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『わたしのつれづれ読書録』 by 秋光つぐみ | #39 『貧困旅行記』 つげ義春

PARK GALLERY が発信するカルチャーの「本」担当で、古書店の開業のために地元・長崎で奮闘中のパークスタッフ秋光つぐみが、PARK GALLERY へ訪れるみなさんに向けて毎週一冊の「本」を紹介する『わたしのつれづれ読書録』。
本とは出会い。
長崎から、パークに想いを馳せながら、誰かの素敵な出会いのきっかけになる一冊を紹介していきます。

2024年7月25日の一冊
「貧困旅行記」つげ義春(晶文社)

昨年の秋口にパークで開催した『旅と本と』展。出展作家さんの選書やそのイメージをもとに制作された作品を起点として、私からも選書をさせて頂いたのだけれど、その企画をきっかけに「旅日記」や「紀行文学」なるものを集めたい(自店で扱いたい)と思うようになった。

もともとの「旅好き」に拍車がかかった。文字を読むことで脳内トリップできる快感、想像を越えてやはりその土地に足を踏み入れたいという欲求。「本を読む」「旅をする」が交互に行き交う面白さを見出すことができた。

「旅」と「旅行」のニュアンスは私の中では少し違っている。

ガイドブックなど案内資料に目を通し有名観光地や名所を目指すといった、目的を持ってあらかじめ計画を立てて挑むことが「旅行」。そして「旅」は無目的に、出会ったそのとき、その場所で、自分の直感のままに ”行き当たりばったり”な予定不調和を期待しながら足を進めること。

この理論であれば「地元のまだ知らぬ土地を散歩する」ことも華麗に「旅」へと成り変わる。私は、どちらかというと後者「旅」を想ったときのワクワク、ゾクゾク、ヒヤヒヤが、好きでたまらない。それは、日常の中にも思いがけなく潜んでいて、「旅」を身近なものへとグッと引き寄せてもくれるからだ。

今日の一冊は、つげ義春の『貧困旅行記』。この本は私の理論で言う「旅」と「旅行」の両方の側面を持ちながら、”行き当たりばったり” のゾクゾク要素もじわりと滲み出ていて、「そう、こういうことがしたいの」と旅欲をムンムンと募らせてくれる「旅行記」である。

つげ義春:
昭和12年、東京に生まれる。小学校卒業後、メッキ工員・新聞配達などの職業を転々。昭和30年、貸本屋向け漫画『白面夜叉』でデビュー、東京の貸本漫画界で活躍する。昭和41年、『ガロ』に発表した「沼」を皮切りに、「チーコ」「山椒魚」「李さん一家」などの好短編を続々発表、青年たちにつよい衝撃を与えた。

本書では、「蒸発旅日記」から始まり「秋山村逃亡行」に終わる短編旅行記。大分、小倉など蒸発を目的に選んだ遠い九州の地、奥多摩、湯河原・箱根、鎌倉、伊豆など関東近辺から山梨方面までの道中の出来事が淡々と綴られる。

独身時代の一人旅、妻子との家族旅行、そして老後の独居房探しへといつの間にか変化していく。一生涯で旅の目的は次第に変化していくこともありありと伝わってくるのだけれども、彼の旅に一貫しているのは「貧困」ということ。文字通り、経済的な意味もあるのだけれども、旅そのもののどの部分に「贅沢さ」を感じるのかということを常に問われているように感じる。

私が『貧困旅行記』のジワジワとした面白さを感じる点が一つ。彼が旅中に出会い選ぶ宿のほとんどが、昭和の空気がギュッと凝縮されたような古旅館であることだ。文中では「宿屋」と記される。いわゆる高度経済成長期やバブル時代にかつて美しく華やぎ栄えた観光地に建てられた宿屋の哀愁に誘われて、半信半疑になりながらも、そこに居る女中や客などの人間模様を観察し、書き残されている。

そこに辿り着くことのできるつげ氏の優れた嗅覚。胸のうちで求めているそういった景色に対する慕情のようなものが、この旅行記の出汁として、旨みを醸し出しているように思えてならない。

決して活気があるとは思えないジメッとした雰囲気や、時代に取り残されたような独特の空気を放つ街全体の情緒が、身に迫るほど伝わってくる。「読む」ことで「想像」が広がり、なんとも言えない快感が私の身を纏うのだ。

特に印象に残った「猫町紀行」という項。

「宿屋」と「湯治場」を訪ねることを旅の目的としているつげ氏が目をつけたのが、山梨県の旧甲州街道に残る「犬目宿」。ドライブがてら目指した犬目宿への出来事。目指しているのにたどり着けない、登っているはずなのにいつの間にか下ってしまう。ひっそりと静まりかえっているはずである宿場町の、思いがけない活気。突如、変化していく光景が別世界のように、人里離れた隠里に迷い込んだように感じる不思議な体験。

つげ氏は自身のこの体験がのちに『猫町』に通ずるものであると気が付く。萩原朔太郎の『猫町』。もの思いに耽りながら散歩をする癖のある詩人が道に迷い、白昼夢や幻想とも言えぬような猫の町に辿り着くという話。「犬目宿」がつげ義春にとっての「猫町」として位置づけられたのだ。

私も人から勧められて『猫町』を読んだことがあり、「旅」や「散歩」なんかでどこかに迷い込む感覚をこうして言葉で表現し得る朔太郎の才に改めて驚嘆したのだけれども、その体験を共感できるものにまた出会ってしまったのだ、しかも本の中で‥と唸った。『貧困旅行記』を読むことで『猫町』の魅力の深さをさらに知る。そのレイヤーがあることで、無目的な予定不調和に身を委ねる「旅」の面白さを追い求める気持ちがさらに厚みを増した。

こうして「旅日記」や「紀行文学」に触れると自分も行った気になることができるのもよい。しかし、自らの足で出向き、この目で見て、その空気に触れたいという欲求が止まることもあり得ず、ますます旅欲が膨らむのである。

海外への興味も当然なくはないのだけれど、日本全国の隅々にまだまだ見果てぬ、郷愁あふれる土地があるのかと想像をしては、じっとはしていられない。

ひとまず西の端に暮らす今、まずは九州。
私の「猫町」に出会う日を想いながら、旅に出たいと思う。

秋光つぐみ

30歳になるとともに人生の目標が【ギャラリー空間のある古本屋】を営むことに確定。2022年夏から、PARK GALLERY にジョインし、さらにその秋から古本屋に弟子入り。2024年 4月にパークの木曜レギュラーを卒業、活動拠点を地元の長崎に移し、現在は本格的に開業準備中。パークギャラリーでは「本の人」として活動。

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