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【英文記事和訳】ポクロウシクが陥落した場合、それがウクライナにとってどのような意味をもつ可能性があるのか(ウクライナ軍元将校Tatarigami氏 | 2024.08.28)

以下は、上記リンク先のウクライナ戦況に関する英文記事の日本語訳です。この記事の著者であるTatarigami氏はウクライナ軍の元将校で、戦争・紛争分析チーム「フロンテリジェンス・インサイト」の創設者でもあります。

なお、この翻訳記事で使用した地図画像は、すべて原文記事からの転載になります。

日本語訳


ウクライナのクルスク州進攻はポクロウシクへ向かうロシアの進撃を阻めていない。この重要都市の喪失は、ウクライナのドンバス戦線全体にとって、大きな結果をもたらすことにつながりかねない。


ロシア軍はポクロウシク[Pokrovsk]に向かって迅速な前進を続けており、現在、ウクライナのドンバス地方で極めて重要な兵站拠点であるこの都市から、わずか10km程度の地点にまで進んでいる。そして、ポクロウシクを喪失してしまう可能性に関する懸念が増している。

一般の人々に対する問題の一つに、なぜポクロウシクが、ドンバスですでに陥落してしまったほかの集落・都市とは異なった扱いをされるのかについて、明確な説明がないということがある。現在の情勢、今後の予測、ポクロウシクを失った場合のリスクを正確に把握するために、私たちは戦術レベルの視点から身を引いて、少しだけ東側へと視点をシフトさせる必要がある。つまり、アウジーウカ[Avdiivka]に戻ろうということだ。

ポクロウシク地区におけるロシア軍の進撃

2024年2月にアウジーウカがロシア軍の手に落ちる以前、アウジーウカ地域はほぼ10年近くの間、ウクライナ軍将兵にとって重要な役割を担ってきた。アウジーウカはドネツィク州の極めて重要な兵站ルートを守る要塞として機能していたのだ。この都市はまた、ウクライナが将来、ドネツィクを解放する取り組みを行う際の足場になる可能性がある場所として考えられてもいた。

驚くべきことではないが、2022年以降、ロシアはアウジーウカを奪取するためにかなりの規模のリソースを注ぎ込み、ロシア軍のなかでさえ、ここで生じた大損害は適切だとみなされるのだろうかという疑問が高まることになった。

作戦目標は単にアウジーウカ自体を占領するだけでなく、アウジーウカを越えた先に広がる作戦展開空間へのアクセスを掴むことにあった。アウジーウカを手に入れた結果、この都市からロシア軍は複数の選択肢、そして機動的に動く能力を得ることになった。

このように作戦目標を理解することは、重要である。なぜなら、私たちがこの戦争の戦域を、戦術的な視点(個々の樹木線や集落にのみ注視する視点)だけで検証するならば、もっと広い視点での敵の作戦目標や、そのような作戦目標を敵が達成した場合に生じる可能性のある結果を、私たちは見落としてしまいかねないからだ。

脅威にさらされているドネツィク州におけるウクライナ軍兵站のバックボーン

戦争前人口が6万人の小都市ポクロウシクは、アウジーウカの西方に位置しており、複数の鉄道線が交わる重要な結節点である。ポクロウシクは重要な輸送拠点かつ鉄道分岐点となっており、ヴフレダル[Vuhledar]からドネツィク北部へ、そして、もっと先へと続く広大な前線に展開するウクライナ軍の補給を支えている。

現在、このように重要な機能をもつ地点はドンバスに2カ所しか存在しない。それはポクロウシクとクラマトルシク[Kramatorsk]だ。補給線の位置と長さが示す重要性は、地図で見ると一目瞭然だ。

ポクロウシク:ドンバスの鍵
(想定されうるウクライナのポクロウシク喪失は、ドンバス地方における兵站能力すべての低下というリスクをもたらす)

状況評価を行う際に忘れてはならないのは、鉄道線を制圧するために、ロシアは必ずしもポクロウシクを占領する必要がないという点だ。単にこの小都市に近づけば、ロシア軍は野砲・迫撃砲・ドローンを用いて、鉄道や自動車を攻撃目標にすることが可能になり、それによって、効果的に道路交通結節点を使用不能な状態に陥れることができる。このようなリスクにさらされているため、ポクロウシクでの鉄道運行がすでに中断されている可能性は極めて高い。

ポクロウシク:鉄道及び道路輸送の結節点
(想定されうるウクライナのポクロウシク喪失は、ドンバス地方における兵站能力すべての低下というリスクをもたらす)

ポクロウシクの重要性は、ここが鉄道の分岐点であること以上のものがある。この小都市には、重要な道路ジャンクションも存在しており、戦線全体への補給物資の輸送と分配の点で、鉄道網と同等の役割を担っている。

ポクロウシクとコスチャンティニウカ[Kostyantynivka]を結ぶ道路は、以前からずっとロシア軍の攻勢努力における目標になっている。この道路が遮断されれば、バフムート[Bakhmut]~ホルリウカ[Horlivka]地区で戦闘中の部隊への補給は難しくなる。

想定されうるポクロウシク陥落は、この地域全体の兵站に作戦運用面での脅威をもたらし、南はヴフレダルから北はホルリウカまでの補給線を妨げることになる。道路と鉄道の両方を失った場合、ドンバス地方に展開するウクライナ軍の状況はさらに悪化し、クラホヴェ[Kurakhove]とヴフレダル、そして、トレツィク[Toretsk]の南方と北方の地域を失うことにつながっていく可能性がある。

さらに別の重要な懸念点が、政治的な側面だ。ポクロウシクはドニプロペトロウシク州との州境からたった20km程度しか離れていない。2024年5月にロシア軍がハルキウ州に北から「再」進攻したことを踏まえると、プーチンがドネツィク・ルハンシク両州の州境で停止するつもりでいると信じる理由などほとんどない。

ポクロウシクが陥落した場合、ロシア軍がドニプロに向かう際の障害は最小限のものになるだろう。そして、ロシア軍はウクライナの新たな行政区画内へと支配権を広げ、占領州リストに加える数を増やしていくことになるだろう。

ウクライナのクルスク州進攻が防げなかったロシア軍の迅速なドンバス進撃

アウジーウカ陥落以降、ロシア軍はウクライナ領内へと25kmを越える距離を西進してきた。懸念される点は、領土的な損失ではなく、防御陣地地域を通過して移動するロシア軍の前進ペースである。

7月に入ってから、この地域でのロシア軍前進ペースは加速しており、アウジーウカ陥落後にウクライナが急いで構築した防衛線を複数、ロシア軍は迂回できている。

ブラック・バード・グループ制作地図上に示されているポクロウシク方面におけるウクライナ軍防衛網

フィンランドのOSINTグループ「ブラック・バード・グループ」は、衛星画像によって視認できるウクライナ軍防衛網を地図化しており、状況の視覚化の一助になっている。同グループの地図に示されているように、ロシア軍は防御陣地を複数箇所で越えて移動しており、ノヴォフロディウカ[Novohrodivka]を完全に制圧すると、ポクロウシク郊外に到達する前に残る防衛線は1本だけになる。

ロシア軍が占領した陣地を衛星画像で分析すると、砲爆撃にさらされた証拠が確認できるが、それはほかの地域の前線ほど広範囲なものではない。このことが示唆している可能性が高いのは、ポクロウシク方面のウクライナ軍が何回も撤退を強いられており、組織だった防衛を行うための十分な戦力とリソースに不足しているということだ。

アウジーウカの西方での陣地不足に関する議論と懸念は以前からあり、それは完全に妥当なものであったのだが、主たる問題は、これらの陣地を守るために投入できるマンパワーと部隊数が不足したままであるという点だ。防御陣地がどれほど入念に構築されていようとも、また、どれほど数があったとしても、そこに入る兵員が、必要な人数の10~20%しかいないならば、ロシア軍がこれほど迅速に陣地を蹂躙できていることは、驚くべきことではない。

通常、このような状況では、ウクライナもロシアも戦線上で問題になっている箇所を安定化させるために、追加戦力を投入する。この対応には、多くの場合、比較的鎮静化している地区から1個か2個以上の大隊を引き抜き、より危機的な地区に再配置することが含まれている。だが、ウクライナはハルキウ州へのリソース再分配を強要され、その後、クルスク作戦のためにリソースをスーミに振り向けざるを得なくなった。それにより、戦線安定化措置の目的で投入できる部隊数はかなり減ってしまった。

結果的に、ウクライナはポクロウシク方面の戦線を安定化できなくなった。これはトレツィクやニウ・ヨルク[Niu York]のようなほかの地区でもまさに同様で、これらの場所でもウクライナ軍は大きな問題に直面し、撤退を強いられている。

ポクロウシク陥落は目前に迫っているのか?

現状はポクロウシク陥落を決定的なものにしているのか?  そうではないが、現地での戦力バランスとポクロウシク地域に集結したロシア軍火力を考えると、そうなる可能性は増し続けている。クルスク進攻によってロシア軍戦力をポクロウシクから引き離そうとウクライナは試みたが、ロシア指導部は、評判面と政治面で犠牲を払っているにもかかわらず、ポクロウシク方面から大規模に戦力を引き抜く意向を、依然として示していない。

ポクロウシクを迅速に、しかも簡単に奪われないようにすることが、ウクライナ軍にとって最優先の事項である。なぜなら、そうすることで、ウクライナ軍はポクロウシク地域後背の防衛を組織的に構築するのに必要な時間を稼ぐことができる可能性があるからだ。なお、アウジーウカの際も同様の状況があったが、そのときはこのチャンスを逃してしまった。ポクロウシクを占領するためにロシアが戦力を枯渇させてしまう場合、ロシアはさらに進撃するのに必要なリソース、あるいは士気を失うことになる可能性がある。

さらにいえば、ウクライナ軍には過剰展開した敵軍に対して、突発的かつ効果的な反撃を行う能力があることを、同軍はこれまで示し続けてきた。ウクライナ軍の手法が、ロシア軍よりも移動能力に富むもので、ロシア軍よりも中央集権化の程度が低い方法であることを考えると、このようなウクライナ軍の手法は有効である。

戦線安定化のための選択肢が、ウクライナ側指導部にいくつか存在し、それには新編旅団の派遣、クルスク及びハルキウ地域からの戦力再配置、あるいは、もっと安定している前線から複数個の大隊を引き抜くことが含まれている。ウクライナ軍統帥部がこれらの措置を講ずるつもりなのかどうかは依然として不明であるが、そのようなシナリオは除外できない。

本日の時点[*注:2024年8月24日]で、ポクロウシク周辺の状況は厳しく、危機的であって、もしポクロウシクが陥落した場合、深刻な作戦レベルの破局が生じる可能性がある。

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