ショートショート「ほんとうの目~正義編~」
すべてに正解は永遠にない。
正解は、変わり続ける。
しかし、常に本は永遠(とわ)にそこに。
ほんとうの目を持つ者よ、集まれ。と号令をかけたなら、どれだけのひとが集まるのだろう。
声をあげたので、人が集まってきた。水が手に入ると聞いて。
ほんとうの目を持つホントと、
陶酔の目を持つトウスイと、
老いた目を持つオイと、
若い目を持つワカイと、
心の目を持たぬナイがやってきた。
それぞれに自分こそはほんとうの目を持つと信じて疑わなかった。
だから、集まれと言われたので、集まった。
生きるために必要な水も手に入ると。
それなのに、あれれれ?
偽物が混じっているようである。
ホントは、集まったひとの様子を観察することにした。
水ばかり飲んでいるものだから、みんなでクッキーを作ろうということになった。
口の中の水分を取られるクッキーでも、作るためには水が必要だ。具材には、水は使わなくても、ボールやヘラを洗ったり、汚れた手を洗ったりするために必ず水を使う。水がなければ、清潔に保つことができずに、疫病が流行ったりするから。
雨が降りすぎて、町に水があふれる。あの水は、ホントが考える水とは、全く別な水だった。人を困らせる水と、命を救う水。
ホントは、ときどき、わからなくなった。
ほんとうの目を持ち続けるために、目をそらしちゃいけないと思う。
だけど、頭の中に投げ込まれた真実を探る目は、自分を強く傷つけ、疑いを生む。
そして、生きることはとても疲れる。求めれば求めるほどに。
ホントは、生きている理由など悩む必要がないと思う。
大抵、生きる理由に大差などないとホントは気づいている。
それでもなぜほんとうの目を持つ者をホントは探すのか。
朝起きても、食事をしていても、トイレに入っていても、ずっと頭の片隅で考えた。
ふと隣を見ると、同じように考えている人に出会った。そのときに、ヒントに気づいた。
なんだ、ひとりで見つけなくていい。
笑っていいんだ。生きていることを。
ワカイが牡蠣を食べてお腹を壊して、トイレに行きたがっていたことをホントは見破ることができなかった。トイレに行きたいのかなぐらいは感じた。
「トイレに行きたいの?」
聞かなければいけなかったのかもしれないとホントは後悔をした。相手の状況は、見ただけではわからない。痛みも同じこと。
ふいに不機嫌になることも、理由は、聞いてみないとわからない。
天候も、体調も、地球が自転するように変化している。
わからないんだ、他人になんて。
自分だってわかってないんだから。
ワカイは、急に怒り出した。
「お前ら、みんなくそだ!」
と言われたホントたちは、びっくりした。
オイは言った。
「あれが、若さだよ」と。
ホントは、またワカイの行動の意味を考えた。
ナイは何か出来事が起こるたびに、うろたえた。
ホントは良かれと思って、水をみんなに持って行った。
井戸の水だ。
オイは、昔、汚染された水を飲んだ。汚染されたと知らずに。
オイは、恐る恐るホントが差し出した水を飲んだ。
「汚染された水だという知識を持っていて疑ってしまうんだ」
とオイは言った。
ワカイは、オイのことを笑って、ホントが持って行った水とは違う自分で持ってきたコーラを飲み始めた。
オイはワカイにいじわるをして、
「それは汚染された水で作ったコーラだ」
と言ったが、ワカイは、オイを無視した。
トウスイは、ホントが自分に気があって持ってきたと思い、
「甘い水だ」
と言った。ホントは、戸惑った。トウスイは、オイやワカイの会話も聞かず、自分のことにしか興味がないようだった。
ワカイは、オイにいつも注意されるのを嫌がって、オイは、わからず屋だと言い出し、町を出ると言う。
オイは、そのことに対しても、文句を言って、ワカイは町を飛び出した。
それからのワカイは、惑い、失って、やがて自分だけを信じるようになり、オイの死に水を取ることもなかった。オイとワカイは、家族のはずなのに。
それからのオイは、経験だけを信じ続け、他人の意見が耳に入らなくなる。やがてホント以外に、話す相手も失った。
オイは、ホントが見つめる中、やがて死を迎えた。
そのとき、初めてワカイは、オイの存在と不在を同時に感じた。
ワカイは、ホントを頼ったが、ホントは、自分の苦しみの中にいて、ワカイの苦しみには役に立たなかった。
トウスイは、若くして、成功をおさめたために、聞く耳がない。自分しか見ない。
トウスイが若いときは、金の匂いを嗅ぎつけ、人は群がってきたが、年とともに、取り巻きは減り、今のトウスイは、愚痴の塊となり、醜く顔が歪んでいる。
ナイは、それらしいものすべてに影響を受け、常に、借り物の言葉をそれらしく口にする。
ホントは、大抵、人生は苦しいものだと思う。
だけど、考えることを諦めず、続けてきたホントは、たまに楽しいことを見つける。だから、苦しくても楽しい。
ある日、ワカイは、町に「正義の水」だと言って、都会の水を売り出した。
最初は、人は群がったが、ワカイの贅沢な生活を疎まれて、最後にはみんな「正義の水」を疑い、返金しろと言い出した。
やがて人は、水道水に「自分たちの水だ」と名前をつけた。
ホントは、その水に名前のないことに気づいていた。何も言わなかったけど。
それが、あの子とあの子の不幸を分けることにならないようにだけ願った。
ホントは、あのとき、号令に集まったひとの中にほんとうの目を持つものがいたのかどうかは、ホントが死ぬときまでわからないと思った。
ただ上に見るとか、下に見るとかそんな単純なことでもないのだと。
人の悲しみについて観察を続けると、多くのことを学べることがわかった。
正義は変わる。
生きていくのに、学ばないひとは、やがて孤独に陥ってしまったり、人を苦しめたりする。
ホントの大好きな時間は、本を読むことだった。
ホントは思った。
全部この目で、見尽くしてやろうと思っていますよ。最後に笑うために生きています。
(了)
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