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仙人になりたい。

去年書いた記事を手直しして投稿しています。

「おはようございます。先生。仙人になりたいのですが、その方法を教えてください‘」
「おはよう。朝からいきなりの難問だね。仙人ってどんな人?」
「不老不死で、野山に住んでいて、仙術を使ってどんな願い事でも叶える事ができる人です」
「不老不死だと人ではないですね。人は死ぬから人なのです」
「それならば、死なない人になる方法を教えてください」
「人は、肉体と精神でできているんだよ。肉体は精神の入れ物だと思ってください。肉体が死んでも精神は生き続けます。人は死ぬから生きる事ができるのです。精神は、記憶です。この一瞬に記憶されていることから判断します。忘れた事、思い出した事、新しく覚えた事から感じて判断します。精神は伝える事ができます。自分が伝えたい事を伝える事ができるのです。私の精神の全てを伝える事はできませんが、一部でも伝われば伝わった人の記憶になります。何かの判断をする時の材料になって、また誰かに伝われば精神は生き続けます。宗教、哲学、学問、言い伝えに伝承、文化、家訓に遺言、色んな形で精神は生き続けるのです。社会はその恩恵で成り立っていると言ってもおかしくないのです」

「先生、それでは社会の役に立っていない人は、ダメなのですか?」
「それは、違う。人がいて社会があるのです。
社会を基準にすると人は人ではなく物になってしまいます。
個人個人が、幸せに生きる為の仕組みが社会という仕組みでなければならないのです。
仕組みを基準に物事を行うと仕組みが間違っていても直す事ができません」

「先生の言ってる事は、その時々相手によって違っているのですが、矛盾していませんか?」
「それはね。この一瞬か永遠に続いていると思うからなのです。
永遠に続くものなどありません。同じ物を見ても人によって感じる事は同じではありません。
同じ人が同じ物を見てもその日、その時間によって違って見えるものなのです。まったく同じだと思うのは、本当にはみていないからなのです。
みればみるほど違いがみえてくるのです。その違いがわからないのはみていないからです。
私の答えはこの一瞬での出来事で、それは永遠に変わらないのです。
次の一瞬で見えるものが変わるのであれば次の答えは変わる事もあります。
たくさんみて、聞いて、感じて変わっていくものなのです」

「先生、それは小学生には難しすぎます。理解できません」
「私の話は、相手によって話を変えていきますが、伝えたい事は変わりません。不幸があるから幸せがあるのです。働くから休息があるのです。苦難があるから幸福があるのです。生まれたから死ぬのです。人生プラスマイナスゼロになるようになってます。伝わってきた事を伝え続けますが、伝えたい事は伝えるに値するものを伝えないと伝わらないのです。私は昔から伝わってきている事をわたしなりに伝えたいのです」

小学生にもわかる物語を作りたいのですが、使える漢字が限られるのでルビを入れて対応できるのであればそのようにしたいです。

おまけ これより下は有料です。

人はこころがあるから人になり、なければケモノになるのです。犬や猫、馬や牛にも心があります。心のない動物はケモノです。

心があって行動するのと、心がなくて行動するのでは結果は変わります。

ケモノになって自分の欲望を満たすのは本当のケモノです。ケモノになって他人を助けるのは偽物のケモノです。ケモノになると人としての生きている理由から遠のくことになります。

人の生きる理由は「幸せになる」です。ケモノは「本当の幸せ」がわからなくなるのです。親孝行だと思って自分を犠牲にする。恋人のために自分が犠牲になる。子どものために自分が犠牲になる。

自分のために犠牲になったと気づいたらその時点で他人は幸せではなくなるのです。

犠牲ではなく悔やむことのない行動で幸せであれば良いのです。それを伝えることができれば他人はその思いを伝えてくれるのです。

犠牲になることのない「幸せ」を目指さなければいけません。

欲望を叶えることで「幸せ」だと思うのは間違いです。なぜなら欲望は尽きることがないのです。幸せを感じても次の欲望で消えてしまうからです。

欲望が叶うまで幸せを感じる事はないのです。
欲望は抑制しないとどんどん膨らんでいくのです。

欲望をなくす事で仙人になれます。
仙人は不老不死を望みません。
仙人は願い事をしません。

仙人は常に幸せです。