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ベークライトの指輪

クリニャンクールの蚤の市エリア内に住む友人(この蚤の市区画は巨大なので、エリア内にも普通住宅が数多く建つ)に近所を案内してもらった冬の日。

さすが住人だけあって、10m進むごとに知り合いに出くわし、その都度わたしにも紹介してくれる。2時間で20人くらいに会い、もともと得意とは言えない初対面の顔と名前記憶能力は、早々にパンクした。

そんな中、ヴィンテージのベークライト製アクセサリー専門店を構える若い朗らかな女性、Aのことだけは覚えている。彼女のお店に招いてもらったから。

月曜午後なのですでに閉店していたガラス張りの小さなブティックには、色とりどりの艶やかなベークライト。一度にこんなに大量に本物を見たのは初めてだ、と興奮した。

値札は付いていない(クリニャンクールにはこういう店も多い)のだが、1920年代のアール・デコ期の有名デザイナーによる作品は4桁ユーロ、ということは友人と店主Aの会話を聞いてなんとなく理解した。ああ、じゃあ私の買えそうなのって、小さなリングとかかな... ブレスレットを買うつもりでいたんだけど無理かも。

リングが大量に飾られた壁際のショーケースの中に、ちょっと他とはちがうくすんだ感じの色味のものがあった。Pêche de vigne(ブラッド・ピーチ)と店主Aに言われ、なるほど!と思う。

試してみたらぴったりで、しかも買える価格だった。

ほぼ毎日のように左手の中指にはめている。第二関節にかぶせてはめるのが好きだ。厚い手のひらにたくましく短い指、水かきが大きいという造形の私の手が、なんとなくかわいらしく見える。そして、とても艶やかなので、つい無意識にツルツルと表面を撫でている、なんとなく心が落ち着くのだ。

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