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【論考紹介】 “ウクライナの消耗戦略” (Ukraine’s Strategy of Attrition, by Franz-Stefan Gady & Michael Kofuna, Survival, 28.03.2023)

以下、上記論考の内容要旨になります。

この戦争の特徴は「消耗戦」にあり、機動戦が生起した場面も消耗の結果だ。

例えば、昨年のウクライナ軍によるハルキウ攻勢は機動戦的展開(10日足らずで6,000平方kmを超える領土を奪還し、ロシア軍は潰走した)になったが、これも消耗戦の結果である。

昨年春以降のロシア軍ドンバス攻勢の結果、ロシア軍は相対的に甚大な損失を被り、さらにヘルソン地区(ドニプロ右岸)に戦力を再配置した結果、ハルキウ方面の戦力密度が低下し、予備部隊さえ準備できていなかった。

ウクライナ軍勝利の要因はこれにある。両著者は次のように指摘する。

「ウクライナ軍が縦深攻撃作戦を実施したようにはみえない。仮にそのような作戦が行われたならば、敵予備の遅滞・混乱・牽制、そして補給路の遮断目指すことになっただろう」

そしてハルキウ方面におけるHIMARSの“活躍”も、報道されたほどの効果はなかった。

要するに、「ハルキウ攻勢の初期段階ではロシア軍指揮統制の機能停止が見られ、報道によると数百人のロシア軍捕虜の確保、大量のロシア軍装備の鹵獲もあったそうだが、ロシア軍指揮組織が全面的に麻痺状態に陥ったり、機能停止に追い込まれることはなかった」ということだ。

その結果、ロシア軍はリマン防衛戦で時間を稼ぎ、その間に新防衛線を構築し、失敗に終わったが、ウクライナ軍への反撃も実行した。

つまり、「仮にこの地区のロシア軍の指揮統制が全面的に機能不全に陥ることになっていたならば、新たな防衛線の構築も反撃の統制も行うことはできなかっただろう」ということになる。

一方で南部のヘルソンでのウクライナ軍攻勢は、ハルキウのようには進まなかった。その理由は、

  • ロシア軍の戦力密度の高さ

  • その戦力に比較的優秀な部隊が含まれていたこと

  • ロシア軍の重層的な防御網

にある。

また、ここでのHIMARSの効果は限定的なものだった。ドニプロ川を渡るロシア軍補給路を攻撃し続けたにも関わらず、ロシア軍はウクライナ軍の突破を封じ込め、防御砲撃を持続できた。

ロシア軍の右岸からの撤退を招いたのは、

  • ロシア軍司令官が防衛戦略を志向し、戦力保持を求めたこと

  • 右岸での消耗戦がウクライナ軍有利になっていたこと

にある。両著者は次のように述べる。

「西側の専門家は長距離精密誘導攻撃によってロシア軍に大きな損害が出ることを期待したが、この種の攻撃がロシア兵3〜4万人のヘルソンからの撤退を妨げることはできず、ウクライナ側はロシア軍戦線を崩壊させられなかった。また、ロシア軍は相対的にみて、無傷であった」

これがヘルソン戦の結末である。

全体的にみて、ウクライナ側戦略の基調は消耗にあり、それゆえにウクライナ軍は大規模な砲兵部隊を重視する。この点でウクライナ軍はロシア軍に似ている。

だが、ウクライナに対する西側の砲弾供給が安定的に行われるかどうかは、現状はっきりしていない。また、使用している兵器システムのメンテナンス・交換についても問題がある。加えて、ロシアの動員の結果、マンパワーの優位性も崩れ、均衡状態になりつつある。

状況打開のためには、連続した複数の反攻を、できれば同時並行での複数箇所で反攻を実施する必要がある。諸兵科連合部隊による機動戦は、消耗を和らげることになるだろうが、消耗戦の影響で、ウクライナ軍にそのような諸兵科連合戦術を運用する能力はない(もちろんロシア軍にもない)。

米国と欧州(NATO)は、このような課題の克服に重点を置く必要がある。なお、より長射程の精密誘導兵器の供与は、ウクライナ・ロシアの軍事バランスを根本的に変えるものにはならない可能性が高い。なぜなら、ロシアはすでに適応しているからだ。

そして、今後のウクライナ側軍事行動は、ハルキウ攻勢よりも、ドニプロ川右岸でのロシア軍撤退準備期間の消耗戦フェイズに似たものになる可能性が高い。

一方でロシアだが、この戦争の最初の頃に保持していた攻勢遂行能力を回復できない可能性がある。このような状況にも関わらず、ロシアはウクライナと西側が物質的に継戦不能になる希望を抱いて、戦争を拡張しようという意図をもっているようみえる。しかし、ウクライナがそれを利用できかどうかは分からない。

さて、今後のウクライナの戦争遂行戦略は、以下3つの要素からなる。

  • 1,000kmに及ぶ戦線上で選択された地点での対称的な消耗戦

  • 戦線上のそれぞれ別の地点で、同時並行的に圧力をかけることに伴う、ロシア軍戦力の拡散

  • ロシア軍戦力が十分に弱った時点での、機動戦的特徴をもつ攻勢作戦(理想的には諸兵科連合戦術での攻勢)

しかし、さらに西側がウクライナ軍に効果的な大規模諸兵科連合訓練を施し、精密誘導兵器を供与したとしても、ウクライナ軍が消耗戦から逃れられる可能性は低いのだ。

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