バイト先の人とうまく話せない
私は、バイト先の人とうまく喋ることができない。
なぜか妙に緊張してしまうからだ。
何を隠そう、私は現在コールセンターでアルバイトをしている。
日々「行きたくないな〜」と思いながら真顔で出勤し、
「さようでございましたか(喜)」
「さようでございましたか(哀)」
これらを駆使することで賃金を得ているというわけだ。
大抵の人は、コールセンターのオペレーターをすればコミュニケーション力、ひいては傾聴力が格段にアップすると専らの噂であるが、私には思いがけない弱点がある。
それは、“バイト先の人たち”だ。
そう、我々は飲食店等とは異なり勤務時間のほとんどはお客様と一対一で会話しているため、従業員同士で話す機会があまりないのだ。
とくに、バイト先に生息するちょっぴりお年を召された方々(私は彼女たちを“バイト先のマダム”と呼んでいる)に対しては、特に警戒する必要がある。
彼女たちは、世間話をする、ということに対して異常なほど恐れがない。
それに対して私は、話しかけられた瞬間、恐れ・動揺・焦り・帰りたいという思いが一気に押し寄せ、「ハハハ…」という言葉ともいえない音を出すことしかできなくなってしまうのである。
こんなことを言いつつも、決して彼女たちは悪い人たちでは無い。
むしろ、いい人たちなのだ。
私が何度「ハハハ…」を繰り返そうと、マダムお得意の
「そうよねぇ〜!笑」
で流してくれるからだ。
この技を繰り出される度に、出勤時の“行きたくないな〜顔“を“やる気があります顔”に正さざるを得なくなる。
この看過しがたい問題に、そろそろ我々は向き合わなければならない。
そのきっかけとなる出来事が、起こってしまったのである。
私は今日も「行きたくないな〜」をテーマに真顔で出勤したわけだが、“さようでございましたかパーティ”を乗り越え、ようやく退勤することができた。その時だ。
“バイト先のマダム”が──────────
こちらへやって来たのである。
『いやーん、やっぱ痛そう!それ』
「それ」とは、私が1か月前くらいにノリで開けてしまった口ピアスのことである。
このマダムは、以前にも、一言一句、同じことを言ってきた。
『ハハハ…』
ここまではもう、お馴染みの流れである。
「なんかねー、わたしん娘が耳に開けとるつたい?それでなんか毎日消毒みたいなんしよるんだけどナンチャラカンチャラ」
え、ちょっとまって!?
あろう事か私は、こんなに急にたくさん喋られたことがなかったので、「ナンチャラカンチャラ」の部分を聞き逃してしまったのだ!
まずいぞ、「ハハハ…」で流したらやばいやつだったら、どうしよう
というか、確実に「ハハハ…」で流していい分量を、超えている!
絶体絶命を迎えた私は、こんなことを言ったと思う。正直あまり記憶がない。感情とかも、多分なかった。
『えー!耳に開けられてるんですか?あ、娘さんが?すごい!』
『そんなん言いよるばってん、あなたなんて口に開けとる方がすごかばい!笑』
『いやー笑、私、口内炎とか出来やすいんでまだ口の“痛み”には慣れてるんですけど、耳とかほら、見えないし、、』
私はこの時、当然目の前が真っ暗だった。
その後マダムが発した言葉は覚えていない。
多分私はそのあと、「お疲れ様でした~笑」とか言ってそそくさと退勤し、休憩所に向かったのだと思う。
“口内炎とか出来やすいんでまだ口の“痛み”には慣れてるんですけど、耳とかほら、見えないし、、”
ロッカーを開けて、荷物を取る。
“口内炎とか出来やすいんでまだ口の“痛み”には慣れてるんですけど──────────”
なぜ私が、バイト先のマダムの話が一部聞こえなかったくらいでこんな思いをしなければならなかったのか。
これから私は、少なくとも例のマダムの前では、
「口ピを開けるのはいいが、耳に開けるのはこわい人」になりきって生活することを余儀なくされてしまったのだ。
わたしは、さようでございましたか(恥)という感じになった。
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