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【論考紹介】咀嚼できるものを噛みちぎる:消耗戦環境を理解しているウクライナ(by Robert Rose)

本記事は、「咀嚼できるものを噛みちぎる:消耗戦環境を理解しているウクライナ」(Robert Rose, “BITING OFF WHAT IT CAN CHEW: UKRAINE UNDERSTANDS ITS ATTRITIONAL CONTEXT”, War on the Rocks, 26.09.2023)の紹介記事になります。著者のロバート・ローズ氏は米陸軍少佐で、訓練機関での勤務、アフガニスタンでの戦闘経験がある人物です。

2023年6月から始まったウクライナ軍の反転攻勢作戦に関して、その戦い方の拙さを指摘する声があります。そのような見解を指摘する人々はしばしば、ウクライナ軍がNATO流の(米軍流の)戦闘様式に習熟していない、ウクライナ軍はNATO軍や米軍のような戦い方ができていないと述べますが、ローズ氏はそのような指摘を否定的に捉えています。

以下、この論考の流れに沿って、内容をまとめていこうと思います。


アフガニスタンでの経験、そしてウクライナ

アフガニスタンでの戦いに機動(maneuver)の余地はなかった。2012年になるころには、タリバンは米軍の動きを封じるように即席爆発装置(IED)を仕掛けるようになった。特に遮蔽箇所にIEDを仕掛けるようになった。タリバンに待ち伏せ攻撃をされた際、遮蔽箇所に向かうのは自殺行為だ。撃たれたらその場に腹這いになって、撃ち返すというのが最善の対応になった。だが、これは「米軍のあらゆる訓練内容に反する」対応だ。しかし、アフガニスタンの戦闘という文脈では、これが正しいアプローチだった。

ウクライナ軍はもっと大きな障害に直面し、その機動を阻害されている。その結果として、「ウクライナ軍は自身の戦いに即した消耗戦的アプローチを追求している」。ウクライナ軍は“諸兵科連合機動戦(Combined arms maneuver)”を実行できていないと批判する米国政府当局者がいるが、このような人たちは「ウクライナの現在の状況がもつ重要性を理解していない」。この戦争を外部から見ている者は謙虚になるべきだ。諸兵科連合機動戦を強く推す者はなおさらだ。なぜなら、「戦争において文脈は重要で、米軍はウクライナが直面している文脈下で優位に立てるように訓練されていない」からだ。

諸兵科連合機動戦という言葉は、使い勝手のよい文句になっている。そもそも“諸兵科連合(Combined arms)”というのは、さまざまな能力を組み合わせることで、単純な各能力の合計以上の能力を発揮することを意味している。つまり、能力を組み合わせることで、各能力の弱点をかばい合うことができるということだ。このようなことは、トトメス3世のメギドの戦い(紀元前1457年)にだって見られる。さらにいえば、「諸兵科連合は機動戦(maneuver)だけに結びつくものではない。機動戦にとっても消耗戦にとっても有益なのだ」。

機動戦と消耗戦

“機動(Maneuver)”は、古くからある概念にあてられた新しい言葉だ。この概念のポイントは、敵の一体性の破壊にある。また機動は、よく混同されるのだが、単なる移動ではない。機動の概念を理解するために、1989年の米国海兵隊のドクトリンをみるとよい。

機動戦は、敵が対応できないような、急激に悪化する混乱した状況をつくり出す、一連の迅速で破壊的な予期不能な行動を通して、敵の一体的結合を解体することを追求する戦闘思想である。

FMFM 1  Warfighting
FMFM 1  Warfighting
(https://www.cmc.marines.mil/Portals/142/Docs/FMFM1.pdf?ver=3RqpUJc9N2Faf-6kyDTPNw%3d%3d)

機動戦と消耗戦は、戦闘様式の両極端に位置し、あらゆる戦闘はその両極の間のどこかに位置する。消耗戦は自軍有利な損耗率で敵を物理的に削っていくことを追求する。消耗戦は累積的破壊に重点を置き、単純な作戦を可能にする。その結果、予測可能性は相対的に高くなり、脆弱性は最小化される。

ソ連の軍事理論家ゲオルギー・イセルソンは、現代戦は運動戦で始まる傾向があることを理解していた。そうなる理由は、戦争が防御側の準備が整っていない状態で、つまり攻撃側の奇襲で始まるからだ。だが、緒戦期に勝敗が決しない場合、戦争は膠着する傾向がある。彼我双方が動員し、連続的な縦深陣地を構築してしまうからだ。

機動戦の典型例として、第2次世界大戦初期のドイツの勝利が取りあげられるが、その勝利の理由には特有の理由がある。不完全な動員と脆弱な前方配置が仇となったポーランド。ベネルクスへ主戦力を突進させ、側面の間隙をドイツに突かれたフランス。脆弱な陣地に戦力を前方配置したソ連。だが、1943年のクルスクでは、状況が異なった。完全に動員を済ませたソ連は、縦深陣地と地雷原を用意して効果的な防御戦術を用いることで、ドイツ軍の突破を阻止した。

第2次世界大戦の後半は、西部戦線においても消耗戦的アプローチが戦争の文脈になった。米軍のアイゼンハワーが追求した“広正面戦略”がそれである。ドイツ軍がつけ込んでくるかもしれない脆弱性を最小化し、米国の物質的優位を活かすには、消耗戦のほうが適していた。

なお、米軍が縦深陣地に直面した最後の例が、朝鮮戦争(1951〜53年)だ。開戦初期は大きく戦線が動く戦争だったが、中国の介入と国連軍の兵力増派によって兵力密度が高まり、戦線は膠着した。このような文脈では、国連軍側に航空優勢があっても、米国が機動戦を求めることはなかった。

消耗戦環境に備えていない米軍

米軍の訓練がウクライナ軍成功の鍵とみなそうとする見解が存在するが、ウクライナ軍が2014年以降直面している状況を米軍が理解し、それを踏まえた軍事的知見を米軍がウクライナ軍に提供しているのかどうかは不明だ。

ウクライナ軍は現在、反攻作戦を進めており、そのなかで同軍は消耗戦的アプローチを追求している。それは適切なアプローチといえる。そして、「米軍はこの種の消耗戦闘向けの訓練を実施していない」。さらにいえば、ウクライナ軍の攻撃時のミス、例えば不適切な砲撃のタイミング、地雷除去ゾーンを特定できない車両といったものは、米軍の訓練において、ほぼすべての旅団にみられるミスだ。また、イラク侵攻時の2003年を最後に、米軍は師団の全部隊が参加する演習を実施していない。旅団全体での演習回数も多くない。そして、高密度の地雷原、集中的な砲撃、敵側の作戦レベル予備戦力の存在といった、ウクライナ軍が直面しているような想定での訓練は行っていない。

米空軍も敵地後方の高価値目標への攻撃に重点を置いており、近接航空支援を軽視している。さらに陸軍砲兵も、縦深攻撃に専念するため、師団レベルに集約されている。ウクライナ軍が消耗戦アプローチをとるなか、小部隊による効果的な諸兵科連合戦力を運用しているが、米軍にはそのようなものはみられず、反対にアセットを中央集権化する方向で動いている。このようなアプローチは1930年代のフランス軍と似ており、当時のフランス軍と同様に意思決定と作戦遂行ペースを遅くする結果をもたらすだろう。一方でウクライナ軍は、歩兵部隊・砲兵・無人航空機をウーバー・アプリに似たアプリによって結びつけることで、脱中央集権化を図っている。結果、ウクライナ軍のアプローチは、迅速かつ柔軟な戦闘様式を生み出している。

ウクライナ軍は大規模な諸兵科連合戦闘ができていない」という批判がある。ウクライナ軍は、単一軸上で戦力を集中させる突破行動を試みずに、3軸で戦力を分散させた攻撃を行っていると批判される。だが、連続的に配置された縦深陣地を攻略することの困難さは、アレクサンドル・スヴェチンやウラジーミル・トリアンダフィーロフといった戦間期ソ連の軍事理論家によって、詳細に検討されている。そして、このような防御網を打ち破るためには、戦力を単一軸に集中させてはならない。

自軍が開けた単一軸の突破点に、敵軍がその予備戦力を集結できないようにする目的で、複数軸で攻撃を行うことの価値を、戦間期ソ連の軍事理論家たちは理解していた。彼らは複数の突破を伴う広正面攻勢の例として、1916年のブルシーロフ攻勢に光を当てている。この複数の突破はオーストリア=ハンガリー軍の予備戦力を混乱させ、それを打ち負かした。ウクライナ軍は現在、同様のアプローチを試みている(…)

Robert Rose “BITING OFF WHAT IT CAN CHEW”
1916年  ブルシーロフ攻勢
(https://www.westpoint.edu/sites/default/files/inline-images/academics/academic_departments/history/WWI/WWOne35.jpg)

噛みついて保持(Biting and Holding)

第1次世界大戦時のオーストラリアの将軍ジョン・モナッシュは1918年、同時並行的に協調の取れた、小規模な攻撃を行った。モナッシュは兵員の命を大切にし、戦争初期よりも好ましい死傷率で攻撃を遂行するために、このような戦術を用いた。これは現在のウクライナ軍の戦術と似ている。ウクライナ軍は重厚なロシア軍防御網に対処するため、「諸兵科連合アプローチに基づいて、戦車と砲兵の支援を受けた小規模の歩兵によって攻撃を行っている」。

1918年までに連合軍は、一点突破的な大攻勢の犠牲の多さと無意味さを認識するようになった。単一軸に戦力を集中して攻撃しても、大規模な作戦予備を抱える縦深陣地を突破することはできないことを理解するようになったのだ。1917年までに、ドイツ軍は敵の突破行動をうまく吸収してしまう弾力防御戦術の開発に成功していた。ドイツ軍の弾力防御の特徴は以下だ。

  • 塹壕第1線には少数の兵力を配置する。敵砲兵の弾幕射撃による損害を最小化するためである。

  • 第1線以降の塹壕に配置された部隊は、攻撃側が支援砲兵の射程外、兵站支援の範囲外まで突進して攻勢限界を迎えたのち、攻勢軍の脆弱な側面に対して反撃を行う。

これはまさに、ロシア軍がウクライナ軍に対して行っている弾力防御戦術の基礎となるものだ。

このドイツ軍の弾力防御に対抗して、英国軍部は“噛みついて保持”アプローチを発展させた。それを完成させたのが、上述のモナッシュ将軍だ。“噛みついて保持”の要点は、ドイツ軍第1塹壕線を確保したら、そこからの戦果拡張前進を行わないことにある。前進しない代わりに、確保した陣地で防衛態勢に移行し、そこでドイツ軍の反撃を迎え撃つ。“噛みついて保持”は、ドイツ軍の薄く兵力配置された第1線陣地に対する優位を確保し、かつ、攻勢限界を迎えるリスクを抑える。これによってもたらされたのは、ドイツ軍が弾力防御戦術を破棄する、もしくは消耗を招く戦争のなかで徐々に負けていくという可能性だった。

少しずつ敵を削っていく連合軍とは異なり、ドイツ軍は1918年の春季攻勢(カイザーシュラハト)で、一大突破を試みた。戦術面では、ドイツ軍は突進部隊の迅速な機動に基づく浸透戦術を用いた。この戦術を用いたドイツ軍は、東部戦線におけるリガ攻勢とイタリア戦線でのカポレット会戦で、一方的な勝利を得ていた。このようなドイツ軍の攻勢スタイルは、多くの識者がウクライナに期待したものと似ている。

ドイツ軍の事実上の総司令官だったエーリヒ・ルーデンドルフが理解していなかったことがある。それは、消耗戦が基調となっていた西部戦線という文脈において、「一回の戦いで決する決戦的殲滅戦は起こりえない」ということだ。ドイツ軍は攻勢当初、英仏軍間の脆弱な境目につけ込んで戦果をあげた。だが、攻勢が続くなか、連合軍が予備戦力を投入すると、ドイツ軍は出血し、消耗していった。この春季攻勢は、ドイツ軍それ自体をすり潰したのみならず、戦争に勝利するという希望もすり潰すことになった。

1918年  ドイツ軍春季攻勢
(https://www.westpoint.edu/sites/default/files/inline-images/academics/academic_departments/history/WWI/WWOne18.jpg)

自身に謙虚であれ、ウクライナに信を置け

米国は、劇的な勝利を求めて、ウクライナにハイリスクな戦い方を押しつけるべきではない。軍事史家のハンス・デルブリュックは、ルーデンドルフがたった一回の決定的な勝利という考えに基づく殲滅戦を行おうと試みたと考えている。また、ルーデンドルフは、19世紀の戦争とは根本的に異なる第1次世界大戦の戦略的な文脈を理解していなかったとも主張する。デルブリュックは、殲滅戦略と消耗戦略を対比する。後者は、軍事・政治・経済といったあらゆる側面で敵を徐々にすり減らしていくことを追求する。それは、戦争という行為がもはや意味をもたないところまで続く。このデルブリュックの見解を踏まえて、今のウクライナを考えてみよう。その結論は以下だ。

ウクライナは、帝国主義的征服戦争に反対するあらゆる国家の支援を受けて、広範な消耗戦略の一環として、消耗戦的作戦アプローチを追求すべきだ。

Robert Rose “BITING OFF WHAT IT CAN CHEW”

このような戦略は、ロシアにとって有利な状況を招きかねないと考える人もいるかもしれない。しかし、完璧な戦略プランなど存在しない。大切なことは、ロシアの戦力を破壊していくことにある。それも、ロシアが失った戦力を埋め合わせることができない損耗率のもとでだ。ウクライナが時期尚早に機動戦を求めてしまうと、反対にロシアはウクライナを消耗させてしまうだろう。消耗戦略は、SNSで盛り上がるような派手な勝利ではない。継続的な適応競争が伴う、ゆっくりと少しずつ削っていく類の戦いになるだろう。

だが、この戦略はある時点で劇的な勝利の機会をウクライナに提供することになるかもしれない。同じことが1918年に起こった。すり減らされたドイツ軍が崩壊し始めたとき、連合軍は集中的な大攻勢に成功した。逆にいえば、敵軍が消耗し切る前に大規模機動戦を行おうとすることは、自殺行為になる。

ウクライナに必要なのは、必ずしも魅力的とはいえない消耗戦の追求だ。そして、私たちは、侵略者たるロシアをウクライナが削り尽くすまで、ウクライナを支援する覚悟をもたねばならないのだ。

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