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「奇特な病院2」すぐ慌てる科

※連作短編小説ですが、1話でも完結します。

第7外来:すぐ慌てる科(患者 木部京子)

 ああ、今日も鍵をちゃんと閉めたか心配になってきたわ。
 家を出るときに、慌てて出たから。
 慌てることがわかってるなら、早く起きればいいと思うでしょ?
 ふふふ、そこは慌て慣れているから、変えようとはしないものよ。
 そうね、自分が至らないのに、威張るなよと思うでしょうね。
 慌てる人が、慌てないために努力するとどうなるのか。
 なぜかもうとても心配になるものなの。
 だから、すぐ慌てる科を見つけて、慌てて、予約したわ。
 深くは考えないでね。
 それで、ここは、すぐ慌てる科の待合室。
 座ってるひとは、みんなどこか落ち着かない様子ね。
 私もだけど。
 順番で呼ばれて、私は、慌てて立ち上がった。
 ふと私が、待合室に入ろうとすると、
「落ちましたよ」
 そう声をかけられた。早口で。
 汗を拭いていたハンカチを拾ってくれていた。
「すいません、すいません」
 声の主を見る。めちゃくちゃ好みのタイプの男性だった。
「慌ててしまいますよね。慌てないで」
 そう言われて、さらに私は、慌てて、
「どうも、どうも、ありがとう」
 と言って、早々に診察室に入る。
 汗は止まらない。
 すぐに先生に言われたわ。
「慌てないで」
「はい。わかってます」
 こんな短時間に二度も慌てないでと言われれば、私もさすがに冷静になるわ。
「先生、短時間にこんなに慌てないでって言われることってあります?」
「それだけ慌ててるんでしょうね」
「はい」
「でも、知っていただきたいのは、俺も一緒ってことです」
「そうですか?」
「そうですよ。俺も慌てるから慌てる科を任されているんです」
 私は、少し安心した。もう一回診察に来ようと思った。
 先生は今までの私が慌てた失敗談を早口で語るのを、落ち着かせながら、聞いてくれて、アドバイスをくれて、最後に言った。

「お大事に」

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