プロのコミュ障が、陽キャ26名と旅行に行くとこうなる。
私はプロのコミュ障である。
コミュ障だが、パッと見、そうでもないように見せることができる。他人と関わる時は、あらゆる行動パターンを数日〜数ヶ月前から予想し、話題や振る舞いをあらかじめ準備しておく。明るく気さくに振る舞うことに全力を注ぎ、なんなら陽気で明るく面白い人という印象をもたせることもできる。
しかし全身全霊300%の頑張りを要するので、短時間でものすごく疲労し、帰宅後は泥となり数日間は使い物にならない。
それにイレギュラーなパターンが発生すると途端に、あわわわわわ!と耳から煙が立ち上り、たちどころに姿を消したり、どこか隅の方で、その会が終わるまで気絶していたりする。
そんな私に絶好のテスト期間がやってきた。夫の友人6家族、総勢26名と1泊2日のキャンプに出かけることになったのだ。地獄である。
夫と友人たちは、昔々あるところのオシャレなダイニングバーのバイトメンバーとその客たち、という属性で構成されており、もれなくミラクル☆陽キャ国の住民である。
断っておくが、全員、本当にいい人だ。こんな私にも分け隔てなく優しく接してくれるし、ちゃんと楽しんでいるか定期的に気遣ってくれる。ただ、ひたすらにポジティブで陽気なのだ。
2ヶ月前に話が上がった時から、どうにか逃げられないものかと画策してきたが、もう宿も家族分とってあるし、みんなワクチン接種済み。残すは台風を呼び込むしかないと必死に祈祷していたら、少々早めに呼んでしまい2日前に通り過ぎてしまった。私はもうこの週末に死ぬのかもしれない。
このようなツイートをしたところ、応援、罵声、批判の声などがたくさん届いたので、遺書がわりにここにプロのコミュ障の生き様を(もしくは死に様を)見せてやろうじゃないか、と思い立った。
★
〜1日目の予定〜 ショッピングモールに各家庭集合。ランチ後、BBQの買い出し。→キャンプ場へ。川遊び&夕飯(BBQ)
12時。ショッピングモールへ到着。各家庭が集まってくる。もう吐きそう。
「こんにちは〜」「大きくなったね〜」一通り、にこやかに挨拶を交わした後、席の確保にバラけた。私を除くご婦人方は、みんな友達の様子。テーブルを2つ3つ集めて大きなグループにしている。
うわ、でたこれ。さっそく課題だ。チラチラ気にしつつ、その人たちの輪には入らないが、一応、隣のテーブルに着席する。会話に入ろうと思えば入れるし、関わらないで過ごすこともできる距離感。
ここで繰り出すのが「子どものお世話でいっぱいいっぱい」作戦だ。
と言っても私の息子たちは6歳10歳なので、実はもうそこまで走り回ったりしないし、全然お行儀よく食べているのだが、ここは協力してもらう。「もうー!こぼさないのー!」とかなんとか適当に、必要以上にバタバタしてみせ、子どものお世話で大変なのでまともに会話できません、の姿勢を見せる。たまに会話の源の方を向いて「うんうんーわかるーだよねー」と、大袈裟にリアクションをすることで乗り切る。
食事を済ませ、BBQの買い出しに。ここで次の難関。子どもが12人いるので、子どものお守りグループ、買い物グループの「二手に分かれて」ということになった。でた。恐怖の「○○に分かれて」。経験の浅いコミュ障ならば、これ一発でも即死である。
この選択は、有無を言わさず子どものお守り組だ。BBQの食材の買い出しなんてハイレベルすぎる。何を、何個買うのか? 予算はどのくらいなのか? ボケは必要なのか? 考えること、試されることが多すぎる。独断で食材をカゴに入れる強いハートなんぞ持ち合わせていないため、おのずと「どれが良いかな?」などと誰かに話しかけなくてはいけない。その際はタメ語なのか? 敬語なのか? はたまたミックスか? 小ボケは必要なのか? 危険すぎる。
子供のお守りでヘトヘトになっていれば、それだけで良い人の印象が保てる。そちらを選ぶ。キッズが喜ぶことならわかる。全力で腕相撲だ。これさえしてればなんとかなる。治りかけの四十肩が悲鳴をあげるが、なんのその。これでようやくショッピングモールはクリアだ。買い出しが終わり、各家庭、車に乗って、近くのキャンピング場へ移動だ。
その時のメモ。
もうすでに疲弊している様子。
キャンプ場についた。
次は川遊びだ。車→川→滝など、移動の間は常に子どもたちにピッタリとハベっておく。それにしても夫は楽しそうだ。陰キャの妻(私)の呪いから解放されて、すごく浮かれている。めちゃくちゃダサいレインボーカラーのシャツとか着てるけど、あんなの今までに洗濯した記憶はない。今日のために買ったんだ、きっと。なんてこった。
川も基本的には「子供のお守りでいっぱいいっぱい」作戦。プラス、視界によその子が入ったら、都度「気持ちいいね〜にっこり」これでOKだ。
あぁ、しかしもう限界。正直もうショッピングモールで限界だった。まだ15時?信じられない。帰りたい。今すぐ家のソファに横たわって、コーヒーを飲みながらツイートしたり、「三体」の続きを読んだり、猫ちゃんの動画を見たりしたい。
時計を見てうんざりする動作を、もう50回はした。目線の先では、リーダー的存在のおじさんが「うおー!滝修行だー!」とかやっている。いいな、あんたは楽しそうで。心底羨ましく思う。
川遊びがようやく終わると、BBQだ。陽キャの民たちは、音楽を流してビールを飲みながら踊ったり、カレーを作ったり、肉を焼いたり、チーズの燻製を作ったりしている。
子どもたちはみんなでSwitchタイムに入ってしまったため、お世話作戦が使えない。ここは料理を手伝うか、ご婦人方の輪に入るか…。ご婦人方はもうビールやら酎ハイやらを飲みながら、若いシングルママの恋愛相談に乗っている。かー!だめだ、入れない…。考えるだけで5キロは痩せる。
肉チームは、何かの罰ゲームで人員が決まったらしく、手出しができない。チーズチームは燻製機の持ち主である。手出しができない。最後の砦、カレーを作っている人に「手伝っていいですか?」と声をかけてみる。「いーよいーよ。普段頑張ってるお母さんたちは、今日くらいゆっくりしてて♪」
はい、詰んだ。この男のお玉をぶん取って頭かち割ってカレー作りをしたい。
結果、こうなった。
一人ぽつんと離れたところで読書だ。でもこれ、本なんて1ミリも読んでない。できることなら文章の世界にトリップしたいものだが、いくら文章に集中しようとしても全然入ってこない。ひたすら同じ行を繰り返し読んでいる。もうこのポーズで時がすぎるのを待つしかない。
世界一、本が好きな人で、この人はどこででも本を読むんです。みんながBBQしていても、目の前に突然アフリカ象が現れても、親の死に目でも本を読む人です。これが普通なんです、という姿勢でやり過ごす。内容が全然入ってこないので、すぐ時計を見てしまう。何度見てもまだ17時。もう100万回は見ている。
ひたすら本を読んでるフリを続けていると、カレーが出来上がり、肉もチーズも出来上がり、子供たちがワラワラやってきた。これが終われば本日は終了だ。明日の朝になればもう帰るだけ。つまり、ここが正念場だ。そう思って強い気持ちでこなすぞ!
肉も、チーズも、カレーも味なんてしない。そもそもちっともお腹なんて空いていない。
「獺祭だー!」と楽しそうにお酒を呑み、肉を食べ、瑛人の『香水』をアカペラで大声で歌っているレインボーのダサいシャツを着た人を「すごいなー。頭ん中どうなってんだろう。もしかしたら造りが違うのかな?」とぼんやり眺めながら、あと少し、あと少し、と唱えていたら「あのー。こっち来ますぅ〜?」と、井川遥似のご婦人から声をかけられた。
きた…。ご婦人方の輪の中に招待される。とうとうやってきた。正真正銘、ここが一番のがんばり所だ!
「いいですかぁ〜?すいませぇ〜ん」なんつって、右手をあげて古いポーズを取りながらみなさんの間に割って入る。なんて滑稽なポーズなんだろう。
「みなさんはお友達同志なんですか?」「お仕事されてますか?」「へー!すごーい」「そうなんですねー。大変ですねー」「えー。美味しい。レモン入れると全然違うね」「アヒージョやばいですね」「私ですか?夫の看板作りの手伝いしてます」「そんなそんな。全然ー」「本当だよね。男の子しか育ててないから、たまに女の子と話すとびっくりするー」
淀みなく会話をこなす。中身なんてまるっきりない。全然笑いどころがわからないのに「ウケるー!」と、手を叩いてのけぞってる。ちゃんと楽しそうに見えてるかな?ちゃんと笑えてるかな?あぁ、泣きそう。顔の作り笑顔も崩れそう。あー、限界。もう許してください。子どもたち、誰でもいいから、私を呼んでくれないかな?この場を離れたい。
想定よりずいぶん早くプツンと限界がきた。「ちょっとトイレ行ってきますー」席を外してしまった。スマホだけ握りしめて、気づくとキャンプ場の敷地の反対側まで歩いてきていた。最後、顔が死んでなかったか心配だ。
いつの間にか夜空に輝いてた星や月を、ボケーっと眺めていた。人の声や音楽の賑やかな音は無くなっていて、虫の音と、葉っぱが風に揺れて擦れる音だけが響いていた。夜の静けさの中、自分の汗の匂いがツンとして、くさっ!と首をすくめたら、すごく肩が凝っていたことにも気づいた。
みんなの元へ戻ることはできず、気づけば家族ごとに割り当てられたロッジへ辿り着いてしまっていた。あ、やべ。急いで夫にLINEした。「限界きた。ロッジきた。子供達、荷物、よろしく」送信すると、なんだかいろんなものを放棄してしまったかもしれない気がして、涙が滲んできた。
もうだめだ。戻ることは諦めて、シャワーを浴びた。このまま戻らないなんて「あれ。あの人どうしたの?大丈夫かな?」ってなるかもしれない。はぁ〜、なにがプロのコミュ障だ。なんで私はこんなにダメなんだろ。どうして上手く人と過ごせないんだろう。なんでみんなと同じように楽しくできないんだろう。…いや、もういいや。もうこんなのこれで最後だ。どう思われてもいいや。あたしゃ骨の髄までただのコミュ障だよ。明日帰ったら、今度こそ一生、一人で過ごす。もうそれでいいです。
ぐるぐるぐるぐる考えながら、まだ21時前なのに、荷物や子どもたちを無責任に夫に任せたままなのに、いろんなこと、いろんな気持ち、何もかもをガバッと布団にくるんで寝てしまうことにした。
しばらくするとガヤガヤと子どもたちと夫が帰ってきた音が布団の中から聞こえた。「ママ大丈夫ー?」と次男の声がした。泣いていることは悟られないように「大丈夫ー。ちょっと飲み過ぎちゃったー。ごめんねーパパのいうことよく聞いてねー、おやすみー」と言っておいた。ちっとも飲み過ぎてなんかない。「ほろよい」や「檸檬堂」なんかで酔うもんか。
翌朝、めちゃくちゃ早く目が覚めてしまった。昨晩の色んなことは1ミリも軽くなっていなかった。でも、もうこれで帰れるんだ。変な人と思われていたとしても、もう残り2,3時間だと思えば平気だ。無の境地だ、私は大仏だ。大仏の気持ちで乗り切ろう。
朝食を食べに昨夜と同じBBQ会場へ向かった。お菓子のゴミや、お酒のビン、蛍光に光るブレスレットなど、楽しそうな名残がたくさん落ちていた。
あれ?ご婦人方がいない…
「みんな昨日3時まで呑んでてねー!誰もまだ起きてねーのよ」リーダーが朝食を作りながら教えてくれた。
ピャーーイッ!! 我が家だけの朝食!?
どんよりした気分が一転して晴れて、一気に「素晴らしい朝!清々しい空気!」となった。
外で食べるご飯って、なんて美味しいんだろう!炊き立ての飯ごうのご飯に、作りたてのお味噌汁!えっ!?カットパインてこんなに美味しいのっ!?感動だ!これからスーパーで買ってみよう!
朝食を食べ終わる頃、すっぴんにボサボサ頭のご婦人たちが起きてきた。あんた誰や…「あ、おはよー。昨日大丈夫だった?楽しかったねーあんま覚えてないけど」井川遥だった。
拍子抜けした。よかった。なんと…!全然なんとも思われてなかった…
あー、よかった!!
そして、もう、帰れるーーー!!
その時「帰る前にパターゴルフか、アスレチックでも行こうか」と、リーダー。
昨日の川の滝で沈めてやろうかと思った。
いやいやいや。なんぼのもんだアスレチックなんて!長かった地獄と比べてあとアスレチックだけ。そんなもん、子どものためだし。一緒にヘトヘトになってやってりゃいいんだ。よし、そうとなったら早く行こうアスレチック!アスレチックどっち??右?左?
灼熱の中、アスレチックをこなした。時刻は12時過ぎ。
リーダーが「せっかくだしランチも…」とか言い出したら今度こそアスレチックに縄でくくりつけてこの灼熱で焼いてしまおうと思っていたが、「ランチもしたかったんだけど、この近くに30人で入れるところなくってね〜。名残り惜しいけど……」とまちにまった解散の時がきたのだった!
ヤッフー!!解散!!
みんな大好き!楽しかったよ!ありがとう!帰り道、気をつけて帰ってね!ご飯、おいしかったね!星空、綺麗だったね!!本当にどうもありがとう!じゃあ、またね!
最後の最後に超元気な私。
朝方まで呑んでいた挙句、朝一から灼熱のアスレチック地獄。暑さなんてなんのその元気いっぱいな子どもたちの後を、泥と化しながらなんとか脚を引き摺りゴールした大人たち。その中で、一人めちゃくちゃ陽気で明るい私は、もしかすると彼らには超絶陽キャに映ったかもしれない。
★
途中、挫けそうにもなったが、プロのコミュ障の生き様、とくとお見せできたかなと思う。帰宅後はもちろん泥となり、回復するまでに1週間かかったことは言うまでもない。
後日、キャンプメンバーのLINEグループのアルバムで、私のいなかった1日目の夜の楽しそうなみんなの様子も含めた、合計566枚の写真が共有された。
「私も入れようかな」と、スマホのフォルダを見てみると。
2日間で撮った写真はこの3枚だけだった。
せっかくなので566枚に、そっと追加しておいた。
おしまい
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