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【内容紹介】ISW ロシアによる攻勢戦役評価 1935 ET 12.12.2023 “ロシア軍秋季攻勢に関する米国情報当局の評価”

戦争研究所(ISW)の2023年12月12日付ウクライナ情勢評価報告書によると、米国の情報当局は12月12日、機密扱い解除されたウクライナ情勢評価分析の内容を議会に示したとのことです。そのなかで米国情報当局は「ウクライナ東部におけるロシア軍攻勢作戦は西側のウクライナ支援の弱体化を目的としているが、甚大なロシア軍の損失という結果しかもたらしておらず、戦場において作戦的に重大な戦果をロシア軍はあげることができていない」という評価分析を示しています。

この米国情報当局の評価分析内容に関して、ISWは「ロシア側の甚大な損失と作戦上重要なロシア側戦果の欠如という評価は、ISWの評価内容と一致する」と述べています。なお、ロシア軍によるこの秋からの攻勢の目的に関してISWは、「ウクライナ戦域全体での主導権を取り戻そうとする試み」と位置づけています。

さて、米国情報当局の評価内容に関して、ISWはもう少し詳しく紹介していますので、その内容をみてみましょう。

米国国家安全保障会議のエイドリアン・ワトソン報道官の発言とされるものによると、ロシア軍は2023年10月にアウジーウカ方面で攻勢作戦を始めて以降、13,000人の死傷者を出し、220両の戦闘用車両を失ったとのことです。そのうえでワトソン報道官はロシア側の意図に関して、次のように指摘します。

冬の間の軍事的「デッドロック」状態は、ウクライナへの西側支援を使い果たさせることにつながり、ロシア軍に甚大な損失が生じ、ロシア軍の訓練済み兵員、弾薬、装備の不足が続いたとしても、ロシア側に優位性をもたらすことになると、ロシアは確信しているようにみえる。

Russian Offensive Campaign Assessment, December 12, 2023, ISW

ここでワトソン報道官が指摘していることは、ウクライナとロシアがともに消耗していくのなら、その消耗はロシア有利に働くと、ロシアは考えているということなのでしょう。

この米国情報当局の評価を踏まえ、ISWは、西側でのウクライナ支援に関する議論が起こったタイミングに合わせるかたちで、ロシア軍が秋季攻勢を始めた可能性があると指摘します。ISWがこのように考える理由に、ウクライナの秋が地上戦に不向きな季節(泥濘期)であるということがあります。ロシアが消耗戦的攻勢を行うに際して、あえて泥濘期を選択したのには、何らかの理由があるはずです。

10月10日にロシア軍はアウジーウカ攻勢を開始し、それ続いて、ウクライナ東部の各所で局地的な攻勢を活発化させました。一方でウクライナ側は、その間に自身の判断で反転攻勢の縮小に取り掛かっています。ロシア軍はウクライナ側の攻勢ペースの減退を受けて、冬が深まるのを待たずに攻勢を仕掛けたことになります。

ウクライナ軍の反転攻勢の勢いが弱まり、それを受けて西側でウクライナ支援のあり方に関する議論が増した時期と、ロシア軍が秋季攻勢を開始した時期はおおむね一致します。これが偶然の一致ではない可能性があることを、ISWは次のように説明します。

ウクライナへの西側の安全保障支援を抑え込むことを意図した長きにわたる情報工作を、クレムリンは組み立て実行している。そして、ロシア軍統帥部が、このような情報工作はますます多くの見返りをもたらしていると判断した可能性があり、また、主導権を得ようとするロシア軍の取り組みが、ウクライナ支援に関する西側の議論をさらに促進させうると判断した可能性もある。

Russian Offensive Campaign Assessment, December 12, 2023, ISW

また、「これまでもロシア軍は戦場における作戦上の目標の達成を目指す代わりに、西側の動きをかたちづくることを目的としてウクライナにおける軍事作戦を実行してきた」とISWは指摘し、そのような観点に立つと、米国情報当局の評価内容には現実味があると述べます。一方でロシアが主導権の確保という軍事的な目的達成を目指している可能性もあり、政治的な目的のみで秋季攻勢を行っているわけではない可能性も、ISWは示唆しています。しかし、ロシア軍が多大な損失を被りながら、何ら成果をあげていない点に関しては、ISWは米国情報当局と同意見だと述べています。

ロシア軍攻勢の意図のほかに、米国情報当局はロシア軍戦力に関する評価も示しています。

機密解除扱いとなった情勢評価では、2022年2月以降、ロシア軍は地上部隊の開戦前現役兵士数全体の87%を失い、登録されていた戦車の3分の2を失っていると分析されていることが伝えられています。具体的な数字であらわすと、ロシア軍は36万人の要員中31万5千人を失い、戦車は3,500両中2,200両を、歩兵戦闘車と装甲兵員輸送車は13,600両中4,400両を失ったとのことです(人的損失は死傷者のことを指すものと思われます)。また、米国情報当局は、2023年11月末時点で、ロシア地上軍は開戦前に保有していた軍事装備品の4分の1を超える数量を失っているという分析も示しており、その結果、ウクライナにおけるロシア軍の作戦規模は小さくなり、その作戦は単純なものになっていると評価しています。

一方でロシアは戦力を新たにつくり出す取り組みを進めており、2023年9月にウクライナ情報当局は、ロシア占領下ウクライナ領に存在するロシア側兵力は42万人だと報じています。昨年の部分動員と継続して行われている隠れた動員の取り組みによって、ロシアが上述の米国情報当局評価の損失を、質はともかくとしても数的には、埋め合わせることができている可能性は高いものと考えられます。

他方でロシアは、長期的な視点での軍事力再建とNATOとの対決に備えた戦略予備戦力拡張の試みも進めています。そして、「短中期的に必要とされるウクライナにおけるマンパワーが、このような取り組みを阻害している可能性は高い」と、ISWは述べます。

また、装備に関してロシアは、損失分の埋め合わせと長期化する戦争の持続を目的として、国内軍事産業の段階的動員を進めていますが、ISWは、「ウクライナでの装甲車両損失の埋め合わせという点で、ロシアが相当な進展を示している兆候はみられない」という評価を示しています。

なお、このようなロシア国内の動向に関して、ウクライナのゼレンシキー大統領は、「ロシア大統領ウラジーミル・プーチンは、ロシアの経済と社会を戦時体制化にシフトさせているところだ」と述べています。

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