以下は、戦争研究所(ISW)の9月1日付ウクライナ情勢評価報告から、その記述の一部を引用し、それに日本語訳をつけたものである。なお、記事中の地図は、報告書添付のものを使用した。
日本語訳:
ウクライナ国防省情報総局(GUR)キリロ・ブダーノウ局長の報告によると、ロシア軍はウクライナ南部でのウクライナ軍反攻に抵抗するために、現在ルハンシク州戦線にいる部隊を横滑り的に配置転換する目的で、新たに創設した「予備軍」(第25諸兵科連合軍)に属する部隊を戦場に投入したとのことだ。8月31日、ブダーノウは、ロシア軍がクプヤンシク方面の第41諸兵科連合軍(中央軍管区)隷下部隊と置きかえる形で、新設の第25諸兵科連合軍 (東部軍管区で編成されたと伝えられている)に所属する部隊を前線に投入にしたと述べた。また、第41諸兵科連合軍(41 CAA)隷下部隊がウクライナ南部のどこかに「緩慢に」再展開し始めたとも述べている。41 CAA隷下部隊である第35独立親衛自動車化狙撃旅団と第90戦車師団は、失敗に終わったルハンシク州における2023年ロシア軍冬季攻勢に加わっており、その後も今に至るまで、スヴァトヴェ〜クレミンナ線で限定的な攻勢任務を継続して遂行してきた。これらの部隊は戦力が低下している可能性が高く、また、戦域全体のロシア軍前線部隊と同様に、旅団・連隊レベルでのローテーションがないまま、任務を遂行している可能性も高い。ISWが以前、評価分析したように、作戦予備戦力の欠如により、ロシア軍統帥部はさらなる横滑り的部隊再配置を実施せざるを得なくなり、戦線上のどの地区を優先するのかという厳しい決断を迫られることになったのだろう。ロシア軍統帥部は、新編でおそらく質の低い、もしくは戦力不足だと思われる25 CAAをルハンシク州に投入して、相対的に戦闘力の高い41 CAA隷下部隊をウクライナ南部で使えるように自由にした模様だ。ブダーノウは、25 CAA隷下部隊はもうすでにルハンシク州での戦闘に加わっていると述べている。
日本語訳:
第25諸兵科連合軍の当初の展開予定期日は2023年12月であり、それより早く急いで投入されたことを考えると、この部隊が大規模な戦闘を実施できる能力を有している可能性は低い。6月末、ロシアのセルゲイ・ショイグ国防相は、ロシア国防省が「予備軍」を創設したことを発表したが、おそらくこれは25 CAAのことと思われ、この部隊は5月中旬にロシア極東地域での募兵を始めていた。報道等の情報によると、25 CAAは合計3万人の職業兵士で構成される2個自動車化狙撃師団からなり、そこに具体的な数は不明だが、戦車大隊と砲兵大隊が加わるとのことだ。だが、現時点で実際にどの部隊の編成が完了したのかは不明だ。ブダーノウのコメントによると、ロシア軍は25 CAAを「戦略的」予備として編成しており、2023年10月もしくは11月以前に戦闘態勢が整う部隊とする意図はなかったという。ロシア連邦プリモルスキー地方ダルネゴルスクの行政官の一人は、6月5日に25 CAA用の募兵広告を投稿した。その広告には、25 CAAは9月1日から12月1日まで兵員訓練を行い、その後、ザポリージャ州かヘルソン州に送られる予定だと書かれていた。ただ、ブダーノウが言及した10月もしくは11月という期日に関する報告や報道を、ISW自身では確認していないが、このコメントを疑う理由もない。ウクライナ軍作戦総局オレシキー・フロモウ副局長は7月5日に、25 CAAは少なくとも2024年まで戦闘即応態勢が整わないだろうと述べた。ブダーノウは、ルハンシク州にすでに到着した25 CAA隷下部隊は人員不足かつ訓練不足だと述べたが、これらの部隊が取り急ぎで投入されたことを踏まえると、驚くべきことではない。ISWは今のところ、25 CAA隷下部隊がルハンシク州で行動中であることの事実確認を取れておらず、25 CAAの投入規模もブダーノウのコメントからははっきりと分からない。予定より5カ月も早くウクライナに送られた25 CAAの現在の規模と戦力は不透明である。おそらくこの部隊は極めて人員が不足しており、額面上の2個師団分の戦力に達していないと思われる。もしくは、2022年秋に動員されたロシア軍部隊の第一波部隊とほとんど同じくらい訓練不足である可能性も高く、さらに上述の要素がすべて含まれている可能性も高い。
ロシア軍統帥部は、ルハンシク州に戦闘能力の低い部隊を送ることを耐えられるリスクとみなしている可能性が高く、それは、ルハンシク州戦線の大部分での作戦進行ペースが、相対的に緩慢であることを踏まえてのことだろう。ここ最近のことだが、8月下旬に第76親衛空中強襲師団(第76親衛VDV師団)をルハンシク州クレミンナ地区からザポリージャ州西部ロボティネ地区へと横滑り的に配置転換したことは、戦線上のこの地区が比較的平穏であるとロシア軍統帥部がみなしている可能性の高さを、さらに示している。ウクライナ軍は戦線上のほかの地域と比べて、ルハンシク州では限定的な地上攻撃しか行っていない。
日本語訳:
ロシア軍がさらに横滑り的部隊配置転換を実施し、作戦予備とされていた戦力を取り急ぎ投入したことは、短期的な増援戦力の必要性を優先して、長期的に計画された戦力再建への取り組みを遅らせていることを示している。41 CAA隷下部隊のウクライナ南部への配置転換は、6月にウクライナ軍反攻が始まって以降3度目になるロシア軍の大規模な横滑り的部隊配置転換であり、ここ数週間では2度目となる。ウクライナ南部での防衛任務にあたっている師団規模のロシア軍部隊(場所によってはもっと小規模編制)は、ウクライナ軍反攻開始以降、ローテーションなしで防衛任務を続けており、これらの部隊はウクライナ軍の進撃を阻むために、相当な規模の物資、人員、労力を注ぎ込んできた。ここ数週間のスパンで2度目の横滑り的部隊配置転換があったということは、ロボティネ周辺でのウクライナ軍の進撃を見て、ロシア軍防衛能力の安定性に関する懸念がロシア軍のなかで高まっていることを示している。25 CAAの創設は、新たな大規模地上軍編制を数個創設するという、2023年1月に発表されたショイグの長期目標の一環であった可能性が高い。そして、ロシア軍防衛網に穴が開くのを防ぐために25 CAA隷下部隊を投入することは、ウクライナ軍の戦線突破という差し迫った脅威が、上述の長期的な取り組みに取って代わるほどに深刻であることを示唆している。