見出し画像

子供はわかってあげない

 本棚はいくつあっても足りない。

 図書館の閉架書庫などで見かける可動式の本棚。ハンドルをくるくると回す度、新しい本の一面が見えてくるアレ。
 あーーー!これが家にあったらなー。なんて憧れを抱いたことがあるのは決して私だけではないはずだ!
 そう。本好きとは常に収納スペースと戦い続ける生き物である。年を重ねる度に私は痛いほどそれを学んだ。そして学んだ結果、私は今日も本棚から溢れた本をどう収納すべきか悩みながら生きている。
 本棚はいくつあっても足りない。

 前後2段に重ねて置ける本棚の場合、前面に置かれる本たちは謂わばスタメンとなる。面白さという実力と、また読み返したくなる期待値。そこに圧倒的自信のあるエリートたちだけが、前面に並ぶ許可を得られる。
 だが、いかんせん。体調、季節、その時のブームなんかで、このスタメンはオールスター戦よりも激しく入れ替わる。さらに言うならば、もう読まないな、なんて売っぱらった本を「過去の自分馬鹿野郎!」って買い直すことまであるのだから、登板、降板の目まぐるしさは推して知るべしという感じだ。
 明日にはベンチ、明後日には二軍行きを怯える我が家のスタメンの中で、2年前から燦然とエースを担い続けている一冊がある。それこそが、この『子供はわかってあげない』の原作漫画本だったりする。

 「明日の自分は他人だ」と言い切るほど気まぐれな私だが、そんな自分にとっても降板などは考えられない特別な一冊(前後編だから正しくは二冊)。そんな作品が映画化するということならば、それはもう見に行かねばなるまいよ!たとえ駄作になろうとなんだろうと、一ファンとして歴史を目撃せねばいかん!コロナが再び賑わいだす前に、とマスク片手に一人、意気揚々と映画館へ行ってきました。

以下ぼんやりとネタバレを含むふんわりとした感想です。


結論:とてもよかった。

 

 両親の離婚、再婚。宗教、教祖。単語だけ聞くとわりと重たくなりそうなテーマを、悲痛さ無く、でも軽んじることなく描いている作品だな、と思ってる。そんな原作の少しだけ宙に浮いた軽やかさと爽やかさを見事映像化してくれた作品だった。空気感、ギャグのテンポ、キャストさんの演技、なにもかもが絶妙。

 特に上白石萌歌ちゃんの演技が素晴らしかった。文句なしの可愛らしさを携えてるのに、劇中ではどこまでも普通の女子高生に映り込む自然さが凄い。
 アニメ好きで、家族が大切で、水泳部に所属する、なんともありふれた子。性格も思考も捻くれたところのない素直な良い子。その真っ白な魅力を嫌味なくぎゅっと描き切ってくれたから、ラスト門司くんとの屋上シーンがとてもとてもとても光る。どんな少女漫画より、どんな恋愛映画より、あれに勝る告白シーンはない、と思ったよ。

 私は、原作既読済みの作品を見に行くときは、テストの採点を見守るような心地で映画館に行く。ああ、ここはこういう演出にしたんだな、ここは削ったんだな、と俯瞰めいた見方で作品に挑む。別に偉そうな批評家ぶるつもりはこれっぽちも無い。のめり込むように見るならストーリーが知らない作品、それとは逆の見方をする、というだけ。
 ゆえに今回みたいな既読作品に対しては、感極まる、ということをあまりしない。面白いな、良いな、とは思っても主人公に感情移入をして怒ったりだとか、登場人物に釣られて泣いたりとかはあんまりしない。
 でも、今回唯一、涙がじわりと滲んだ箇所があった。

「どうして謝るの? 嘘ついたから? 楽しかったから?」

 作中、上白石萌歌ちゃんの演じる女子高生、美波は、水泳部の合宿だと嘘をついて、離婚した父親に無断で会いに行く。
 一日だけのつもりだった邂逅は、予想外の楽しさと余韻によって、一日、また一日と延びていく。2日、3日、隠れ蓑としていた合宿が終わってなお、嘘を吐いてもう一日宿泊を延ばす。海で泳ぎ、笑い合い、楽しんで、満喫して。ようやく自宅へと戻った美波に、「本当はどこに行ってたの?」と母親が優しく問いかける。
 離婚した父親と撮った写真を見せて、ごめんなさい、と美波が謝る。上で引用したのが、その後に続く母親の台詞だ。

 ここまでの展開の端々で、新しい父親が美波に血の繋がり以上の大きな愛情を注いでいることは実に明白。美波の好きなアニメを一緒になって見てはしゃぎ、気を付けて行って来いよと合宿前にお守りを渡し、美波が帰る日には大好物のうどんを作ってくれる。
 美波はたくさんの愛情を受けたその家族を裏切って、前の父親に会いに行った。そしてそこで楽しい日々を過ごした。過ごしてしまった。
 その心に巣食う罪悪感を『楽しかったから?』という問いかけがあまりにも的確に表し過ぎていて、泣いた。斉藤由貴さんの優しい声音と表現力、漫画では見えない印象に胸を抉られた……。
 仮に自分が母親の立場であっても、あそこで『楽しかったから?』はなかなか言えないと思う……。きちんと子供に寄り添える良いお母さんだよ……最高。愛おしい。

 些末ながら原作を愛しているが故の不満点みたいなものもあったけど、総合的に見れば大満足で終われた良い映画でした!今年の夏はしんちゃんといい、サイダーのように、といい良作が豊作で本当に嬉しい!!

 早く自由に友人たちと映画館に行ける日々が戻ってきますように!