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感情に溺れる

怒りの感情に負けてけんかになったり、悲しみの為に何も手につかず唯々嘆く毎日。酒を飲み毎日の憂さ晴らしに愚痴をこぼしてその日を終える。

感情の赴くままに行動すると幸せは遠のくのですが、怒りの感情を収める方法はないのです。深い悲しみの気持ちになるとそれを慰める方法はないのです。

怒らないこと、深い悲しみにならないことが求められるのですがそれを避ける方法はないのです。たまたま避けることができていただけでいつ身に降りかかるかもしれません。

マナーを学ぶことで感情に振り回されないように訓練してモラルを保つようにするのですが、モラルは感情に左右されるのです。好き、嫌い、怒り、悲しみでマナーが守られずに他人を不愉快な思いにさせてしまうのです。

そこでルールを決めて感情をコントロールしようとしたのです。罰金や刑罰に置き換えて他人に迷惑をかけた場合に怒りを社会的制裁にしたのです。

ルールがあるから守るのではないのです。ルールは紛争解決のためにあるのです。マナー違反を罰するためにルールがあるのです。

怒りを感じたら、社会的制裁を与えればいいのです。深い悲しみを感じたらそれを与えた人に社会的制裁を与えればいいのです。

モラルハラスメント、パワーハラスメントなどで相手を苦しめてしまったならば社会的制裁を受ける事に成るのです。

ルール違反をしたならば社会的制裁を受ける事に成るのです。マナー違反をしないようにすればルール違反をすることはないのです。マナーとは人間関係を円滑に相手を不愉快な思いをさせない行儀作法なのです。

感情を考慮しないのがルールです。マナーは感情を重視して刑罰や罰金はありません。身体的、物質的な損失はルールに則って賠償しなければならないのです。心の病は身体的損失ですからマナーでは補うことは出来ないのです。

ルールを守る事とマナーを守る事は違うのです。マナーがわかっていない人にルールを守ることは出来ないのです。マナーを教えずにルールを教えてもルールは理解できないのです。

気の向くままに気楽に暮らすとは、カッコよく聞こえます。他人を不愉快にさせない暮らしだと気苦労して自由が無いと思ってしまうのは間違いなのです。自分の暮らしを守るためのマナーやルールなのです。

感情をさらけ出してもかまいません。さらけ出された相手が受け止めてくれて、不愉快だと思わなければ良いのです。慰めてあげるのがマナーなのです。不愉快だと思って訴えるのがルールなのです。

対話があればマナー、対話が無ければルールだと思ってください。

感情を操作してはいけません。人が人であるためにモラル、マナー、ルールと生きる術を作っているのです。感情を昇華する為に芸術があるのです。文学、絵画、クリエーターが発表するのは感情です。