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短編小説 「僕等革命前夜少年少女」

プロローグ

 忘れることなど決してない。忘れてたまるか。
あの日の、煤けたように灰色の空。しかし眼前に広がっていたのは、鮮やかで美しく、かっこよく煌めく彼等の姿。僕らはあの空に向かって手を伸ばした。
僕らの『革命』は、ここから始まるんだ。って――――――――――


第一夜 翔

7月13日

「翔、ねぇ翔ってば。今日も夕飯いらないの?」

「だからいらないってば。何度言えばいいんだよ。」

 放課後、高校から帰り再び玄関の扉を開けようとする翔に、母が心配そうに今日も声をかけてくる。
毎晩、こんな場所に居てもつまらないし、家は嫌いだ。翔は不安げな顔をこちらに向ける母の表情を見ることもなく、今日も18時に家を出る。
向かう先は居場所のない若者のたまり場。―――僕らの居場所、トー横。週におよそ5日、ほぼ毎日のようにこの時間に家を出ては、夜の街に僕らは集う。

「もしもし理久?今家でたわ。うん。じゃあ15分後にいつもんとこで。」

交差点に差し掛かり、大通りには多くの人が信号が青になるのを待っていた。遠くに見える歌舞伎町のアーチはぼんやりと灯っていた。


 ―――翔は幼いころから音楽が大好きだった。小学生の時の夢は、世界一のロックバンドになることだった。
しかし、中学生の時に父親が勤務する大手企業が倒産。毎晩両親が声を荒げ口論になるのを見るのが、ただただ辛かった。いつの日か、父親は夜逃げし、この家には母親と翔の二人ぼっちになってしまった。
母親だけでは生活に限界がある。思春期に入る頃だ。翔は大学進学も、夢も諦めなければならないのかと、毎日悩むうちにこの家にいつまでも居ることが辛くて苦しくて堪らなかった。

いつしか毎晩のように家を抜け出しては、同級生の理久、未羽、和希と夜中の新宿で遊びの限りを尽くすようになっていた。もう夢もなにもかもどうでもいい。この街が僕にとってのかすかな拠り所だった。まるで永遠の自由を手にしたような感覚だった。毎日友達と終電まで遊び続け、くたくたになって眠る。気が付いたら、この日々がただただ続いていればいいんだと思うようになっていた。


 一番街のアーチをくぐり抜け、いくつか道を曲がった先、いつものあの建物の横に、みんなはもう待っていた。

「よっ、遅いじゃん。」
目が合うなり近づいてきて、和希が肩を組んでくる。

「わりぃ、信号につかまってたわ。」
翔は和希にむかって苦笑した。

「じゃ、そろそろ行こっ」
未羽がそう言うと、元気が有り余ってるのか、未羽と理久は走って奥の道に進んでいく。翔と和希は二人の後を追いかけて走っていくのだった。


第二夜 理久

7月13日

 壁に飾られた黒いボディに金色のピックアップのGibsonのレスポールを見て、何かを思い出しそうになった。理久は横に首を振り、玄関へと向かう。
丁度靴を履いて玄関の扉に手が触れる時、自分の名前を呼ぶ声と共にエプロンを身に着けた女性がキッチンからこちらへ来る。祖母だ。

「終電までには帰ってくるのよね。夜ご飯、一応置いておくから。」

「そりゃもちろん。多分飯食ってくるから、明日の朝たべるよ。ありがとう。」

祖母はどこか不安げだ。まぁ当たり前だろう。そろそろ18時になるというのに、孫はこれから夜の街へと向かうのだから。

色とりどりのネオンに囲まれた夜の街、歌舞伎町。トー横キッズなんて言葉もあるが、まぁまさに俺らのことなのだろう。今日も理久たちはいつものあの場所で集う。ここ数年の間にできた大きなタワーだ。高校に入ったころに完成したこの建物は、歌舞伎町の新たなシンボルのようで、理久はこの場所が好きだった。


 ―――理久には、両親がいない。幼少期に交通事故に遭い、齢5歳にして家族を失った。それから現在に至るまで、理久は祖母との二人暮らしだ。理久にとっては、幼いころに父親が使っていたGibsonのレスポールだけが形見だった。
高校に入り、家が窮屈に感じた理久は夜に家を抜け出し友達と夜遊びをするようになっていった。思春期なこともあり、心配して声をかけてくれた祖母に苛つきを感じ酷い言葉を放ったこともあった。今では祖母の優しさに気づきしっかりと学校に通いながら、それでも毎晩のように友達と夜の街で遊ぶ日々であった。
理久にはこれと言って明確な将来の夢などはなかった。ただ今のようなあどけない日々が続けばいいと、そう思っていた。歌舞伎町での毎日は、どれもキラキラとした思い出で溢れていて、理久にとってはもう一つの我が家のような感覚だった。


 予定より少し早く到着した理久は、近くの階段に座り皆を待つ。2分も経たないうちに、未羽と和希が一緒にやって来た。どうやら来る途中で合流したようだ。

「理久~早いね。翔はまだ来てないの?」

「うん、まだ来てない。ちょっとLINEかけてくるわ。」

未羽に言われて、理久は翔に電話をかける。

「もしもし、あ、そうなん?先に待ってるよ。うん、じゃあ15分後に。」

「未羽~和希~、翔のやつ今家出たって。翔すこし家遠いし、15分くらい暇つぶしにぶらぶら歩こ。」

そんな会話もあり、しばらくして翔も合流した。早く遊びたかった理久は、未羽と先に真っすぐ道を走っていく。

「おーい置いてくぞー。早く来いよー。」

理久が大きな声で言うと、後ろで翔と和希が苦笑しながら追いかけてくる。
ふと理久は前へと振り返る。なんだか今日は特別なことが起こる…理久にはなぜかそう感じた。


第三夜 未羽

7月13日

 住宅街の小さな交差点で、彼女らにばいばいと別れを告げる。放課後、高校で仲のいい女子3人と、激安カラオケで3時間ほど歌って帰り道だった。
家に帰るのは面倒だとダウナーな気分になっていたところで、スマホが鳴った。和希からだ。

「もしもし?うん。いまから家に帰るとこだけど…えっほんと?行く行く!18時過ぎってもうすぐじゃん!じゃあそっち行くね。」

未羽は通話を切り、回れ右をしていつものあの場所に向かう。
どうやら今日も4人であつまって遊びたいらしい。明日バイトだから寝不足は良くないと、そんな考えが脳をよぎったがそんなことはどうでもいい。未羽は駆け足で歌舞伎町の大きなタワーにむかって走っていった。


 ―――未羽は、父と母と3人暮らしである。もともと裕福な家庭ではなく、未羽は幼い頃から様々なものに縛られてきた。
中学、高校…と思春期に入るにつれて、かわいいブランドの洋服や、流行りのコスメ、クラスメイトの皆が買っているものが買えずにいることが辛く、段々と自分の家庭が嫌になっていった。
高校に入ると、未羽は深夜のバイトを入れてお金を稼いだり、友達と終電まで遊んで帰る日が増え、いつしかいつもの4人で歌舞伎町に集まってはふざけ合う日々になっていた。ある日はタバコを吸った日もあった。しかし、未羽にとってはこの場所が自分の弱みや家族を忘れることのできる唯一の場所であり、果てしない自由を手にしたような気分になっていた。


 すっかりネオン街となった新宿は、いつも通り沢山の人で賑わっていた。右を見れば酒を飲む仕事帰りのスーツ姿のおじさんたち。左を見れば沢山のリボンとフリルの豪華なスカートを履いた女の子をナンパするチャラい男、歌舞伎町なんて毎日こんなものだ。そんな人たちを掻き分けるように進み、信号の前で立ち止まったところで自分に声がかかった。

「あれ、未羽じゃん!急な呼び出しだったのにサンキューな。」
声の先にいたのは和希だった。

「え、てっきりもう先に着いてるのかと思ってた。走ってきちゃったじゃん。」
無駄に汗をかいたじゃないかと、和希の脇腹をつつく。和希が暴れるように避けるからつい笑ってしまう。
信号が青になり、二人で横断歩道を渡る。アーチをくぐり抜け、いくつかの道を曲がったところで、いつものあの場所が見える。そこには理久が先にいた。

「理久~早いね。翔はまだ来てないの?」

「うん、まだ来てない。ちょっとLINEかけてくるわ。」

理久は翔に電話をかけに立ち上がって歩き回っている。しばらくしてから翔も合流し、翔と和希を置いて未羽と理久は先に走っていく。

「おーい置いてくぞー。早く来いよー。」

理久がとなりで後ろの二人に向かって叫ぶ。
ふと、前方で何か、いつもと違う「何か」が起きていることに気が付いた。。


第四夜 和希

7月13日

 時計の針は17時半を指している。店長に挨拶をして、店を後にする。ストリート系のファッションを扱う衣類店で働く和希は、高校生ながらにして立派なバイトリーダーだ。和希は新宿駅を出て、いつもの4人に連絡をする。今日はこのあと歌舞伎町で終電まで遊びつくす予定だ。どうやら最近路上ライブなどで人が集まる日も多く、昨日も賑わっていた。

「もしもし、未羽?今用事とかある?あ、まじ?18時過ぎにいつものとこで皆で集まろうぜ。おっけー、じゃあ後で。」

理久と翔には元々伝えてあったし、未羽にも連絡できた。浮足で夜のネオン街に向かう。
歌舞伎町一番街。若者を迎え入れるそのアーチの向こうは、今日も俺らの帰りを待つようだった。


 ―――和希は去年まではどこにでもいる普通の高校生だった。当時は軽音部に所属し、ドラマーとして日々練習に励んでいた。しかしある日、部内のトラブルが原因で完全に孤立し、様々な嫌がらせを受けるようになった。―――いじめだった。
和希は部活だけでなく学校にも行かなくなってしまい、今では昼間はバイトに励み、夜は数少ない友達と深夜まで遊びつくすことが日常である。孤独な学校も、退屈な家も、自分の本当の居場所ではない。若くして居場所を見失った和希がたどり着いたのが、夜のネオン街、トー横だった。
ただ、本当は音楽を続けたい…胸の奥にそんな思いを閉じ込めながら、今の日常が自分にとって一番良いのだと思っていた。


 7月はかなり日が沈むのが遅い。18時になるにも関わらず、日はまだ完全に沈み切ってはいない。ただ、大好きなあの街は既にぼんやりと見慣れた色に染まっている。
信号の前まで歩いてきたところで、目の前にいる女子高生が未羽だと気が付いた。

「あれ、未羽じゃん!急な呼び出しだったのにサンキューな。」

「え、てっきりもう先に着いてるのかと思ってた。走ってきちゃったじゃん。」

未羽はそう言うと、脇腹とつついてこようとする。こそばゆいのは苦手なので、必死に避ける。それを見た未羽はクスクスと笑っていた。信号を渡り、いつものアーチの下を通り、いつもの場所へ向かう。

理久は先に待ち合わせ場所に着いていて、翔もしばらくして合流した。
未羽と理久は先に小さな子供のように一本道を走っていく。

そんな二人を翔と追いかけて、追いかけて…と思っていたのだが、すぐに追いついた。未羽と理久はなにか前方を見て立ち止まっている。和希も翔といっしょに前方を見る。

まさか今日という日が、4人の人生が大きく変わる日になるなんて、和希はおろか、他の3人も知るはずがなかった。


革命前夜

 空は曇りはじめ、煤けたような灰色に染まった空だった。
翔は和希と共に先に前を走っていく二人を追いかけていく。しばらく走って、4人は前方の光景を見て立ち止まっていた。

―――――たった一言で表すなら、その光景は「異様」だった。

普段の歌舞伎町とは思えないほどの人の数。その中には見たことのあるような気もする程度に顔見知りの人もいるが、ほとんどが見慣れない人たちだった。それに、大きな歓声をずっとあげている。
翔は4人に前の方に行ってみようと声をかけ、この雲霞を掻き分けていく。この人たちが熱気を送る先、正面に居たのは4人で構成されたロックバンドだった。ちょうどそのタイミングで、顔も名前もしらない4人は次の曲を演奏し始める。

翔、理久、未羽、和希の4人は、文字通り絶句した。

目まぐるしく輝き回る照明。歌舞伎町全体に響き渡るような圧巻のシャウトから始まりハイハットが響き渡る。バスドラムとスラップベースの低音が内臓を揺らす。繊細で正確でディストーションの効いたテレキャスターのリード。まるで曲のパーツの一部かと錯覚するようなファンの歓声。歌舞伎町をまるごと支配したかのようなそのパフォーマンスは、4人の心に一つの思いを芽生えさせた。

―――――「「「「カッコイイ…!!」」」」

なんだこれ、これが音楽なのか。これがバンドなのか。歌舞伎町に1年近く通い続けた4人はこんな光景を見るのは初めてだった。
どうやら何処かのロックバンドが路上でパフォーマンスを披露しに遥々ここまでやってきたらしい。翔たちはこの人たちの名前も知らないし、曲も聴いたことは今までない。しかし、4人は無自覚流れそうになる涙を堪えながら、他の観客と叫んでいた。


 およそ1時間半にも及ぶライブは無事に終わり、拍手喝采、誰が見ても尽善尽美なパフォーマンスだと、理久をはじめ他の3人も感じていた。

ファンとの交流の時間が始まったところで、4人は人だかりから抜け出し、最初に4人で集合した場所まで戻った。
正直余韻が凄まじい。叫んでいた反動でしばらく無言の時間が過ぎていく。
唐突に和希が手を挙げて口を開いた。翔と理久、未羽は和希の方を見る。

「な、なぁ…あのさ、俺、思ったんだけどさ…。」

「僕も、言おうとしたことがあるんだけど…。」

和希に続けて翔も何かを言おうとする。2人の考えは同じだった。そして和希は続ける。

「…俺たちでバンド、やらね?」

「ちょうど、僕も同じこと言おうとしてた。実は、昔から音楽好きでさ…さっきの見て、僕は、こうなりたいって、思っちまった。」

「俺も、やってみたいと思った…俺も、あのリードギターに正直痺れた。」

「わ、私も…。でも、私、音楽の経験あんまりないけど、できるかな。」

4人の考えは同じだった。そして今日、僕らはここにバンドを結成することを決めた。未来から目を背け、ただ今を遊びつくしていた偽りの日々に今、僕達は別れを切り出す。翔は叫ぶ。

「僕たちは、ここから、この街から、最強のバンドになる。」

この日、何気ない1日だったはずの今日は、4人の少年少女にとっての革命前夜であった。


エピローグ

 新宿歌舞伎町。かつてここは「居場所のない若者」が集まる場所であった。
果てしない自由と引き換えに、孤独を抱えた、夢を見失った人たちが集まる場所。その中で、あの日同じ夢を抱いた4人の少年少女は、あの日のように、夜の街を拠り所にする子供たちに向けて、音楽を、歌を届ける。行き場を見失った迷い子たちが、希望や明日を、小さな灯火を見出せるように。

―――革命の先を進む僕達は、もう迷わない。
やがて翔たちがトー横発の国民的なトップロックバンドとして名を馳せるのは、まだ後の話である。―――

end.


あとがき

 どうも、いかがでしたでしょうか。
人生では3作目、noteでは2作目になります。
短めの短編小説にするつもりだったのですが、かなり長くなりましたね笑(6000文字…)

今回も、私が大好きで尊敬するシンガーソングライターの『革命前夜』という歌をベースに、私の解釈を含めてストーリーをつけ小説にしました。

登場人物は、皆過去や現在に心に傷を負った居場所のない若者です。しかし、彼らの心の奥には未来に希望を見出したいと道に迷っています。希望や夢を持たせたいという思いで、翔、理久、未羽、和希という名前をつけました。

題名は彼らのバンドの最初の曲名のようなイメージで付けてます。笑

私も、大好きな歌に励まされ、自分の目標にむかって日々努力する毎日です。

今の私ではこれが限界なので時間があればいつか後日談など書いてみたいなと思っていたり…
是非ご感想などいただけたら幸いです。

原作:アオイエマ。『革命前夜』
※歌詞より一部抜粋、引用しております。

素敵な歌をありがとう。






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