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妄想小説「海の魔物」 その1

海の魔物に会いにいこう、男は数年来思い続けていた。
どうせ、どうせここでは大したことは起こらない。
朝起きて、仕事して、ご飯食べて、穏やかだし、幸せだよ。
でもさ、なんかスリルっていうのかな、そういうのが足りないんだ。
仕事精一杯やればいいじゃんって、でもきついしだるい。
情熱が長続きしない。
でも怠惰だけど刺激は欲しいんだ。なんなんだろ、今の俺に足りないもの。
今の季節は冬。だんだん1月とか10月とか分かんなくなってきた。
寒いから1月っていうくらい。
肌感覚冬だけど、意識、ついこの前まで10月みたいな。
成長しなくなったからかね。
体も記憶も刻々と衰えてきてるんだろうけど。
なんか生きてるって幸せだけど、俺みたいなのいてもいなくてもほんとどっちでもいいんじゃない。俺が結婚して俺の子供が産まれても俺みたいに大したことない奴が産まれるだけだし。なんか冴えないよな。
で、海の魔物。
なんだっけ、海の魔物。
いや、なんか分かんないけど、なんかもうこういうマンネリの生活から抜け出して海の魔物みたいなファンタジー、探しにいった方がいいんじゃないかなって。
別に狂ってないよ。疲れてもない。睡眠とってるし。え、鬱なんじゃないかって?まあそうなのかね。そういうときもある。
現実のもの追いかけても、大体予想ついちゃうし、まあ達成感っていうのはあるんだろうけど、もう海の魔物、みたいなよくわからないけどすごそうなもの、見つけた方がいいんじゃないかなって。
それで、今日さ、会社に辞表出してきちゃったよ。周りからは「なんで?」とか「どうして?」とか勿論聞かれた。
確かにさ、自分でもいうのもなんだけど俺結構仕事の成績はいいほうで、無断欠勤とかないし普段明るいし、別になんていうのかな、辞める感じに見えなかっただろうな。
転職するのか?どこにするんだ?って色んな奴らに聞かれて、面倒くさかったからそのまんま、「海の魔物を探しにいくんだ。」って言いふらしといた。
そうしたら海の魔物ってなんだ?って。何かしら職業に結びつけたがる。
マグロ漁船とか、蟹工船とか、真珠とりとか、海の魔物っていうから、海にいてでかそうなものを捕る職業と結びつけたがる。
そりゃそうだろうな、普通に次の仕事決まらなくて、会社辞めたらみんなどうやって食ってくんだ、って思うだろうね。あは、ほんとどうやって食ってくんだろ。
海の魔物って確かになに?どこにいるわけ?
あはははははは。確かに思えば思うほど、俺の辞めた理由、ふざけすぎてるわ。
でも、海の魔物、なんか面白くね?なんだよ、海の魔物って。それ探しにいくのとか超シュール。どうせ今の暮らしやってたって、金とかの帳尻合わせながらつつがなく暮らしてくような、ささやかな幸せさがしたり、ちょっとした虚栄心満たしたりするような毎日なんだから、海の魔物とかいうよくわかんないもの探しても結果は同じ。
だから俺はよくわかんない海の魔物を探すことをテーマにこれから生きていくよ。
どうせ意味なんてない。人類に一人ぐらい、こういう無駄なテーマで生きてくやつがいたっていいだろ。ああ、出た出た自意識過剰。どうせ海の魔物と同じように、誰の人生なんて意味なんてない。
まあいいや。海の魔物。海の魔物。
会社に辞表だして、今付き合ってる彼女にも海の魔物探しにいきたいから、会社辞めたっていった。そしたら彼女、意味わかんないってた。「どこから突っ込んでいいか分からないんだけど」って。「そうだろうね。俺も特に海の魔物のことわかってないし。なんとなく響きがいいから。」って答えたら「まあそうだけど。」って。
「体に気をつけてね。別れるのは辛いけど、あなたほど私、海の魔物に興味ないし、まあ別にあなたが何してようといいんだけど、東京からは離れたくないし、ずっと会えない人と付き合い続けるっていうのも結構精神的に辛いから、今別れるのは辛いけど、でも今別れておいたほうが、後々いい気がするから、今別れるわ。いい関係、築いてこれたと思うんだけどな。それだけに残念。ま、元気で。海の魔物、探したら、教えてね。」
そういって彼女はきっぱり俺から離れていった。彼女の後ろ姿をみながら、だんだん、俺はものすごく馬鹿なことをしているんじゃないかということに今更気がつき、自信がなくなってきた。彼女はいい人だった。仕事でもそれなりに成果だして、彼女とも一緒に年をとっていって、子供なんかも産まれて、わいわい色んな人に囲まれて、老いて、死んでいったらそれはそれで俺幸せだった、っていえたんじゃないか。
それなりに、いやすげー幸せだったんじゃないか。
大体なんなんだよ、海の魔物って。
いや、でもいつも俺はそれなりに幸せっていうのが嫌だったんだ。こうありふれた人との関わりとかで幸せっていって満足して死んでくっていうのが。
ありきたりすぎる。
もっと訳わかんないことやりたいんだ。
いい、俺は海の魔物を探しにいくんだ。
とりあえず酒飲も、って思って近くのワインバーに行ってきた。
ボトル1本あけて、家かえって、大きめのリュックにとりあえず必要そうなもの詰めてさ、アルゼンチンに向かったわけよ。
いや、昔イグアスの滝に行ってさ、すげー濁流みて、飛び込むんだったらここだろ、って思った記憶があって。あ、別に死ぬ訳じゃないよ。自殺願望とかないし。
でも刺激とかさ、あーもーいーや、どうにもなっちゃえ、ってむしゃくしゃして思い切ったことしたくなったときは、この滝に飛び込むのが一番なんじゃね、って思ったわけ。
それで取りあえず来てみたイグアスの滝。
あーすげー、やっぱすげーよこの水量。半端ねー。周りの観光客も超興奮。
で、俺、おもむろに柵に近づいて、柵乗り越えて、周りがちょっとあれ、やばくないって気づかれ始めたところでドボーン、悪魔ののど笛とか呼ばれてる滝壺向かってダイブ。
すげー、半端ねー!!
水が体にびしびしあたるこの痛さ、刺激、一気に水に飲み込まれる感じ、半端ねー!!
ぐんぐん水に飲み込まれそうになって、窒息しそうになってあらがうこの必死な状況が俺の快感。ぐぉーっていいながら必死でもがいてたら、ちょっと流れが緩やかなとこに出て、急いでやってきたレスキューみたいな奴らの縄に必死にしがみついて陸に着陸。
陸に着くと、足が重い。一歩一歩、歩を進める。
この足の重さ、人間としての限界を感じる。
早く走ることもできないし、一歩一歩しか進めない。
イグアスの滝を急降下してたときはものすげー勢いで落ちてってそれにあらがってるのも必死で、すげー興奮したけど、こうやって一歩一歩歩く道に全く俺は興奮しない。
陸に戻って日常に戻ってしまった。
結局イグアスの滝に入っても海の魔物には会えなかった、って当たり前だけど。
なんかその後俺は担架に乗せられて、なんで落ちたんだみたいな感じでちょっと切れ気味に質問されたりして、ひたすら海の魔物に会いたかったってつたない英語?I wanted to meet with sea monster!っていってたら、これ以上無理って感じで地元警察は引き下がってって、俺は病室に一人になった。
窓からみえるサンセット。Ohビューティフルだけどなにかが足りねえ。
俺は今このサンセットを見たからといって人生変わるほど感動する訳でもないし、将来的にこのサンセットを思い出したときには、きっと昔のことを思い出してるときで、そういうときの俺はきっとそのとき現在の自分に満たされなくて昔はよかったとか、昔も満たされなかったとかそういう悶々としてたりするのであって、だから今も将来的にも今このビューティフルなサンセットは俺に取って何のプラスでもない。
意味なんてない。
そんなこといっても仕方がないか。気弱になる。でもなんかもっと生きてるっていう実感が欲しいんだ!!
俺はそのまま病室を抜け出して、やみくもに走る、走る、走るるる!!


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