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書評「文庫版 地獄の楽しみ方」

書評「文庫版 地獄の楽しみ方」 京極夏彦著

 本好きな人なら、名前は知ってるであろう京極夏彦。私の認識では、なんか文庫本のコーナーに、ずでーんと幅を取っている小説家。ひたすらに分厚い本を書いている人という認識だった。なんとなくイメージで、怖い話を書いている人なのかなと。あくまでもイメージです。だけど、YouTubeのインタビューを目にする機会があって、見てみると、なんかおもしろそうな人だなと思った。つまり、興味を持った。それで、分厚い物語には、挑戦する余裕も時間もないが、なんかエッセイのようなものはないのだろうかと思い、見つけたのが、今回紹介する「地獄の楽しみ方」である。ehonで取りに行ったとき、見た感想は、「薄すぎない?」だった。だって物語だと、あんなに厚いのに、ギャップが。
 若者への講義をまとめたものだというが、薄いのに、とても読みやすいし、私には、腑に落ちる言葉がたくさん書かれていた。
 いくつか紹介しながら、思ったことを書いていきます。

「先ほどの「1」と「2」の間が欠けていたように、私たちが使う言葉も欠けています。多くを捨てているからです」(ℓ20)

 言葉とは本来不完全なもので、全てを言い表そうとしても、無理だと。悲しかったというだけでは、伝わりきれないものがあると。凄く私が好感を持ったのは、言葉に対して、こういうものかもしれないよという書き方ではなく、断言しながら書いていく。あれだけの長い文章を書く人だからこその言葉についてのしっかりした考えがあるのだと思った。

「言葉というのは多くの情報を捨てて、ほんのちょっと、氷山の一角程度しかものごとをあらわせない、そういう性質のものです」(ℓ26)

 私が急に怒り出したとして、どれぐらいの人が理由を当てられるだろうか。きっと当たらないんじゃないかと思う。だからって、一つ一つ説明していっても、なかなか理解してもらえない。でも、なんか言葉はそんなに伝えなくても、感じ取ってくれる人もいるからそれはそれで不思議なんだけど。

「人間は自分の聞きたいところしか聞かないし、きいてもわからないところは、自分で勝手に埋めているんですね。言葉を発するほうは、すごく不完全なものしか発することができないし、受け取るほうは、それを過剰に膨らませて受け取らないとわかった気がしないんですよ」(ℓ30)

 人の話って、自分にわかるところしかわからない。相手は同じに思って欲しいと思って話すのだろうけども。私もそう思う。痛みや苦しみは、人には基本的には伝わらない。

「みんな勘違いをしているんです。自分の気持ちは必ず伝わると思っているんです。でも、その自分の気持ちさえ言葉にはできないんですよ」(ℓ41)

 私は、小説を書くことが好きだから、言葉にすることについては好きというか。考えてきたことも多いし、本を読まない人よりは、少しは、自分の言葉を伝えられるように努力しているつもりだけども。それでも言葉を使いこなすのは難しい。楽しいけど。

「傑作になるかどうかは読者によるんです。いい読者にめぐり会えた小説のみが傑作として伝えられるんです。それだけのことなんです。すべて読者にかかっているんです」(ℓ55)
 
 京極夏彦の言うように、そこには、「行間から何かを汲み出し」(ℓ55)やっと読者が、傑作だと決めるのだと言う。
日常でも誰かが、書いた言葉、伝えたいこと、その場の雰囲気、話している人の様子、それらの多くの情報を感じて、やっと少し人の気持ちがわかった気になる。伝わる、それには、相手の理解力も必要なのだろう。

「みずからのことであるにもかかわらず、不完全な言葉を採用してしまったがゆえにその言葉が持っている別な意味を過剰に抱え込んでしまい、結果、非常によろしくない思い込みにとらわれ、目が曇ってしまう人のいかに多いことか」(ℓ59)

 誰かと分かち合えたように感じるとき、きっとその言葉だけではなく、何かを受け取る。
しかし、認識が違いすぎると、勘違いされるのも言葉なのだとこの文章を読んで感じた。

「言葉は、心以外には効きませんがー心にだけは効くんですよ」(ℓ70)

 私は、小説家になりたいから、言葉の力を信じる。きっと伝わるように書けば楽になると。

「言葉に対する感性を磨いていくと、面白がれる本がどんどんふえていきます」(ℓ112)
 
 そうなんです。言葉に触れる機会を増やすと、こういう感情は、こんな風にも他人は感じるのだなとだんだんわかってくる。言い当てられたような気持ちになることも多い。

 言葉って本当に不思議だと思う。だけど、この本を手に取ったとき、またなんか言葉についての考えがパワーアップしたように感じた。570円(税抜)で随分楽しんだ。

「語彙をふやすこと。それを使いこなすわざを身につけること」(ℓ115)

 語彙力って、きっと自分の気持ちを伝えるときに、どんな言葉をチョイスして、相手に伝えるかとても重要なアイテムだ。
 そして、この本を読んで思ったのは、きっとあんだけ長い物語を書くのは、言葉についてこれだけ考えているからなのかもしれないと思った。

「大変だ」の一言だけで終わらせたりせずに。

薄くて読みやすいし、お得感はある本だと思いました。おすすめです。

(おしまい)


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