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「奇特な病院」すぐ慌てる科

※連作短編小説ですが、1話でも完結します。

第7外来:すぐ慌てる科(担当医 木之内章)

 カフェで突然、不安に駆られる。鍵をかけ忘れた、かもしれない。鍵が鞄に入ってない。電話しながら、家を出たからかもしれない。もうパニック、鞄の中を全部出して、がさごそと、カフェで、ゆったり珈琲をたしなむ人とは一人だけ別世界。冷や汗。仕事までに家に戻る時間はない。
 ふとポケットの中を探る。あるじゃないか。
 落ち着いて、自分の行動を信じれば良かったじゃないか。
 という経験がざらにある。俺は、すぐ慌てる。
 だから、すぐ慌てる科を担当してくれと院長に言われたときに、院長は、よく俺をわかってると思った。俺がすぐ慌てるタイプで、その人の気持ちが凄くわかると思われているのだろうと推察した。
 俺は、コンビニで自分の買ったものをエコバックに入れるときもいつも慌てて入れるので、寿司を買っても、家に帰ると、必ず右か左かに寄ってしまってる。大人の余裕で、ゆったりしていて、エコバックの入れ方も完璧な人にあこがれがある。
 それに食事も早食いをしてしまう。母親によく言われた。
「しょうちゃん、もっとゆっくり食べなさい」
 大学で出会った友達は、とてもゆっくり食事をする人だった。
 俺が早々に食べ終わっても、自分のペースで食べ続けた。きっとその友達には、その友達のペースがあるんだと。それがとても落ち着いてるように思えて、俺は、なんでこんなに焦ってるだ?とよく落ち込んだ。
 俺は、いつか論文を書こうと思う。
「慌てる人に慌てるなと言う絶妙なタイミングと言い方」
 結構知りたい人が多いんじゃないかと思う。
 食事が始まる前に、
「慌てないで食べなさい」
 と言われても、こちらが委縮してしまう。
 食事が運ばれてきて、
「ゆっくり食べようね」
 そのタイミングはなかなかいい。
 お店で、店員さんに、
「ごゆっくり」
 と言われると、俺は、ちょっとほっとする。まっ、これもマニュアル通りなのかもしれないけども。
 優しい言い方されると、すっとするんだ。
 さて、ここにやってくる患者さんの話を始めよう。
「あれもこれもと手を出してしまい、次々にやらなくちゃいけないことが増えて、でも、ミスは増えるし、慌てて話すと、相手もいつも困った顔をしています。僕はどうしたらいいですか?」
 人間というものは、不思議なもので、自分と同じような人を見ていると、自分がとても冷静になるということがある。
 つまり慌てている人の話を聞くことで、自分はどうして慌てるのかということを初めて冷静に分析できるようになる。この科を担当するようになってわかってきたことだ。
 俺は、なぜに慌ててたんだと患者さんの話を聞くたびに思う。
「君は、俺と同じ形をしている。とんとんとんとんと早口でまくしたてる。あー、もう慌てないで、こっちのわかるように話してくれ」
 だから、俺は、患者さんにこう伝えることにしている。
「今、慌ててるなと思ったら、自分が、トンボだったらと思って物を考えてみましょう。その前に自分が慌ててることを認識することができるようになる必要がありますが」
 自分の焦ってしまったとき、一旦、他人の目で見てみるのが一番いい方法なのだけれども、人の目だと自分をさらに責めてしまう場合があるから。
 どこにでもいるイメージしやすいトンボになったらと想定することで、客観的な視点を持てる場合があるから、そう提案した。医者の俺の立場になってとは言えない。
 トラブルが起きたとき、すぐ慌てやすいあなたは、まず深呼吸。次に、トンボになってみましょう。

 お大事に。

(第8外来は、どこまでが私事科です)

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