【SNS英文投稿和訳】なぜ戦後ウクライナの安全を保障する必要があるのか?(ウクライナ軍元将校Tatarigami氏 | 日本時間2024.09.23 14:46投稿)
本記事は、上記リンク先のロシア・ウクライナ戦争に関連する内容のSNS英文投稿を日本語に翻訳したものです。
なお、投稿者のTatarigami氏はウクライナ軍元将校です。また、戦争・紛争分析チーム「フロンテリジェンス・インサイト」を創設し、ウクライナ戦況等の分析を定期的に発信されている方でもあります。
日本語訳
ゼレンシキー大統領は国家の安全を保障するものを求め続けており、ウクライナが続けているNATOへの参加を求める努力はその一環だ。この要求に関して肯定的な答えが出ることを予期する専門家はほとんどいないが、戦争を終わらせ、その生存を確保するために、国家の安全の保障をウクライナが切実に必要としているという現実がある。この文章は、読者のあなたの注意を引くための、単なるレトリックではない。これは、ゼレンシキーが新たな安全保障枠組を追い求めている理由と、それが真剣に受け取られねばならない理由に関する真摯な議論への招待である。
この件に関しては、もっと以前から議論がなされているが、全体像を完全に理解するために繰り返される必要がある。情勢をどれほど楽観的に描こうとする人がいても、あるいは、戦勝後の偉大なウクライナについて、どれほど楽観的に語る人がいても、そのようなことでは問題は解決しない。問題があることを認識すること、そして、それに関して議論すること。問題解決のための最初の一歩はこれである。
では、ウクライナが確固とした安全保障体制の確保なしに、この戦いを凍結した場合、どのような結果が可能性としてありうるのか、厳しい目でみていこう。
まず、戦後のウクライナの経済問題と人口問題を検討しよう。この国は最大でその国土の18%にあたる領土を失っており、その失われた領土には、農業と工業の面で重要な南部及び東部の地域が含まれている。さらに前線に近いウクライナ統治下の地域は、領土は不安全であり続けている。その原因は、大きく広がった地雷原にある。マリウポリやベルジャンシクのような港は占領されており、アゾフスタリのような大規模工業施設は破壊されてしまった。
人口に関していえば、状況はもっと悪い。戦前でさえ、ウクライナはすでに、ヨーロッパで最悪の人口傾向の一つに直面していた。プトウハ[Ptoukha]名称人口統計学・社会科学研究所の試算によると、2024年が始まった時点で、ウクライナ政府統治地域下で暮らす人々は、約2,900万人しかいないということだ。この数は、2014年のロシアによる侵略とクリミア併合以前の4,500万人と比べると、少なくなっている。
この戦争は、ウクライナの若年層の国外脱出を、特に女性と子どもの国外脱出を加速させており、あとに残されたのは高齢人口だ。この問題に加え、何十万人もの退役兵が戦後、帰郷する。その多くは心身双方のサポートが必要となる。このような社会的・経済的・政治的負担を、国家の安全が保障されないままで対処することは、莫大な軍事支出を強いられるあらゆる国家にとって、記念碑的に膨大な仕事になるだろう。そして、当然、ウクライナはこのような国家だ。なお、ウクライナは、一人あたりのGDPがギリシャの5分の1程度という国家だ。それに加えて、確固とした安全保障の仕組みと具体的な長期計画を欠いた場合、外国から国民が戻ってくる可能性は低いままになる。
国家安全保障を担保するものがないことは、今後、不安定さを倍増させる。そして、一度国境が完全に再開されると、ロシアの再侵攻への恐怖によって、さらに多くの国民の国外脱出は加速されることになる。結果として不確実性が生じた場合、それは戦後の投資を抑制することになる。なぜなら、安全保障上の高いリスクと社会的な不安定さは、真剣な経済的な関与にとって、魅力のない環境をつくり出すことになるからだ。
政治的に、ウクライナは不確実さとリスクを含む時代に突入していくことにもなる。ゼレンシキーは今でも戦時の団結を示す人物であるけれども、西側の人々の目には触れないことも多い国内的な緊張関係は高まっており、ますます有害な政治的環境をつくり出している。停滞する戦争、故郷を追われた何百万の人々、領土の喪失、障害を抱えた経済。こういったことが、冷静で順調な選挙の環境を用意することはまずない。ウクライナが激しい政治的対立の時代に入っていくなか、軍事的失敗への非難は言論を抑え込んでしまう可能性が高い。さまざまな政治的党派を超えた国家的連帯をウクライナが保持できるかどうかが、これからのウクライナの試金石になるだろう。
移民が問題解決の一助になりうるということを主張する人もいるが、一体全体どのようなことが移民をウクライナに引き付けるというのだろうか? 平均月収は500米ドルから700米ドルで、戦後の問題で荒廃し、新たなロシアの侵略の絶え間ない脅威にさらされることになる国にだ。ウクライナよりもずっと魅力的な機会がEU圏内に存在している場合はなおさらだ。
支援はそのようなことが起こらないようにするものだと、西側の支援国・支援組織の多くは述べて、ウクライナを安心させている。だが、今日の現実のなかで「必要な限りウクライナを支援するつもりだ」に類するこれまでの同種の発言を考えると、これらの発言はどれほど頼りになるのだろうか? 民主主義体制は選挙を繰り返し、長期的な支援の約束はすぐに政治的な風向きの変化の対象になる。他国の選挙が近づくと、ウクライナは自国が政治的議論の対象になっていることを知ることがある。そして、その議論のなかで、なぜ我が国は健康医療や教育、経済問題といった喫緊の課題よりも、対外支援を優先すべきなのかという疑念を、野党は持ち出すのだ。このような状況では、ウクライナへの関与は不安定で、この関与を信用することはできない。
同じことが軍事支援に関してもいえる。ロシアは戦力再建を続けていくだろうが、一方でウクライナは自国のもっと小規模な国内生産と、ますます不確かになっていく西側からの支援に、主に左右されることになる。そして、支援削減の口実に、平和が利用されるかもしれない。
ロシアも同様の問題に直面しているが、ロシアは大半の統計数値の面でウクライナよりも大きく、かなりの優位を保持している。その結果、ロシアはこれらの問題を、よりよく打ち消すことができている。ロシアがもつ莫大な資源、特に石油と天然ガスは、戦後の問題を和らげる経済的なてこになる。さらにいえば、ロシアが経済制裁の一部を迂回する手立てを見出している可能性は高い。これは制裁の執行が一貫しないためだ。このような環境のもとでは、ウクライナに決定的な一撃を加えるのに十分なほど強大な戦力をロシアが再建するのは、時間の問題に過ぎない可能性がある。他方、民主的なウクライナは、安全保障をしっかりと担保するものがなければ、かなりひどい状況に直面する。
現在の和平提案が伝えていることは、基本的にはいつも同じ内容だ。つまり、ウクライナの安全は保障せず、その一方で領土割譲と西側同盟に参加する熱意の放棄を求めるというものだ。言い換えれば、約3,000万人の人々が犠牲になっているのだ。そうなっている理由は、西側が弱すぎて、意欲もないので、大胆でリスクを負う決断ができないことにある。だが、このような決断ができたら、もっと明るい未来が開かれる可能性がある。