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「奇特な病院」こんな目にばかり科

※連作短編小説ですが、1話でも完結します。

第32外来:こんな目にばかり科(担当医 宮城達郎)

「不幸の言い訳をする気はないと、強がりを言ってきましたが、次々に降りかかる不幸に、ふと前を向くのがつらくなったのです。つらいと思わないようにしてきたんですよ。こんな目にばかりと思ってしまったら、やりきれないから。頑張っても、頑張っても、報われない苦労の中で生きていく希望を見つけられなくて。ひどく自分が、惨めであると。気づいたんです。すべては優しさから始まったと。祖母の介護、さらには、親の介護、誰も手を差し伸べてはくれませんでした。家族だから当然だろうと。何もしてくれないのに、手が回らないことを非難されることもありました。なぜ私はこんな目にばかり合うのでしょうか」
 宮崎さんはそう言って、目に涙を浮かべた。
 俺は、その話を聞きながら、そういう人って多いんだろうなと。周りのことなんて構わずに、自分を押し通すような生き方をしている人には到底わからないであろう。苦しさが。
 確かにこんな目にばかり合ってと思って、生きていくのはつらいだろう。
 俺は、宮崎さんになんと声をかければ良かったんだろう。
 診察中に俺は、うなずくだけで、励ましの言葉一つ言えなかった。
 自分の思い通りに、すべての夢を叶えていく一握りの人の裏で宮崎さんのような人もいる。人と生きるのならば、自分が損をしながら生きていると感じることもそりゃあるだろう。
 誰も自分のことをみじめだと思いたくなどない。
 宮崎さんは、帰り際に、俺に向かって言った。
「この話ができただけで、遠くから来た甲斐がありました」
 さみしげな笑顔に、ますます俺は何にも言えなくなった。
 働いていたってそうだ。優しい人は、少なからずなんで自分ばかりがこんな目に合うんだろうと思いながら、過ごしている。
 そんな人ばかりが、この科を受診してくる。
 ここから突き進む科の患者さんたちとは、目が違っている。
 このこんな目にばかり科に来る人たちは、もうすでに満身創痍でへとへとになりながら頑張っている。俺の役目ってなんなんだろうな。
 やってくる人たちに、かける言葉がない。
「そんなことないですよ」
 違う。
「そんな風に言わないで」
 違う。
「どうか息抜きを探してください」
 やっぱり違う。そんな息抜きをしたから、改善するような問題ではこの科を受診しない。
「頼れる人を探しましょう」
 難しい。
 結局、俺に言葉は見つからない。
 最後は、患者さんの力を信じるしかない。

 どうかお大事に。

(第33外来は、平和を求める科です)

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