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小さな箱と線の世界から抜け出す方法

 仕事をするにあたっては、まず最初に組織図を拝見するようにしている。どんな構造の中で、どのくらいの人たちが動いているか、が分かっていなければ何をするにしても的を得られない。どこまで誰に働きかければ良いかも分からないままだ。あっという間に五里霧中の只中に居ることになる。

 組織図はあくまで組織を理解するための見取り図であって、拠り所にはならない。むしろ、やっかいなほうの前提にはなる。「ここには話を通しておかなければ、おそらくややこしいことになる」といった建前として必要な仕事が埋め込まれている。
 それでいて仕事の本質にむけては、組織図は役に立たない。箱と線に沿って仕事をしていれば結果が出るわけではない。そんなことは組織の当事者たちにとっても自明のことだ。だから苦労している。
 建前と本質。領域と領域。いろいろなものを使い分けながら、境界でどういう振る舞いが求められるか、考えて動く。より考えて動いている人は結果を残す。その一方で、考えすぎると動きが遅くて、結果が出ない。

 組織の境界のダンスが辛うじて踊れているうちはなんとかもなるが、中には、組織の本質に迫らなければならないような、大型の話(例えばDXとか、「戦略」の名がついてくるもの)も出てきたりする。境界の調整ではどうにもならなくなっていく。動きようがなく、やがて止まる。

 そうした有様を大きな組織の「病い」と呼び、外野にいるひとたちは外からあれこれと想像をめぐらして、もっともらしい推測を立てる。だいたい行き着くところは「トップがコミットして」「トップが動かないとだめ」といった、何十年も昔から本に書いてある結論へとたどり着かせて、終わる。

 ここで私達はひとつのことに気づかねばならない。自分たちがいかに無意識のうちにヴァーチャルを頼りにしてしまっているかということを。

 冷静に考えてみてほしい。冒頭にあげた組織図は「ヴァーチャル」だ。この箱と線で何千、何万人の人間の世界を表現できるはずがない。組織で必要な、伝え、受け止め、ともに動き、結果を出すという複雑なコミュニケーションについて何一つ書き表せていない。

 しかし、不思議なことに組織図を眺めていると思えてしまう。目の前のマネージャーに伝えれば何百、何千の人間に伝わっていくだろうという根拠のない思い込み。逆に自分より上の人間は、千里を見渡し、状況にフィットした打ち手をほぼリアルで取っていけるはずだという妄想。組織図が、ありもしない"神の目"を至るところに作り出してしまう。実のところ、自分の間合いの少し先については何も見えていないというのに。

 このことを思い出させてくれたのは、意外とオンラインミーティングだったりする。組織の階層を物理的に実装したのが、オフィスのフロア設計であり、荘厳な応接間であるのだ。そうしたものが仕事のリモートワーク、オンライン化に移行したことで取っ払われ、残ったのはフラットな「参加者一覧のビュー」だった。
 必要以上に荘厳に見えていた階層がそこまででもないということを思い出させてくれたはずだ。それに不快感をもつ人もいたのだろう。それでも階層を意識させようとしたオンライン会議サービスが出たくらいだ。

 つまり、私達がチームという範疇を越えて仕事をするとき。5人から先の10人。10人から先の100人。100人からさらにその先。知ってもらうべきことを伝え、受け止めてもらい、ともに動き、結果を出していくということがとんでもなく難しく、不確実性の高い行為だということを思い出さなければならない。そうでなければ、お互いにヴァーチャルの下、妄想の霧の中、常に迷子になり続ける。
 何か言ったら伝わる、という思い込みをまず捨てるところから始めようぜ。自分がどんな"ゲーム"をしているのか、見失って勝てるほど簡単な仕事をしているわけではないのだから。

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