「空想本屋カフェ」
※こんなのあったらいいなというのを小説にしました。
いつも気が向いたときに、気楽にふらりと立ち寄ることのできる近所の本屋カフェ。
その扉を一歩入ると、広々とした店内に、規則性のあるような、ないような、とにかくたくさんの本がジャンル分けされることなく並んでいる。ジャンル分けはない方がいい。作家の名前や装丁からある程度予想できるから。
まず荷物やコートは、無料の木製のロッカーに置きたい。なぜなら、本を読むのに邪魔だから。店側からすれば、万引き防止になるに違いない。
カフェメニューを頼まないでも、私を拒まないで欲しい。
ただ本を見に来ただけだから。
今日はちょっとカフェインを取りすぎているから、水でいい。もちろん水は無料にしてほしい。暑い日は、散歩の休憩でも立ち寄りたいから。
珈琲の種類は、たくさんなくていい。珈琲を選ぶ時間より本を選ぶ時間に使いたいから。でも、クリームソーダは置いて欲しい。水滴で本が濡れるといけないので、氷は少なめに。
そうだ、この本屋カフェの店主は、亡くなった父がいい。無口な人だから。
いらっしゃいませなどという言葉はいらない。おすすめの本の話もいらない。
ただ近くで、店主が、もくもくと静かに家具を組み立てている。ときに、本の場所を入れ替えたりもする。愛想もなくていい。
私は、父の選書を感じるだけでいい。言葉で説明してもらえなくていい。
珈琲は、紙のカップに入れて欲しい。席を移動したり、自由にこの店内を歩き回ったりしたいから。ソファー席とそこら辺に乱雑に椅子があるといい。
会話のない店主との絶妙な距離感で、心地の良い時間を過ごしたい。
対話をするのは、店主ではなく、本の中にいる作家としたい。
月曜日は、ジャズ。火曜日は、流行歌、水曜日は、昭和歌謡、フォーク。
知らない音楽を知りたい。曜日で流れる曲が変われば、気分も変わるから。
流れている曲名は、曲が終わった一瞬だけディスプレイに表示してほしい。
気に入った曲を確認できるから。
何時間いても構いませんとは言わないでほしい。せいぜい1時間にしてくださいと言ってくれて構わない。
2時間は少し長いから。混まないぐらいがいいから。
暗黙のルールで、大体1時間ぐらい居座ったら、帰るから。
そして、私は、この本屋カフェで、たまに本を買う。
それをほぼ息抜きにする。
亡くなった父の姿を描きながら、同じ場所で話すことはなくとも、時間を共に過ごせているだけで大満足だから。
一つだけ。カフェメニューを50回頼んだら、文庫本を1冊プレゼントしてほしい。
あったらいいなこんな店。
(おしまい)
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