空間除菌にマッタ!
新宿東口のとある飲食店。
ふと壁を見ると、「ウイルス対策実施中」の張り紙が。
その時点でコロナ禍が始まって3年余り。
時世だよなと思いつつよく見ると、イラストではなんかの機械から何かが発散されている。
その発散されている何ものかによって、周囲に飛び交う菌かウイルスらしきものたちが撃退され死滅?
さらに「二酸化塩素にて空間除菌!」のキャッチが踊る。
空間除菌、こんなにお手軽だったらいいよね、確かに。
でも残念ながら、問題はそんなに単純ではない。
「撒けばよい」わけではないのだ!
二酸化塩素は効果抜群
いや、二酸化塩素そのものには殺菌能力はありますよ。
むしろしっかりあり過ぎて、散布するならその濃度が問題。
場合によっては健康に悪影響もあり得る、それ程に影響は大きい。
それはラジカルと呼ばれる不安定化学種。
不安定イコール反応性が高いのです、良くも悪くも。
強い酸化作用でウイルスや菌・細菌のたんぱく質の構造を変化させ、機能を低下させます。
風呂場や台所など、日常生活の水回りなどの汚れものに対しては、スプレーや付け置きで除菌効果を得られるでしょう。
強い反応性が仇にも
ただそれを空間に噴霧するとなると、話が変わってくる。
二酸化塩素特有の強い酸化作用は、人体にも影響あり。
特に呼吸器系その他の粘膜、胎児など、本当に大丈夫なの?
身体に悪影響がない程度の低い濃度で、謳われているような空間除菌効果が得られるのか?
それ以前に、部屋の広さや温度・湿度、換気状況、人が何人いるかなど、多様な使用環境によって変わり得る二酸化塩素濃度、このような見た目簡便な機械で適正にコントロールされるのかな?
実際の使用環境としては、職場にしろ家庭にしろ、連続して数時間~十数時間程度滞在し、その間暴露し続けることを想定しなければなりません。
日本では許容濃度についての法的な定めは特にないようです。
しかしアメリカ政府機関の労働安全衛生局は1日8時間、1週40時間の時間加重平均濃度として100ppb(ppbは10億分の1,この場合体積比)としており、一つの目安となるでしょう(※)。
実際には刺激臭が強いため、住環境での使用には30ppb以下が望ましいとか。
市販品で実証研究
国立病院機構仙台医療センター・西村秀一らは、実際に市販されている二酸化塩素使用タイプの「空間除菌」製品を用いた実験を行いました(※2)。
これは、自社製品について「効果あり」と結論付けた企業側の研究(※3)の追試でもある。
ゲルタイプの据え置きボトル型と顆粒状二酸化塩素製剤を対象としました。
まずゲルタイプでは、30ppbというこの低濃度すら維持することが難しい。
わずか2立方メートル(風呂10杯分くらい)の空間でさえ、30ppbに到達しないことが判明。
そのためゲルタイプについては、実用空間に近い25立方メートルでの実験をあきらめざるを得ませんでした。
顆粒タイプでは、その顆粒の量で二酸化塩素発散量を調整できるので実験続行。
ところがこのタイプでは、湿度30%の乾燥条件(日本の冬の家屋で一般的)の下で、空中浮遊インフルエンザウイルスに対する不活化作用はほぼなし。
では湿度が50%や70%(日本では夏に一般家庭で普通にあるレベル)ではどうか。
この場合、空間内部に存在する様々な機材表面に付着している水分へ二酸化塩素分子が溶け込んだり表面に吸着したりして急速に二酸化塩素濃度が低下し、都合よく30ppb程度で濃度を維持するのは相当困難に。
目標濃度を維持するのに必要な顆粒量は、湿度と共に指数関数的に増大することが分かり、この意味でこの簡便な市販品では、顆粒タイプでも生活環境下での濃度維持はほぼ不可能であることが分かりました。
意味のある「効果」ほぼなし
更に、これらのことがすべてうまくいったと仮定してみます。
つまり適度な湿度があり、顆粒が十分多いもしくは部屋が十分狭くて30ppbの濃度を維持できたとする。
すると、使用開始後20分で活性ウイルス量は2200分の1まで低下しました。
対して二酸化塩素がない条件(対照実験)下での自然減衰は50分の1。
二酸化塩素があった方が、活性ウイルス減少率が50分の1から2200分の1になる?
これはすごい効果かも!?
ここで重要なのは概数思考。
数字に惑わされない、論理思考の一種です。
周囲への感染力が高い患者(スーパースプレッダー)の場合、100回咳をしたとすると、空気中にまき散らされる活性ウイルスは数千個と見積もられます。
まき散らされるウイルスの数なんて、患者さん一人一人で違うでしょう。
ワクチン接種のあるなしでも異なります。
くしゃみに含まれるウイルスの計数には効果的なウイルス収集技術が必要で、なかなか難しかったのですがやった人がいるんですね、すごい(※4)。
ここまで調べられるのは専門家は別とすれば小々骨が折れるタスクかもしれません。
概数での見積もりにはこの手間が掛けられるかどうか、はちょっと鍵になりますね。
ここは、問題の性質上スーパースプレッダーという最悪のケースを考えます。
これは乾燥条件では確かに脅威となるレベル。
しかしそもそも乾燥条件では、上述のとおり二酸化塩素の効果もほぼないことが確かめられている。
では湿度がある程度ある場合(50%以上)ではどうかと言うと、実験によれば自然減衰により20分で活性ウイルスは数十個程度になる。
これは密度で言うと数個/立方メートルのレベル。
人の呼吸容量からすると、8時間滞在したとして人が呼吸で吸う空気の総量は5立方メートル程度であり、部屋全体からするとその一部、今の場合5分の1。
更に実験で測定した20分を数時間に外挿すると、自然減衰でもウイルス量は激減して検出限界以下。
これらを総合すると二酸化塩素がたとえ適切な湿度下適切な濃度あったとしても、その効果は無視できる程度と言えるのです。
二酸化塩素使用の目的が菌やウイルス対策であるのなら、他の要因を考え優先すべき対策がないか考える方がマシなのでは。
例えば極端にスーパースプレッダーが集まるような状況(病室とか)に対しては、まずはそのような状況をつくらない事が第一目標となるでしょう。
あとは、基本的なことですが手洗いやうがい、マスクなどによる対策、湿度管理、ワクチン接種など。
それらを行った上で、もしやるのであれば相当注意深い濃度管理を前提とした上で、二酸化塩素使用を選択肢に入れるのは個人の自由でしょう。
(※)US Department of labor : OSHA Chlorine dioxide
https://www.osha.gov/chemicaldata/16
最終更新日:2020年12月21日
最終確認日:2024年1月4日
(※2)「低濃度二酸化塩素による空中浮遊インフルエンザウイルスの制御―ウイルス失活効果の湿度依存性―」、日本環境感染学会誌、32 巻 (2017) 5 号。
https://doi.org/10.4058/jsei.32.243
(※3)例えば
Ogata N, Sakasegawa M, Miura T, Shibata T, Takigawa Y, Taura K, et al.: Inactivation of airborne bacteria and viruses using extremely low concentrations of chlorine dioxide gas. Pharmacology 2016; 97: 301-6。
DOI: 10.1159/000444503
(※4)Hatagishi E, Okamoto M, Ohmiya S, Yano H, Hori T, Saito
W, et al.: Establishment and Clinical Applications of a Portable
System for Capturing Influenza Viruses Released
through Coughing. PLoS One 2014; 9: e103560doi: 10.1371.
https://doi.org/10.1371/journal.pone.0103560
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