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issue 05 「猫と魔女とフレンチプレス」 by ivy

突然だけど、魔法が使えたら何がしたい?

案外今の時代、それほどやりたいことは浮かばないかもなあ、なんて。
想像力の欠如とかいわないでくれ。そうかもしれないけれど。箒に乗って空を飛ぶとかロードバイクに初めて乗るよりケツ痛そうだし、黒魔術で誰かを蘇生させたら役所の手続きが面倒だ。嫌いなやつを魔法で懲らしめようにも、力加減がわからないと大変なことになる。

詰まるところ、私たちが今感じる便利さと魔法は、あまり繋がらない。むしろ、娯楽、快楽のためになら存在し得るんじゃないかって。自己暗示というか、魔法が使えることによって、いかにその高揚感を楽しめるか、日々の景色が違って見えるか、に興味が向く。

毎日同じことを繰り返していると、明日も同じだってわかっていると、時々それが壊れちゃえばいいのに、と思う。それも、一瞬だけ。全て元に戻る形で。魔法なら、全部ひっくり返して、飽きたら元通りにできちゃうから。魔法は解けるから魔法だし。とりあえず日常から解放してくれることこそ、魔法が現代社会で持つ価値なんじゃないか、と。

そんな私には、(ちゃんと解ける)魔法にかかってしまいたい、日常にうんざりしたとき、足が向く場所があって。某夢と魔法の国ではなく、都会のビルの狭間で、肩をすくめるようにして建つ、緑に埋もれた木造家屋だ。

神楽坂の少し外れた場所に、おそろしく年季が入って蔦に覆われた一軒家。窓すら遠目には見えないけれど、よく近づくと、どうやらそれは何かの店らしいとわかる。運が良ければドアの隙間から、珈琲の薫りがして、わかるかもしれない。灯りも微かな薄暗い店の中には、1人のおばあちゃんと1匹の猫がいて。まず猫が欠伸をして、少ししてからお婆ちゃんが動き出す。ここは、喫茶店だ。

2階の座敷に通されて、近代アートが並ぶ、隙間風に晒された部屋にじっとしていると、猫が膝の上に来て。本を読んだり、フレンチプレスのコーヒーを啜ったりしていると、不思議に街の音や風の音がふっと気にならなくなる。この瞬間きっと、僕らは魔法にかけられているんだ。

ナポリタンもクリームソーダもいらない。にこやかな接客でなくてもいい。ただ間違いなく、日常が過ぎて行く街の中で、繰り返す日々から解放される場所が、この喫茶店。珈琲を飲み終えて、おそらくすごい価値のある、古い雑誌をめくって、満足したら支払いを済ませてドアを開ける。その瞬間、魔法が解けてしまう。

どんな過去があるんだろう。あの猫は何代目だろう。店名の意味はなんだろう。普段の私なら、気になって仕方がないけれど、不思議なことにここでそれを聞こうとは、思わない。それを知ったらもう、魔法がなくなってしまうかもしれないから。



魔法は魔法のままでいい。

ひょっとしたら、ひょっとしなくても、私の一方的な妄想かもしれないけれど。それでも、日常から束の間解放される私は、その瞬間、魔法にかかっているから。



ivy(アイビー)
会社員で物書き、サブカルクソメガネ。
自己満 ZINE 製作や某 WEB メディアでのライターとしても活動。
創り手と語り手、受け手の壁をなくし、ご近所付き合いのように交流するイベント「NEIGHBORS」主催。
日々出会ったヒト・モノ・コトが持つ意味やその物語を勝手に紐解いて、タラタラと書いています。日常の中の非日常、私にとっての非常識が常識の世界、そんな出会いが溢れる毎日に、乾杯ッ!
https://www.instagram.com/ivy.bayside​

イラスト:あんずひつじ
IVY LOOK を一気読み!



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