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「奇特な病院2」思い込みの壁科

※連作短編小説ですが、1話でも完結します。

第38外来:思い込みの壁科(患者 吉田克己)

「困ってるんです」
 と話し出すと、吉本先生は言った。
「どうされましたか?」
「何を言っても聞き入れてもらえず、ストレスが溜まるんです」
「吉田さん自身が思い込みの壁に困ってるというころではないのですね」
「はい。私は、たぶん心広く、なんでも受け入れたいと思っています」
「そうですか。それは、難しい問題ですね」
「吉田さんは、どういう状態が良いとお考えですか?」
 吉本先生は、一蹴せず、話を続けてくれた。
「分かり合いたいのです」
「分かり合うとは?」
「つまり話を相互に理解し合いたいと考えています」
「やはり難しいですね」
「難しいですか?」
「はい。吉田さんご自身の性格や資質ならなんとか変えることができるかもしれませんが、他人を変えるのはとても難しいです」
「そうですか。では、この思い込みの壁科は、そういう相談には乗れないと?」
「そんなことはありません」
「えっ?」
「吉田さんの話を聞くことはできます」
「でも、他人は変えられないんですよね?」
「そうですよ」
「なら、意味ないじゃないですか」
「いやいや、それも思い込みです」
「他人は変わらないけど、吉田さんが楽になる方法を私と一緒に考えることはできます。まずはそこから始めませんか?」
「先生は、それでいいんですか?」
「何か問題ありますか?」
「いや、なんか思い込みの壁科の仕事じゃないような気がします」
「ああ、それは気にしなくていいです。私は、そんなこと気にしません」
「そうなんですか」
 先生は、にやりと笑った。
「それこそ吉田さんの、この科で何も教わることはない、という思い込みの壁じゃないですか?」
 先生は、得意げにそう言うと、別れ際に言った。

「お大事に」

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