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【内容紹介】ISW ロシアによる攻勢戦役評価 1850 ET 06.11.2023 “イーゴリ・ギルキン、露軍作戦を批判する”

先日、英誌エコノミストにウクライナ軍総司令官ザルジュニー大将のインタビュー記事が掲載され、それとともに、ザルジュニー大将が執筆した論考も公開されました。そのなかで同将軍はウクライナ軍が抱える軍事的課題とその解決策について、直裁に語っています。

ヴァレリー・ザルジュニー「現代における陣地戦とそれに打ち勝つ方法」
(https://infographics.economist.com/2023/ExternalContent/ZALUZHNYI_FULL_VERSION.pdf)

このザルジュニー大将の発言に触発されたのか、ロシアの軍事ブロガーたちが、この秋から冬にかけてのロシア軍の作戦・戦術に関する見解を発表し始めています。とりわけ興味深いのは、そのなかにイーゴリ・ギルキンが含まれていることです。彼は現在、ロシア治安当局によって拘束されていますが、手書きの手紙を妻に渡し、その内容をウェブに公開するという形で、自身の意見を発表しています。

戦争研究所(ISW)は、2023年11月6日付ウクライナ情勢評価報告の冒頭部(PDF版1〜3頁)で、ギルキンとほかのロシア軍事ブロガーによるロシア軍作戦・戦術に関する主張を取りあげています。

本記事は、その内容の紹介になります。なお、本記事のサムネイル画像は、CNN日本版記事に掲載されたギルキンの写真を使用しました。また、地図はISW制作のものを使っています。


ギルキンは語る、ロシア軍は防御に徹するべきと

10月26日付のギルキンの手紙が、彼の妻によってウェブ上で公開されていますが、そのなかで彼は10月のウクライナ戦況に関して以下の見解を示しています。

まず、全般的な状況に関してギルキンは、ロシア軍は2023年夏季・秋季ウクライナ軍攻勢の「撃退に概ね成功している」けれども、「ウクライナ側の能力と比較した場合、弱さの増大」をはっきりと示しつつあると主張します。ギルキンの評価分析は、「ロシア軍はこの秋の初めに大規模攻勢を発動できなかったのみならず、作戦的に重要な目標の達成を目指す限定的攻勢作戦すらも完遂できなかった」というものです。なお、「限定的攻勢作戦」とは、クプヤンシク方面、リマン方面、アウジーウカ方面でのロシア軍攻勢を指しています。

クプヤンシク〜リマン方面
アウジーウカ方面

このような「限定的攻勢作戦」がロシア軍にもたらしたものは何だったのでしょうか? ギルキンは次のように指摘します。

(…)アウジーウカ周辺での戦術レベルの進撃は、ロシア軍の兵力と装備の甚大な損耗という結果を招いただけで、ロシア軍攻勢のさらなる進展に結びつくことはなかった。(…)アウジーウカ攻勢がはっきりと示したことは、「戦線上のごく狭い地区での優勢を達成すること」がロシア軍にはできなかったということで、慎重な事前準備、攻勢開始段階の攻撃部隊とその攻撃手段の良好な連携、「バフムート戦以降なかったほどの」豊富な弾薬という条件下でも、それを達成できなかったのだ。

Russian Offensive Campaign Assessment, November 6, 2023, ISW

このような情勢判断に基づいてギルキンは、ロシア軍がウクライナ軍の局地的攻撃を撃退することと並行して冬季攻勢作戦を実施する場合、2024年春までにロシア軍の攻勢能力と防御能力はともに低下してしまう可能性が高いと分析します。ゆえに、「ロシア軍は不意にあらわれる作戦上の危機を取り除くために、これからの秋冬季作戦を防御的に進めていく必要がある」と主張します。なお、ギルキンの念頭にある「作戦上の危機」とは、具体的にいえば、ウクライナ軍によるヘルソン州東岸への拠点確保のような出来事になります。

さらにギルキンは議論を進め、ウクライナ軍が冬季にロシア軍を攻撃して、そのロシア軍部隊を「ノックアウト」できず、戦線突破に失敗し、消耗してしまったとしても、「あらゆる広域攻勢作戦ができない」というロシア軍の状況は続くと彼は主張します。

ISWは「目下遂行中のロシア軍攻勢作戦が、将来のロシア軍作戦行動を損なっているというギルキンの推察は、注目するに値する」と述べます。そして、ISWは「降雨と泥濘という気象環境が、予想通りロシア軍作戦の障害になっていることを考えると、現在のロシア軍アウジーウカ方面作戦のタイミングは、どこかしら奇妙で適当なものではなかった」と指摘します。

また、ギルキンは2024年にウクライナ軍が陣地戦を終わらせて、攻勢作戦を成功させる可能性があるという、踏み込んだ主張もしています。ただし、その条件として、西側諸国がウクライナに追加支援を行うことと、ロシアが動員を行わないことをあげています。ギルキンが特に注目するのが、ウクライナへのF-16戦闘機の供与です。ウクライナ軍総司令官ザルジュニー大将は、「現代における陣地戦とそれに打ち勝つ方法」のなかで、西側供与の軍事装備品と航空優勢の獲得が陣地戦の打破を可能にすると指摘していますが、それと同趣旨の見解をギルキンは奇しくも示すことになっています。


戦術転換を議論するロシア軍事ブロガー

ISWによると、ロシア軍事ブロガーの一部が、ウクライナにおけるロシア側の作戦遂行上の課題に関して議論を始めた模様だとのことで、ISWはおそらくサルジュニー論考に影響されてのものだろうと述べています。ロシア軍事ブロガーの見解も、ウクライナの戦場において攻勢作戦が上手くいかない点をどう改善するかという点に焦点があたっています。

また、軍事ブロガーのなかには「ロシアは現在、ウクライナの地での勝利からほど遠い」と悲観的な見解を示したうえで、冬季にロシア軍がウクライナ側の新たな反攻に直面することへの懸念を示す者もいます。ロシア軍が今後数カ月内に主導権を完全に取り戻すことができないと考えるロシア軍事ブロガーもいることが、この見解から分かります。なお、ISWによると、ザルジュニー論考に関する反応は、ロシア情報空間内であまりみられないとのことです。一方でロシア極右派はザルジュニーの議論をロシアの攻勢作戦に適用させようとしている模様ですが、あまり楽観的な結論になっていないようであるとのことです。

では、一部のロシア軍事ブロガーたちは現状を打開する方法として、どのような手法を提示しているのでしょうか? これらの軍事ブロガーたちは「小規模な歩兵強襲部隊の投入が、ロシア・ウクライナ両軍の戦線上の作戦目標達成をもっと可能にするだろう」と主張しています。

ある軍事ブロガーは、ロシア軍のアウジーウカ攻勢の初動とウクライナ軍反攻作戦の初動の類似性に注目しています。つまり、両軍ともに攻勢初期時の進撃に際して、取り返しのつかないレベルの人的損失と装備損耗を被ったということです。この軍事ブロガーは、「ウクライナでの戦争を通していえることだが、大規模な機械化部隊による攻撃を行った際に甚大な損失が生じ、それにより、事後の作戦において、ロシア・ウクライナ両軍ともにより小規模な臨時編成の歩兵部隊に依存するようになっていった」と結論づけています。

ウクライナ軍指導部は2023年6月の反攻初期時の失敗を受けて、歩兵攻撃主体の戦術へと方針転換しましたが、ロシア軍にそのような柔軟な適応力があるかどうかは不明だと、ISWは指摘します。なぜなら、ロシア軍は攻勢作戦の失敗を繰り返しており、それが示唆しているのは、「ロシア軍が過去の犠牲の大きな大規模機械化部隊攻勢から得た教訓を取り込めておらず、普及させることもできていない」ことになるからです。

ここ最近の事例ですが、ウクライナ軍がヘルソン州での小規模なドニプロ渡河を成功させました。このことをロシア軍事ブロガーの一部は、小規模歩兵強襲戦術の成功例として捉えている模様です。そして、ウクライナとは対照的に、ロシア軍指導部は兵力を集中させた正面攻撃にこだわっており、それが戦闘部隊の有効性を低下させていると主張する軍事ブロガーもいます。

なお、ロシア軍部隊の一部が状況に上手く適応できていることをISWは指摘しています。ですが、ロシア軍全体でみると上手くいっていないようです。ロシア軍指導部は戦術変更の成功例の導入を戦場全域で進めることに、今後も苦慮し続ける可能性が高いというのが、ISWの評価分析です。

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