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Minimal

Minimal、つまり「最小限」。そういう生活を志向して、僕自身のライフデザインを見直してゆく…

少しずつ でも本格的に始めてみた。

まず、クルマを止める。だから在来交通機関が豊富な大都市の都心に暮らすようにした。その上で通勤をなくし、自営業である僕の「事務所」を止めて、いわゆるSOHO(懐かしい言葉)のスタイルに変更した。アシスタント制を止めて、その部分をコンピュータソフトに切り換え、経理も含めてなんでも自分と奥さんでできるようにした。

そして、一日、一件以上のアポは入れず、腕時計は止めた。市長に会うにもTシャツにジーンズ、これに必要なときはジャケットを羽織るくらい。

(冬用のコートは持っているけれど)

倒れて以来(倒れたのは2010年)「会って打ち合わせ」も徐々に減らして。今は年間40日ほど。もともと複数者による「会議」というスタイルのをあまり持っていなかったので、ズーム的なサービスの必要もなく、やりとりはほとんどメール。つまり、リモートワークが世間に認知される前からリモートワーク。営業上の「飲み」もやめて、新規開拓も「ネットから」。世間の方では「変わり者」と煙たがっているのだろうけれど、そこは「余人を持って替え難い」仕事をすることでなんとか、耐えてきた。

そういう状況になったので、電車にも乗らなくなり「これから」の状況も鑑み、数年前に「郊外」へ引っ越し。

今、僕の仕事部屋にあるのはパソコン、DTM、映像に関連する若干の機材。書籍、以前から録画しておる資料用のDVDやブルーレイ。これもいずれクラウドに入れてしまうつもり。書籍はやがて「図書室」として解放できるように準備している。打ち合わせ用にと、一応、接客用のテーブルセットは用意してあるが、実際には誰も来たことはなく、奥さんとの食事用のテーブルになっている。

レジャーも「散歩」。遠出しても電車で往復して1日で帰ってこれる範囲内。飛行機、新幹線には乗らない。コロナ災禍以降は散歩も「ご近所」に限られたけれど、街は、毎日、表情を変えるので飽きることがない。

気がつくと「世間」からかなり距離を取ることに成功していて、ストレスからずいぶん解放されもした。「お金で買う」を抑えられたので、その分、仕事を減らすこともできた。今は「農は嗜み」と自給の畑もやり始めている。80年代には、ご多聞にもれず、なんとも過飾な消費生活だったから、思えば遠くへ来たもんだという感慨がある。

あの頃がとても恥ずかしくもある。

それにしても世間と対話しながら、ここまで来るのに、あっさり20年以上はかかった。世の中は今も「便利」が美徳であり「お金を出して買う」がデフォルト。その環境下にミニマルを実現するのが、一番、大変だった。僕が「組織人」だったら実現は不可能だったろうし。

もともとフリーランスだったということは、そういう世間から距離をとりたいという意思が強かったんだとも思う。でも、ここまでライフデザインをいじるのは、ちょっと大変だった。

それが「世間」とミニアルの関係なのかな。

雑誌が、それをミニマルと呼ぶようなファッションに身を包む、その実、フツウの消費者になるというなら、話しはまた別だけれど。

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