紙ライターがWebライターになって紙ライターに戻った話。最終回
怒濤のいす●“学園な自分の5カ月間を記録しておきたくて書き始めたこのnoteも、最終回を迎えました。
思い返せば、子どもたちの児童手当を使い切ってなお老後の貯金もしていなかった夫との離婚を決意した2018年10月末から、ライターをしていた雑誌の廃刊、慣れぬ就活を乗り越え、ようやく辿り着いたのが今の仕事です。
時給が数十円だった頃から比べれば天国としか言いようがありません。
今はコロナの影響で時短になり受注が減っていますが、それでもパート代くらいは稼げているありがたい状況。
あとは自己研鑽を怠らず、クビにならないように努めて、子どもたちを大学まで出してやるのが私の責任です。
お仕事をくださる本社の方々、子どもたちを預かってくれる保育園、塾への送迎を手伝ってくれているママ友に感謝して、頑張っていきます。
さて仕事の内容ですが、すぐ身バレしそうなので詳細は言えず申し訳ありません。
最終回となる今回は、これまでの仕事歴まとめと現在の仕事の環境を描いてみようかなと思っています。
あと、肝心の認定ランサーになったタイミングを書いていなかったので、最後に書き足しますね!
2018年 年収18,092円
4月 ようやく育休明けを迎えたところで創刊からお世話になった雑誌が廃刊。職を失ったかつてのライター仲間に会う。皆の窮状に焦り血迷ってプログラミングスクールで通信教育を受ける。40万超の出費は2年後までローンが続いた。
□月給……0円
10月 プログラミングで生計を立てるのは無理と諦める。夫との関係崩壊。
□月給……0円
ここから先は
1,473字
¥ 100
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?