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短篇小説 「花一華」

「一華、決めたよ。僕が作りたい歌は、……………。」


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 四月、出会いの季節だ。少しずつ暖かい日も増えて、キャンパスの皆もすこしずつ薄着で来る人が増えてきた。都内の大学に通う真人(まこと)は満員電車になど乗りたくない、と2限以降のコマを取り今日もそそくさと7号館に向かい、いつもの席に座る。

「よっ、今日は早いな。」
「おー今日も書いてるのか。」

いつも隣に座って一緒に講義を受けてくれる友達が何人もいるというのは、特にサークルなど入ってない自分には本当に恵まれた環境だった。

 今日も書いてる――それはとある曲の歌詞。僕は現在、大学生シンガーソングライターである。…と言いたいところだが、まだ本格的な活動はスタートできていない。今完成している曲は3曲。バイトを掛け持ちながら小遣いを稼ぎ、やっと機材も揃い今年こそは路上で一人で歌ってやるぞと、毎日必死に生きてきた。まぁ気が付いたら3か月もたちすっかり進級し3年生になってしまっているのだが。

「真人、今年入ってからずっとそれ書いたり消したりしてるよね。」
友達は何故か今日はスーツを着ている。就職なのかな

「そう…メロディはもうできてんだけどさ。なんかこう、いい歌詞が浮かんでこなくて。」

「ふーん。たまには気分転換に別のことでもしたら?あっ、てかもう3年にもなって、真人大学でまだ付き合った人とかいないだろ、恋愛とかしないの。」

「そんな余裕があればとっくにしてたよ……」
書いては消しゴムで消してを繰り返しながら、ペンを回して適当に答える。
「恋愛、ねぇ」

消し跡だらけのルーズリーフに再び新曲の歌詞を書いては、消してを繰り返す。僕の右手の小指の付け根は、煤けたように灰色になっていた。

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 ふと目を開けると、教室を出て帰ろうとする人たちがドアの前で列になっていた。どうやら4時限目の講義の途中から寝てしまっていたみたいだ。
「えっ、うわっ」思わず声がでてしまった。
かなり熟睡してたらしく、途中まで歌詞を書いていたルーズリーフには涎が垂れていた。これはさすがに捨てて帰って書き直すか…と丸めてゴミ箱に捨てようと、その時、ふと一人の少女が顔をのぞかせて急に目が合った。

「ねぇそれ、何書いてたの。」

あまりにも突然だったのと寝起きだったことで、とっさにサッと手で背中に隠してしまう。
「こ、これは、ただの歌詞で…でももう捨てるつもりで。」

「歌詞!?すごっ、バンドとかやってるの??なんで捨てちゃうの~見せて見せて。」

「バンドじゃないけど、てか別にそんな大したものじゃないし、それにえっと…」
まるで初対面とは思えないくらい明るく積極的に話しかけられ、思わずぎこちなくなる。そんな隙をみて、少女はくしゃくしゃに丸めた紙を真人からとって広げる。

「私、一華っていうんだけど…、おー途中まで書いてる。え、すごくない?バンドではないんだ。」

「うん。一応シンガーソングライター目指してます…みたいな、今年こそは路上ライブとかしてみたいんだけどね。」
長い黒髪に春らしい水色の服を着た一華(いちか)と名乗ったこの少女は、興味深々で色々聞いてくる。こんなに自分の活動に興味をもって話しかけてくれた人は初めてで、正直嬉しかった。

「すごっ、じゃあもしかして就活とかはせずに音楽で活動していく感じだったり?」

「できたら、僕はそうしたいって思ってる。今新曲を書いてるとこなんだけど、ちょうどサビの歌詞が良いのが全然浮かんでこなくてさ、これが出来たら、外で初ライブとかしてみたいんだよ。」

「そうだったんだ。じゃあ、その時は絶対見に行くね。あ、そろそろ帰らないと…そうだ、インスタやってる?交換しよ」

「あっ、うん。やってるよ、はい、QRコード。」
大学で女子とインスタ交換するなんてゼミ以外初めてじゃないか?なんてことを考えながら成り行きでインスタをお互いフォローした。

「じゃあね!また講義同じ日話そ~」

「うん!ばいばい」
時計の針はちょうど17時を回ったところだ。
一体、なんだったんだ…
キャンパスを後にする自分の足は、不思議といつもより軽い気がした。

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 六月の終わり、雨上がりの今日は昨日と打って変わって快晴で、青や紫に色を染める紫陽花は昨夜の雨粒を纏い輝いていた。
僕と一華は気が付くと頻繁に話すような仲になり、一緒に講義を受けたり空きコマには大学近くの喫茶店に行くという僕のルーティンに付き合ってくれたりする日もあった。

ちなみにあの歌は未だに完成していない。この二ヶ月の間に、一周回って自分が本当に作りたい曲というものを見失ってしまった。実質白紙にもどったようなものである。

この日は大学の空き教室で一人、ずっと悩んでいた。曲は完成しないし本格的な活動を始める目処もそろそろ立てなければヤバい。頭を抱えている時、自分の名前を呼ぶ声が聞こえる。一華だ。

「やっぱりここにいた。真人くん、いつも悩んでるときここにいるよね~。今度はどしたの」

特に一華には最近悩みは話してなかったのだが、どうやら気づかれていたみたいだ。

「バレてたか。前に初めて会った時に新曲を書いてるって言ったろ、あれまだ完成してないんだよ。なんかどうすればいいのか分からなくなっちゃって…今年の夏休みには路上ライブの活動も始めたいし…はっ、まったくなにやってんだろ。」

「なるほどねぇ。あっ、ねえねえ、今まで作った曲聴かせてよ。そういえば聴いたこと無かったくない?」

たしかにこれだけ一華と話すようになって、一度も一華に自分の曲を聴かせたことはない。いいよ。と一言言って、僕はスマホに保存してあるwavファイルを再生ボタンを押してスマホを渡した。

「ふんふん…なんかあれだね。名前忘れたけど、一時期バズったあの人に似てる。あれとは違うけど、王道って感じ。」

「え…?」

もちろん決して一華に悪気なんてない。ただ、思い詰めて頭がぐちゃぐちゃになって自分を見失っていた真人にとって、その言葉は他人と比較して下げられたように感じてたまらなかった。

「なんだそれ。…今日はもう帰る。聴かせるんじゃなかった。」

「えっ、ちょっと待って。ごめ…」

その言葉を最後まで聞く前に、僕は教室のドアを閉めた。
いつしか前が見えなくなっていた真人のキャンバスは塗りつぶされて真っ黒だった。

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 家に帰り、不貞腐れたようにため息をつきながらベッドに転がる。
僕は一華との会話を思い出した。あの時、つい冷たい言葉を一華に向けてしまったこと、今になって我に返り後悔する。しかし同時に、あの言葉を受けて、悔しかった。
――自分が今までやってきたことは、その程度のものだったのか、と。
左頬をふと涙が伝う。そこで真人の意識は深い深い底に落ちて行った。


「やべ、寝てたのか。今何時だ…」
どうやらあのまま寝てしまっていたようだ。デスクに置いてある時計は午後10時を指している。かなり寝てたみたいだ。
明日、一華に謝ろう。
寝起き早々、今日のことを謝罪すると決めた。

夕飯を食べシャワーを浴び、今日もデスクと向き合う。喧嘩したこともあって、かえってやる気が出ていた真人は、徹夜で作曲と作詞の作業に暮れていた。

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「昨日はほんっとにごめん!僕、まじでどうにかしてた。むしろ自分では自覚もなかったような曲の特徴を指摘してくれてたのに、勝手にキレて…」

 午前の講義が始まる少し前、僕は昨日のあの教室に一華を呼んでいた。

「全然いいって。すこしびっくりしたけど…私は何も怒ってもないよ、気にしないで。」
「私の方こそデリカシーなかったし…ごめんね。」

一華はとにかく優しかった。お互い仲直りは無事に終わり、一華は僕が活動を本格的にスタートできるように最大限手伝うと言ってくれた。

「ありがとう。今度いつもの喫茶店おごるよ。じゃあそろそろ講義始まっちゃうし、また連絡する。またね。」

「うん。私は真人のこと応援してるから、なんでも相談して。またね」

喧嘩もしたはずなのに。真人にとって一華は友達以上に大切な存在となっていたことは、この時はまだ自覚など無かった。

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 数日後、僕と一華はいつもの喫茶店にいた。約束した通りいつも注文しているメニューをおごって、僕の活動について二人で話していた。

「この間喧嘩しちゃったじゃん。あの時、悔しくてさ、もっと頑張らないとって、でもあの時のおかげで、今はよりやる気に満ちあふれててさ。」

「ふふ、なにそれ。でも、あの曲白紙にもどったって言ってなかった?まったく違う曲でもつくるの。」

「まぁ…そうなんだよね。今またちょっとずつ作ってるところで…ん?」

ふと、喫茶店の花瓶に生けてある花に視線が移る。
あれは…アネモネだろうか。すごく綺麗だった。

「どしたの?あっ、これ?これ、白いアネモネだよ!綺麗だよね~。実は私の名前、アネモネが由来なんだってお母さんが言ってたの。」

「え、そうなんだ!知らなかった。なんだか素敵だね。」

「ふふっ、ありがとう。たしか花言葉は、『希望、期待』だったような。」

一華がそっと微笑む。花言葉を聞いて、一瞬電流が走った。
そのとき僕は気づいた。僕は、この人が誰よりも大切で、ずっと側に居たいような存在なのだと。

「これ…これだ…。」

「え?」

「一華、決めたよ。僕が作りたい歌は…明日への希望や期待を贈れる歌だ。…これなら…」

一体この時、僕はどんな表情をしていたのだろう。
目を見開いた一華は、再びそっと微笑む。

「ね、そろそろ帰ろっか。何かひらめいたんでしょ。」
僕は大きく頷き、僕と一華の分の会計を済ませ、二人は店を後にする。
既に曲のタイトルは決まった。この活動を始めてから、今日が一番頭が冴えてるような気がしていた。

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そして、8月はあっという間に訪れる。
炎天下、煩いほどにあちらこちらでセミの鳴き声が聞こえてくる。

今日は僕の初路上ライブだ。
SNSで宣伝していたおかげで、初ライブにも関わらず始まる前から15人も人が集まってくれていた。

アコースティックギターを肩にかけ、昔から作っていたオリジナル曲3曲、そしてカバー曲も混ぜながら、8曲まで歌い切った。ここまで大成功だ。

そして最後の一曲。今日の日のためにずっと温めてきた。ここまでの集大成だ。

「僕の初めてのライブ、本当にいろんな人が足を止めて見に来てくれて、心の底から嬉しいです。あっという間ですが、次で最後の曲になります。」

えぇ~っと最後を惜しむ声が聞こえてくる。初ライブなのになんてノリのいい人たちなんだ。だがこれが嬉しい。僕が見たかった景色がそこに広がっている。

「これは、僕の大切な人を想って書きました。辛い日も、不安な日も、この曲を聴いて、明日への希望を持てるようにという想いを込めて歌います。それでは聴いてください。」

「花一華」

end.

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あとがき

中学生以来、初めてこのような小説を書いたのですが、いかがでしたでしょうか。💦

この小説は、私の大好きなシンガーソングライターの、私の大好きな歌の歌詞をベースに、私なりにストーリーをつけて一つのお話にしてみました。

本編では語ってませんが、真人(まこと)の名前の由来も、白いアネモネのもう一つの花言葉である「真実」からつけています。

もちろん個人的解釈が多く含まれています。いろんなご意見ご感想、お待ちしております。

最後に、花一華(はないちげ)は、アネモネの和名になります。
素敵な歌をありがとう。

【原作】アオイエマ。『アネモネ』
本文の一部表現に歌詞を引用・抜粋しております




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