の始まり。

そんな夏の解放感やら儚さやら、夢見心地でまぼろし的な浮遊感を思ったとき、シャーベットのようにキンとした冷たさと甘ったるさを同時に連想し、重ねて思い浮かぶ作品。それが大島弓子による『ロングロングケーキ』。

大島弓子:
栃木県生まれ。短大在学中に『ポーラの涙』でデビュー。昭和53年より『月刊ララ』で掲載された『綿の国星』は独特の豊かな感性で描かれ、大きな反響を呼ぶ。常に少女漫画界のニューウェーブとして活躍し、『バナナブレッドのプディング』『いちご物語』など多数の傑作がある。

『ロングロングケーキ』は宮沢賢治原作を漫画化した『いちょうの木』から始まり、『ジギタリス』『秋日子かく語りき』などからなる短編集。自然界や宇宙との小さな接点を題材とし、人の生死、渦巻く恋心など、複雑な心理を美しく描き切る。

中でも表題作の『ロングロングケーキ』は、主人公の小太郎のもとに、ある日遠い星から地球にテレポートしてきた宇宙人との出会いから始まる。小太郎の望むままに姿形を変え、日常を送り始める「宇さん」。小太郎の身代わりとなり、学生生活や友人との交友を繰り広げ始め、彼の取り巻く世界を変貌させていく‥という夢とリアルが交錯するSFストーリー。

死者や宇宙人が地球で暮らす現実の人間へ転生するという、漫画らしいドラマチックな設定なのだけれども、その “いかにもSF” な張り切った力強さのようなものは全くない。

どちらかというと、誰もが眠っているときに見たことのある夢のなかのシーンのような、あるいは、頭を空っぽにして「こうだったらどうなるかな」などと一度は想像してみたことのあるような、それくらい自然と受け入れることのできるファンタジーなのである。

物語の中へ入り込んでいくうちに、クライマックスでは、登場人物を転生させたことの意味を理解することになるのだけれども、それはあまりに現実的な結末ばかり。

己の中に潜在的に眠る意識を呼び覚まさせることになったり、家族や恋人との関係がどれだけ確かあるいは不確かなものであるかを知ることになったり、人々が日々を生きていくなかで誤魔化し揉み消している、心の奥のほころびに気づかせてくれる。

ファンタジックで、詩的で、情緒漂い、甘酸っぱくて、幻想的。でもこれは全て私たちの生きる世界。

空想を繰り返して、たどり着くのはやはり現実、己の内側なのであるということを感じるきっかけとなる作品。

夏の夜、眠る前のひととき。
空調の効いた心地よいお部屋で、タオルケットに包まれながら安心できる空間で読みたい一冊だ。

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秋光つぐみ

30歳になるとともに人生の目標が【ギャラリー空間のある古本屋】を営むことに確定。2022年夏から、PARK GALLERY にジョインし、さらにその秋から古本屋に弟子入り。2024年 4月にパークの木曜レギュラーを卒業、活動拠点を地元の長崎に移し、以後は本格的に開業準備に入り、パークギャラリーでは「本の人」として活動。

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